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空白のイテル  作者: 阿古しのぶ
序章
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勇者討伐から一ヶ月後


「だいぶ様になって来たわね」


 サキュバスの女王が私の角を消した姿を見ながらそう言って、私の頭を触ってきた。


「や、やめて!」

と、彼女の手を振り払う私の頭からひょこんと角が生える。


「ちゃんと集中して。それが普通になるぐらい続けなければダメよ」

「普通って? どれくらい?」

「呼吸をするのと同じくらい当たり前にできれば、少し気が緩んだ程度で角が出てくる事は無くなるわ」

「噓でしょ……無理だよそんなの」

「ええ、そうね。そんな簡単な事じゃない。でもそれが出来るようになった魔族は多いのよ。だから大丈夫。貴女なら出来るわ。だって、あの魔王様の娘なんだから」


 私は角をもう一度消して、近くに立て掛けていた布でぐるぐる巻きにした伝説の剣を担ごうとした。


「重っ……!」


 それは今までに感じた事がないほどの重量で、体が傾いてしまう。でもなんとか背負えそうではあった。

 サキュバスの女王はそんな私を見て説明をしてくれる。


「角は魔族の証。それを消すって事は、力を失うって事でもあるの。つまり角を消している間は、人族と同等の力になってしまうわ。魔力も制限される」

「人間はこんなのを軽々と振り回していたのか」

「魔族とは鍛え方が少し違うのよ。でも……」


 サキュバスの女王は私の全身を舐めるように見つめながら、

「貴女ならきっと、何とでもなってしまうのでしょうね」

と優しい微笑みを向けてきた。


 彼女の特訓のおかげで、気を緩めなければ角消しを維持できるようにはなった。

 だから今日で、出発の準備ができたと言えよう。


     *


 私は大きな剣を背中に担いで、魔族の町の南側にある門まで足を進める。


 やっぱりこの剣は重い。魔法で生成する剣とは比べ物にならないくらい重い。ちょっとバランスを崩せば後ろ側に簡単に倒れてしまいそうだ。

 角を出せば木の枝同然になるけれど、ここは甘えたくない。


「おい」

と、街の出口へ向かう私に後ろから話し掛けてくる男の声が聞こえた。


 振り返ると、魔王直下の大魔族の一人が腕を組んで偉そうに立っていた。

 私はこの男を知っている。腐れ縁というか、私と同じで戦闘狂で、誰よりも対人戦を愛し、誰よりも血を好む奴。その腕前は本物で、百年前にあった大きな戦いで共闘もしたことがある。


「なに?」

「魔王様から話は聞いた。あの勇者を討ち取ったというのに、休まずもう行くのかよ」


 偉業を成し遂げたのだから、もうしばらく休んでおけばいいのにと言いたいのだろうか。こんな気を遣う奴だったとは正直意外だ。


「うん。面倒なことはさっさと終わらせたいんだ」


 すると彼は手元に魔法剣を生成して、私との距離を縮めたと思えば、私の喉元にその刃を突き付けてきた。肌に少し触れて、剣の冷たさが伝わってくるくらいの寸止めだった。

 殺意はなかったので動揺はしなかった。

 そんな状態に動じる事のない私を見下ろしながら、彼はこんな事を言ってきた。


「勇者が討伐される度に魔王様は穏健になっちまう。つまらねぇったらありゃしねぇぜ。いざとなったら人里で大暴れしろよ。俺も飛んで加勢する」


 この期に及んで、何てことを言い出すとは呆れたものだ。よっぽど人殺しがしたいらしい。

 そういえば百年前の戦いでも余計に大暴れしていたっけ。一族を守る為とか、生きる為にとか、そうゆう理由ではなく『人殺し』を純粋に楽しむ奴だった事を思い出した。


「くだらないね」


 私はそう言い残し、相手する事なく彼に背を向けて歩き出す。


 魔王の言葉を借りて恰好は付けてみたものの、彼の気持ちも分からなくもない。私にもそうゆう時期があった。暴れたくて、戦いたくて、腕試しかしたくて、ウズウズした時期。魔族の性という奴だったのかもしれない。

 でも結果として死にかけて、魔王に助けられた。その時、戦闘狂だった私は死んだ。


 きっと彼も分かる時が来るはずだ。


 それを教えてやれるのはきっと私じゃない。


     *


 私にとって故郷の街ともいえる魔王城と、魔族の集落をいよいよ後にする時がきた。

 人族であれば旅立ちの時は多くの親しい人間が見送って歓送する行事があると聞いたことがあるけど、魔族にそんな行事は無い。


 そもそも基本的に内政や師弟でも無い限り、他の魔族と深く関わろうとはしないし、仲良くなろうだなんて思わない。それが魔族だ。


「やっぱり重いなぁ……」

と、思わず呟いてしまうほどの『伝説の剣』が、肩からズレ落ちそうになるのを背負い直しながら歩みを進める。


 目指すは南東の最果て。私がこの世から葬った人間が持っていたこの剣を、元の場所に返す任務をやり遂げる。


 こうして私の孤独な旅が、今始まったのだ。

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