エルフを目覚めさせてから三年後
あれからしばらく経ち、帝国領での私たちの旅は続いている。
ルキヤはフードを深く被り、エルフという身分を隠して過ごす事が常になっていた。
私がグランコールの領主邸を襲撃した話は、帝国の新聞紙によって広く広まっていて、何処に言ってもその話題を聞かない事は無いほどだった。
それだけ、帝国――いや、人族にとっては衝撃的な出来事なのだ。
【グランコールの領主邸、正体不明の大魔族『空白』に襲撃され七本槍のトゥルムス戦死。目的はエルフの救出か】
そんな風に書かれている記事を読んだスペロは、
「なあ、なんで空白って呼ばれてるんだ?」
と、疑問を口にするとルキヤが答えた。
「記録に一切無い無名の大魔族だからだそうですよ」
「そんなに珍しい事なのか?」
「どうなんでしょう。イテル様?」
話を振られたので、私が説明する。
「普通なら有り得ないんだよ。魔族は自分に誇りを持ってる。だから大魔族ともなれば自分の名を世に広めたくて、わざわざ戦場で名乗りをあげる奴だって多い。正体を隠したり、隠れる大魔族なんていないから、人族も珍しく思っているだろうね。そんな奴がどうゆう訳か、帝国領の要でもある街に突如現れて大騒ぎ。重要な名前が分からないから、適当に呼び名を付けたんだろうね」
それにしても『空白』か。
私は魔族としての誇りなんて持ち合わせていないまま、大魔族になってしまった。そうゆう意味でも、私は魔族として空っぽで、私に打って付けの名前なのかもしれない。
新聞紙を先ほどから読んでいるスペロは、
「勇者イニティウムを倒したのは『空白』か――とまで書かれてるぜ」
と何故か嬉しそうに読み上げていた。
この短時間にそこまで推測されてしまうとは、人族の情報網というのは恐ろしい。
とゆうか、あの勇者はそんな名前だったのか……初めて知った。
*
帝国での旅の最中、何処に行っても新聞は手に入った。
この前みたいに訳が分からないまま仲間が捕まるなんて事態は避けたいし、それを読んで帝国の情勢などの知識を得るようにしている。
新聞によれば、エルフ国との戦争はまだ続いてるようだった。帝国が優勢らしい。
そして、戦争とは関係の無いエルフも、エルフ族というだけで懸賞金が掛けられていて、今も多くのエルフが捕虜として各地で捕まっている。
古代エルフのルキヤは、そんな状況を聞いても、
「この時代のエルフも、大変そうですね」
と、何処か他人事のような反応だ。
「ルキヤは、同じエルフを助けたいとは思わないの?」
私がそう聞くと、少し複雑な表情を浮かべながらも答えてくれた。
「それは私のお役目ではありません。それに、時が経ち過ぎてしまいました。私の記憶では、今歩いてるこの場所も、昔はエルフ国の領地だったんですよ。そもそもプグナ帝国という人族の国もございませんでした。それだけ時代が変わってしまったんです。であれば、今のエルフ族もきっと、私の知るエルフ族ではないのでしょう」
彼女には彼女にしか分からない世界がある。神々が存在していたとされる神話の時代の事は、きっと魔王ですら分からない事だ。
ルキヤはそう語ったものの、しばらく間を置いてから寂しそうな表情でこうも言った。
「……でもこの時代のエルフ王には興味がありますね。こんな状況では無理な事と存じますけど、少しお話をしてみたいと、思っています」
確か地図によればエルフの国は帝国の隣だ。南東とは反対の西側に存在している。行けば戦争に巻き込まれるかもしれないけれど……
「行ってみるか。エルフ国に」
と、私は提案していた。
「――え?」
「ルキヤをこの時代に目覚めさせてしまったのは私たちの責任だ。だったら少しでも、ルキヤがやりたい事をやらせてあげたい」
そんな私の言葉を隣で聞いていたスペロが喜んだ。
「さすが師匠! 行こうぜエルフ国!」
旅の目的を考えると大きな遠回りになってしまうけれど……何を今更って私は思う。




