ビッグフット参上
「伸也に言ってあるのよ、スリーコールで出ない時は緊急事態だって」
ほどなくしてガラス窓の割れる音。驚愕に目を見張るソイツの顔が校舎への闖入者を捉える。
「こいつ――」
と、同時に伸也の蹴りがソイツの面にクリーンヒット。ガラスの破片と一緒に頭上から降ってきたキックにより、地面へと叩きつけられる。
「遅くなったな」
「全くよ。ボディガードなら襲われる前に未然に防がなきゃならないでしょうが」
「こっちも色々あってな」
「そう、それよ。その脇に抱えてるのは一体――」
ガラス窓を割って廊下に飛び込んできた伸也の片腕には二人の女生徒が抱え込まれていた。二人とも見覚えがある。クラスメイトの山田花子と桂城美羽だった。山田さんは気を失っているようで、力なくうなだれている。一方で、桂城さんは意識こそ失っていなかったが、ジェットコースターから降りたばかりのような虚脱状態に陥っているようだった。
しかしなぜこの二人が伸也に……?
「あんたまさか、入学早々トラブルでも起こしたんじゃ――」
「ち――違います!」
わたしの問いかけを正面からはねつけるように桂城さんが声を上げて否定した。彼女は小脇に抱えられながら、端正な顔を上げて、こちらを見据えている。つい先刻まで放心状態だった彼女が急に大声を出すので驚いた。
「鳴滝さんはわたしたちを助けてくれたんです!」
わたしは伸也へと目を向ける。
「そうなの?」
「それについては後で説明する。それよりも――」
言いながら彼が背後を振り返った時。
「いない」
廊下へと叩きつけられて、倒れ伏していたはずのアイツがいないことに気づく。
「逃げてます!」
桂城さんが廊下の先を指さして、叫んだ。
女生徒二人を床に降ろしていた伸也がニセシンヤの後を追いかけ始める。
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「駄目だった」
肩を落とした伸也が口惜しそうにわたしに報告する。
大気を横切ってきた夕陽が窓を透過して、教室の床を照射している。 伸也は赤熱化したように真っ赤に染まった床を足蹴にして、壁にもたれかかっていた。影によって霞んで見えるにも拘わらず、彼の表情はそれでも落ち込んでいることが目に見えて分かった。
後を追った伸也はすぐに追いつくことが出来たそうだ。だがすんでのところで伸也の手を逃れて、角を曲がったところで見失ってしまったらしい。曲がり角の先で伸也が見た光景は――。
「運動部が校内を走ってた」
ニセシンヤは校舎内を走っていた生徒の中に紛れて、いなくなってしまっていたようだ。
「すまん。これで偽物は捕まえられなくなった」
伸也の言い分は分かる。
相手は変装の天才。どういう原理かまでは分からないが、身長や声色まで自在に操って変身することが出来るようだ そんな敵を相手取って、どうやって捕捉することができるのか。素性も身元も容姿も声質も、自由自在に変化できる者を相手に、どう対応するのか。
「殺す気で追いかけるべきだった――」
わたしは人差し指を立てて、悔恨の念を垂らし続けている伸也を黙らせた。
「今逃げた彼――仮にニセシンヤ、としておきましょう」
性別が分からないため、彼という三人称を使うことにする。 いずれにせよ変幻自在のニセシンヤには性別の区別は意味をなさないだろう。
「いつから、なのかまでは分からないけど、恐らく彼は変装して桂花女学院に潜伏していたものと考えられるわ」
「それはそうかもしれんが」
伸也が続ける。
「だったら尚更、ニセシンヤを捕らえるべきだったんじゃ?今日は入学式だ。見ない顔が一度に大挙する日ってことだ。潜入にはうってつけだと思うが」
もし敵が変装して本学園に潜入するなら、それは人の出入りが激しくなる時期が頃合だろう。新しく加わったメンツに成りすませば、変装を見破られるリスクが減るためだ。実際、ニセシンヤは今日入学してきた伸也に成りすましていた。付け焼刃のずさんな変装だったため、わたしにあえなく看破されてしまったわけだが。
「今回、お前が変装を見破ることができたのは偶然だ。次も同じように上手くいくとは限らない」
伸也の言う通りだった。
だが。
「実は、ニセシンヤが誰なのかはもう見当がついているの」
「誰、というのはつまり、潜伏する上で誰に成りすましていたか、ということか?」
「そうよ」
「……驚いたな。お前がそう言うからには、ある程度の確信を持って推測しているんだろうが。それにしても一体誰なんだ?」
「それは――」




