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空白のイテル  作者: 阿古しのぶ
序章
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勇者討伐から一年と二三日後

 人族支配地域だからなのか、街道では冒険者や行商人とよくすれ違うようになった。


 人族の中では少女に見える私の見た目と、その歳で無謀にも一人旅をしている冒険者に見えるからなのか、行く先々で驚かれる。

 名前を聞かれる事もあったが、ソムニウムではなくイテルと名乗る様にしている。


 なんとなく、偽名を名乗り続けるのは嫌だったからだ。魔王に付けて貰った名前に誇りを持ってる。

 ソムニウムという名は、冒険者に偽って路銀を稼ぐときだけでいい。そう思ったからだ。


 城塞都市あと出てから日が経ち、この地方の変わりやすい天候に翻弄され、地図の読み方が下手なのもあって思うように進めていない気がする。

 気がするというのは、思い通りに進めていない事もよく分からないからだ。


 決して方向音痴という訳では断じて無い。行く方角はしっかり見定めている。

 太陽というのはとても便利で、太陽が昇ってきた方角は東、沈む方角は西。そうやってある程度の方角は把握しながら進む。


 実は集落に立ち寄った時に、そこで話した住民に文字が読めない事を伝えたら、文字を勉強する本を貰った。

 物や動物の名前を文字にしている簡単な本だが、これだけでもある程度学習には役立つ。旅の傍ら、休む時は必ずこの本を開くのが習慣になっていた。


     *


 そんなある日の事。


 次の街に向けて街道を歩いていたら魔族の残香を感じ、私は思わずそちらの方角へと向かってしまった。

 森林を抜けた先、地図によれば村があるとされている場所のはず。


 辿り着いて見れば、荒れ果てた村がそこにあった。


 状況的に、魔物の群れに襲われたといったところか。ただし魔力も微かに残っているので、魔族もいたと思われる。

 酷い有り様だ。原型がほぼ無いほどに崩れた建物と、大きな火事の跡、人間の死体は食い荒らされ、異臭すら漂っている。


 これでは生き残りなど望めないだろう。


 そう思った矢先だった。私は僅かだけど新しい魔力の気配を感じ取り、そちらに向けて走っていた。

 崩れた瓦礫の中に誰かがいる。私は手で持ち上げようとしたけど、重くてビクともしない。これは人間の力では無理だろう。


 さて、どうするか。


 私は一時的に魔族の力を使う事にした。

 頭から二本の角を生やし、力が沸き上がって来る感覚に懐かしさを覚えながらも、軽々と瓦礫を持ち上げる事にする。


 持ち上げて確認すると、そこには煤で真っ黒に汚れた小さな子供が膝を抱えて座っていた。しばらく飲まず食わずだったのか、瘦せ細っている。

 目が合った。


「人の子か」

 と、私はぼそりと呟いた。


 餓死しそうな子供を見て、何かの感情を抱くよりも先に、私はその魔力の量に才能を感じ取っていた。

 人間としてはかなり若い方だろう。恐らく十歳前後といったところ。それなのに百年生きた小魔族程度の魔力を漏らしているのだ。


 魔力の量は生命力ともいえる。この子は相当な生命力を持っている。


 そんな人の子供は、私の頭から生える角を見て、何かを思い出したように怯え始めた。

 きっとこの村を襲った魔族と私を重ねてしまったのだろう。


 私は背中に背負っていた『伝説の剣』を瓦礫を支える棒として立たせ、そして角消しを行って、手を差し伸べた。


「ほら、私は怖くないぞ。生きたいのなら私の手を取ってみろ人の子よ」


 衰弱しているせいか、恐怖のせいか、子供は声が出せないようだった。涙も枯れてしまっている。

 それでもその緑色の美しい瞳が、私をもう一度見て、私の言葉を聞いてか聞かずか、震える手をゆっくりと伸ばしてきた。



 こうして私はこの日、気まぐれで年端もいかない人の子を拾った――――。

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