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カノプス壺

「セイ、一緒に(葬式に)行ってくれるんや」

 結月薫は安堵の溜息の後、

 長い話を始めた。


 野田だけを、聴取したと言う。

 

 ヒカルには、まだ何も聞いていない。

 どれ程辛い思いをしたか計り知れない。

 そのうえ祖母も死んだ。

 少年への聴取は先送りになったのだ。

  

 野田とヒカルは、牧村夫婦が亡くなった後、

 冷凍室の(中身の知れない)容器を開けた。

 ヒカルは子供の頃からソレが気にかかっていたと告げた。

 あぜ道に動物の死体が埋まっている、とも話した。

 やはり推測通りであった。


 野田は<アンリの心臓>と直感したという。


「なんで野田さんは、分かったの?」

「アンリの家出には裏があると疑っていたらしい。牧村ミノル(アンリの父)の様子が妙やった、言うねん」

 牧村ミノルは博物館勤務と家業(農業)の兼業生活。

 学生時代にラグビーで鍛えたマッチョな肉体と、常にプラス思考の性分。

 陽気で大酒飲みの男だった。


「陽気な人が陰気になったとか? 当然の変化じゃん。娘が居なくなったんだから」

「いや、陰気になったんと違う。全く変わらんかった。つまり当然の変化が皆無や。それが野田さんには、奇妙に思えた」

「娘が家出して戻ってこないのに……陽気で大酒飲みのまま、だったのか。全然凹んでないのは変だよな」

「宴会大好き、お喋り大好き。酔っ払うと、決まって同じ話を始める」

「酒飲みには、ありがちだよね」

 牧村ミノルは何を繰り返し語ったのか?


「セイ、『カノプス壺』って知ってるか?」


「……カノプスつぼ?」

 カノプス壺。

 知っているような……

 なんだっけ?


 エジプトのアレかな?

 ミイラ作るときに、内臓を入れた壺?


「それや。アンリの父親は酔っ払うと、皆にミイラ製造工程を聞かせたんやて。ほんで『カノプス壺』の画像を嬉しそうに見せるんや」

 彼はミイラ作りに興味があったのか。

 好きだから、何度も語るのだろう。

 内蔵を入れた壺に、特に心惹かれていたのか。


「セイ、その壺と、心臓の冷凍保存。関連性が有りそうやんか」

「あ、でもさ。内臓の中で心臓だけは壺に入れないよ。心臓は身体に残したんだ。心臓が無いと神の審判が受けられない」

 確か……ダチョウの羽と、心臓の重さを量りにかけるのだ。


「知ってるで。野田さんに、それも聞いた。牧村ミノルのミイラ語りは、黒魔術で心臓を捧げるやら食べる話に発展し、……締めくくりは、『心臓こそ命』と唱えるんやて」

 ……心臓こそ命


「う、わ」 

 セイは、何かに自分の心臓を突かれたように衝撃を受けた。

 何に?

 それは、きっと牧村ミノルの凄まじい情念だ。

 ひょっとしたら、

 娘の死を受け入れていないのか?

 呼吸も心臓も止まっても、<死>と認められなかった。


 だから……。

 遺体から心臓を抜き取り

 空っぽのカラダは田んぼに埋めたの?


 猟奇的な遺体処理なんだけど、

 ひどく単純な理由だったのかも。


父親は……多分母親も、

アンリは<心臓ひとつ>になって、側に居ると……

冷凍庫を開ければ、そこに、

生き生きとした姿で、存在していると。

毎日、毎日、7年、思い続けていたのか?

