隻眼の男と出会った日Ⅰ
神器を操っていた魔族プラエタリタを倒してから、約一ヶ月が経過した。
ルキヤはすっかり元気になっていて、いつも通りに酒の入ったひょうたんを後生大事に持ち歩いている。
まずは海路を目指すため、港町マールに向けて南西に山道を進んでいると、美味しそうな匂いを漂わせている建物を見つけた。
スペロがそれにいち早く気付き、
「こんな所に食堂があるぜ」
と、驚いていた。
港町に向かうための山道の途中でポツンと一軒、『デレクタマンティ』と書かれた看板をを下げた飲食店があった。
最近は野宿ばかりで、しばらくまともな料理を私たちは食べれていない。
「ここで休憩しよう」
と、私が提案する。
*
「いらっしゃいませー!」
元気な女性店員の声が聞こえ、私たちは適当なテーブルの席に座った。
周りを森林に囲まれたこんな僻地にある店だというのに、他にも冒険者や行商人らしき客は二組ほどいる。
私たちは品書き表に目を通すと、肉料理を中心とした様々な料理が記載されていた。料金は僻地価格の割高。
路銀には余裕があるし、みんな思い思いに好きな物を頼む事となった。
私はステーキ。
スペロはニンニクたっぷりな炒め肉料理。
ルキヤはお酒とつまみになりそうな揚げ物。
注文を終えた頃、新たなお客がゆっくりと店のドアを開けて入店してきた。
鳴り響く鈴の音と共に、体格の良い大男が肩に白髪の少女を乗せている。
「いらっしゃいませー! お好きな席へどうぞー!」
大男は私たちの隣のテーブルに座り、肩に乗っていた少女も席に着いた。
スペロも彼の異常性に気付いたようで、目で追っていた。
そう、まずあの男、その大きな図体に相応しいとも言える有り得ないほど大きな剣を背負っている。そして腕や顔に傷跡。片目が傷で塞がっていて隻眼だ。
そのオーラは、黙っていても周囲の重力を強めたかのような威圧感の塊にも見えた。
あの人族の男、私の見立てではかなりの英傑だ。それこそ勇者に匹敵すると言ってもいい。
私とスペロが男の方に気を取られた中、ルキヤが注目していたのは白髪の少女の方だった。
人族であるならば十歳にも満たなそうな幼い少女。その眼は冷たく、感情がほとんど無さそうな表情。
確かに改めて見れば、あの少女も見た目は人族の様だけどルキヤと似た古代の魔力を感じる。魔力量は歳相応と言ったところだ。
私たちの視線に気付いたのか、隻眼の大男がこちらを向いたので私たちは慌てて視線を逸らした。
「お待たせしましたー!」
ちょうど、私たちが届いた料理が届き、テーブルに美味しそうな料理が並べられる。
すると女性店員が私たちに話し掛けて来た。
「もしかして、この先の港町マールを目指してるのかい?」
と。
私たちが肯定すると、女性店員はこんな事を言ってきた。
「この先はやめたほうがいいよ。今、凶悪な魔物がいるみたいでね。冒険者が何人も犠牲になってる」
「凶悪な魔物? どんなやつ?」
と、私が聞いてみる。
「私も命からがら逃げて来た冒険者に聞いただけなんだけどね。姿が見えない透明の魔物らしいんだ。それでいてかなり凶暴で強いらしい」
「透明な魔物か……分かった。気を付けるよ」
私も最近薄々気付いた事がある。
北の魔族支配地域から離れれば離れるほど、見た事も聞いた事もない魔物が増えて来た。
これは魔物だけに限った話しではなく、先日倒した偽りの大魔族プラエタリタの様に、知らない魔族の存在もある。
魔王の支配外で生き延びる為に、独自進化を遂げているといったところだろうか。
でもまずは考え事をする前に、目の前の食事にありつくとしよう。
ここの料理は、見た目と匂いだけで美味しい事が確約されている様なものだ。