勇者討伐から一〇日後
城の城下町とも言える荒れ果てた街。
ここは私が生まれ育ち、まだ人間が一度も足を踏み入れた事が無い場所。
陽の光に照らされる事のない淀んだ魔族の街。
そんな街の一角で、薄汚れた布で剣身を巻いた大きな剣を背中に担いで、私は古くから慕っている女性に話を聞いてもらっていた。
王から下された命令の内容を伝えると、彼女はクスクスと笑った。
「魔王様の気まぐれは今に始まった事じゃないわ。そんな事くらい貴女も分かってるでしょう」
と、彼女は言う。
「私に出来ると思う?」
「出来るわよ。だって貴女は人間の勇者を討ち取った大魔族。そしてあの魔王様の娘。誇りなさいな」
「娘って言っても、兄弟は五十人といるから」
「人間との戦争で生き残ってるのは僅か一握りじゃない。それにしても、三百年前はこんなに小さくて小魔族だった貴女が、こんなに大きく育って……時の流れは早いわね」
「やめてよ」
「ふふ。それで、わざわざあたしに会いに来たって事は、何かあるのでしょ?」
「うん。それなんだけど……」
私は、自分の頭から生えてる二本の角を触りながら、彼女に聞く。
「角の消し方を教えてほしいんだ。サキュバスってこうゆうの得意でしょ」
それを聞いて、サキュバスの女王である彼女は、耐えようにも耐えきれないといった様子で大きな声を出して笑った。
角を消すなんて事は、魔族が生き残る上で誰もができる基本中の基本。それを今や大魔族となった私が今更になって聞いてるのだから、可笑しいのだろう。
私は恥ずかしくなって、つい言い訳を述べてしまう。
「だって私、戦う事しか教わって来なかったし……人間相手に隠れようなんて思った事がなくて……やっぱり変……かな」
すると彼女は一頻り笑った後に言った。
「魔王の娘ならそうよね。分かったわ。慣れるのに少し訓練も必要だから、一ヶ月といったところかしら」
「よろしく頼むよ」
こうして、私の母親代わりと言っても過言ではない大魔族――人間を惑わす事を得意としたサキュバスの女王から、直々に『魔族特有の角を消す方法』を教わる事になった。
何故かって?
『伝説の剣』を持ち帰ったあの日、私の父――魔王から下された『伝説の剣の返還』の命令の中で、こんな事を言われたからだ。
「その剣が元々あった場所は、ここから遥か南東の最果ての地。アルバという地にある小さな村になる。そこはまだ魔族の手が及ばぬ人族の地。因縁の帝国領も越えねばならない」
「私ならできます」
「いいや無理だ。残存する大魔族総動員で軍を率いて辿り着けるかどうかの難儀になる。これは此度の勇者討伐とは訳が違うぞ」
「つまり、私にどうしろと?」
「人に紛れて生きよ。お前が魔族である事を悟られぬ様に生き、最果ての地を目指すのだ」
私は初め耳を疑った。
でも魔王は本気で言っていたのだ。
何故この一本の剣の為に、私がそこまでする必要があるのか疑問の念を抱いたのは一瞬だけだ。すぐに心の内へと押し込んだ。
だって魔王の命令は絶対であり、従う事は魔族にとって当たり前の事だからだ。そこに反発の意思があってはいけない。
人を装うと言うことは、まずは頭から生えてる角をどうにかしなければならない。
こうして、サキュバスの女王による約一ヶ月に及ぶ角消しの特訓が始まった――――。