いや、待てよ。

黒魔術にも精通していたんだ。

儀式で娘を殺したかも……。


「野田は、アンリは7年前に事故か病気で急死したんちゃうかと、言うてた」

 突然の死に、まとも思考を失った結果、心臓を取り、身体を埋めた……。

 しかしヒカルはアンリが生きていると信じたい。

 野田も、生きている可能性はゼロでは無いとは思う。


 ヒカルの思いを尊重しつつ、真実に辿り着ける方法を考えた。

 事件の確証が無い現状で、警察に調べさせる方法は無いかと。

 試行錯誤の末、アンリの案山子と心臓を使い、猟奇的事件の捏造に辿り付いた。


「全ては野田さんが考えた筋書きやった」

「そっか。高校生1人じゃ不可能だよね」


「うん。……セイ、明日までに、コレに目を通しといて」

 最後に言い、薫は数枚の画像を送ってきた。

  

 パソコンに転送してマユと見る。


「これは……旅館で撮った写真ね」

 (アンリとヒカルの)父と母だ。

 父は筋肉質の大男。大きな垂れ目だけが、子ども達と似ている。

 母は、一重の目以外はアンリそっくり。

 

 共に、綿入れ半纏。鍋料理に箸を伸ばしている。

 2人の両手は、はっきり映っている。


 薫は感づいている、と思う。

 手に、<人殺しの徴>を視ると、知っているみたいじゃないか。


「セイ、どうなの?」

「違うね。両親じゃ無い」

 

 病室で撮った祖母の手にも

 <人殺しの徴>は無い。

 ヒカルも野田は、既に違うと分かっている。


「野田さんは親が殺したと思っていないのね」

「家族に殺されたのではないのか。そもそも、誰かに殺されたんじゃないのかも」

 言いながらも聖は腑に落ちない。

 アンリの怨念を知っているから。

 聖は

 もう1人の家族をカウントしていなかった。

 薫が送ってきた画像には無い、

 既に死者だが、七年前には……もう1人家族が居た。


 マユは<祖父の存在>を忘れては居なかった。


「セイ、おじいさんの画像は無いのね」

「お爺さん? あ、あ、そうか。爺さんもいたんだ」

 牧村 サクオ。

 7年前は68才。 

 3年前、72才で病死している。


「うん。両親と婆さんのだけ」

 両親の画像を提供したのは野田と思われる。

 祖父の画像までは保有してなかったのだろう。


「セイ、お爺さんが怪しいわね」

「消去法? 家族内殺人と想定して……父も母も祖母もシロ。残るは爺さんか」


「それもあるけど、隠蔽したくもなるでしょ。娘を殺したのが自分の父親なんて……あってはならない悲劇よ。父のことも娘のことも大切に思っていたなら、尚更に受け入れられない。無かったコトにしたいでしょ」


マユは祖父の画像も確認すべきだと、言った。

聖は明日、薫に入手を頼もうと思った。


葬儀の始まりは、午前11時半。


15分前に葬儀会場のM寺駐車場で、薫と落ち合った。

事前に

「暑すぎ。熊さんに送って貰う」

とライン。

炎天下オートバイで1時間はキツいので、鈴森に甘えたらしい。


M寺は牧村家から10キロ離れた山の麓。

駐車場に入りきらない車が、手前道路の片側に間隔を開けて停められていた。

最後尾にロッキーを停める。

鈴森の軽トラックは、見える範囲にはない。

と、思ったら2台前、白いワーゲンの後部座席から、薫が出てきた。

聖に軽く手を振り、

鈴森に(じゃあ、あとでな)と声を掛けている。


……鈴森さん、いい車持ってたんだ。

……あれ? 助手席に誰か乗ってる?

……いや、違う。でも、なんだアレ?


助手席に、タバコの煙が固まっているような白い影。


聖は、ワーゲンに近づく。

鈴森は大きな頭を聖に向ける。

窓は開けない。

困ったような顔。

バツが悪そうな……。


隣にやっぱり煙の塊が……。

うわ、何コレ?

怪奇現象?


謎の煙を凝視。

すると、誰かと目が合ったような感触。

「あ」

誰かと同時に声が出る。

一瞬、

本当に瞬き1つの間だけ、

煙の中に、視えた。


大きな、ちょっと垂れた目元。

華奢な顔。

ツインテール。

ニットのワンピース。

写真で見るより可愛さ10倍の、


牧村アンリ、

だった。




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