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聖の出番

「俺、出勤やねん。……6時半に出る」

 言い残して薫は2階に上がった。

 夜食に出したクリームシチューを沢山食べ、急激な眠気に襲われた様子。


「カオルさん、大変だったわね」

 気付けばマユが隣に居た。

「うん。……聞いてたよね? ヒカルが心臓を入れたんだと思う?」

 聖はマユの考察を聞きたい。


「時間が昼間と限定でしょ。ヒカル君には容易い作業でしょうね。彼が案山子を触っていても誰も不審がらない。私も、カラスは臭いで寄ってきたと……夜中に仕込まれたと思い込んでいたわ」

 ちょっと咎める目つき。

 カラスの臭覚は弱いと、もっと早く言うべきだったと、いいたげ。


「ヒカル君が計画したと想定すれば、奇妙な展開も全て説明が付くわね」

「うん。わざと心臓をカラスに喰わせたんだ。人が集まっているタイミングで」

「大きなカラスに持って行かれたのは計算外だったかも」

「そうなの?」

「ヒカル君は案山子の胸からカラスが心臓を取り出す、猟奇的なシーンを演出した。野次馬がやってくるのを見計らって。そうして写真に撮らせ拡散させる。で、警察に仕込まれたモノを調べて貰う。ヒカル君は案山子の所有者。悪質な悪戯だと訴えられる。……つまり心臓は案山子の足下に落ちてなきゃ困るのよ」


 普通のカラスでは咥えて飛べない質量だと計算していた。

 下に落ちた心臓に群がるカラスは、追っ払える。

 追っ払って心臓を確保出来る。


「心臓が戻ってほっとしたかも。あの烏がセイにプレゼントしなければ、ヒカル君の元には戻らなかったわ。セイが焼却炉にそういうのを運ぶのを見ていて、好物だと思ったかもね」

「違う気がする。アイツは初めて見るモノだから、コレは食べても好いのか分からなくて俺に見せに来た……今はそんな気がする」

 前に気味悪い人面魚を持って来たのを、思い出した。


「セイが言うんだから、きっと、そうね。……ねえ、ヒカル君はお姉さんの家出を、子供心に変だと思ったんでしょうね」

「アンリの友人は家出理由に心当たりは無いと証言してた。イベントに行く約束もしていたと。弟を、とても可愛がっていたとも」

「ヒカル君は、お姉さんが死んでいるとは考えられない。帰ってくるのを待ち続けていたと思うわ」

「そうだろうね。……でも帰って来ない。そのうちに、気付いたのか。あぜ道に何か埋まってると。冷凍庫の中に入れっぱなしのモノにも」

「心臓は容器に入っていたと思うわ。開けて、中身を見たのは両親が亡くなった後かもしれない。おばあちゃんは入院でしょ。家の中には誰もいない。長年気になっていた中身を見たくもなるんじゃない?」

「両親が生きてる間は、中身を確かめられなかった……触っちゃ駄目と言われてたかも」

「肉の塊が、なにか動物の臓器と分かるまで、色々調べたんでしょうね」

「なぜすぐ警察に届けなかったのかな。何年も冷凍室に入れっぱなしって変じゃないか。 あぜ道の事も。訴えれば警察は調べたと思うんだ。失踪者が出ている家なんだから」


「アンリさんの遺体だなんて思えないよ。だけど気味悪い。ヒカル君、恐ろしい疑いが頭を過ぎっても、そんな筈は無いと打ち消したでしょう。お姉さんは生きている、いつか帰ってくると信じたいでしょうから」


「そうか。埋まってるのも、心臓も、たとえば猪だと、思いたいよな。万が一アンリなら、……その先は考えたくないよな」

「そうでしょ。アンリさんだなんて、受け入れがたい、有り得ないと思うわよ。でも自分1人の胸にしまっておくには荷が重すぎる。調べて貰ってすっきりしたい」


「婆さんに、案山子を作れと言われ、閃いたのかな」

 案山子が評判になればアンリの消息が分かるかも知れない。

 評判になって人が来れば、

 案山子の胸に、あの心臓を入れたらどうか?

 烏に突っつかせるんだ。

 SNSで拡散して、もっと評判になって

 何の心臓か、警察に調べて貰おう。

 そうだ案山子は、あの位置に、立たせよう。

 心臓騒ぎの後で、案山子付近を捜索するかも



賭だったのか?

アンリが生きていたらなら連絡をくれるだろう。

万が一、あぜ道に埋まっているなら、警察が調べてくれる。


「結果は最悪で、ショックだろうな……可哀想に」

「アンリさんの死因はまだ分からない。ヒカル君はこれから事情聴取されるでしょうね。罪を問われはしないでしょうけど」

「犯罪行為じゃないでしょ。惨い答えが出てしまったけれど計画は完璧だよ。高校生が1人で考えたにしては……あれ、もしかして?」

「協力者がいると、今そう思った?」

「うん。『鹿ぴょん』だよ。野田さん。きっと、そうだ。あの人が力を貸したにちがいないよ」

「野田さんはヒカル君の家族を知っていたんですものね。……カオルさんも、きっと気付いてるわ。ねえ、アンリさんの死因は入院しているお婆さんなら知ってるんじゃないの?」

「そうだよ。お婆さんが存命なんだ。一緒に住んでたんだから、真実を知っているんだ」


「死体遺棄事件なんだから、お婆さんは警察の聴取を拒めないわ」

「うん。すぐに真相は明らかになるかも。……残酷な事実な気はするけどさ。自殺や事故では無いと」

 聖は、あの場所で感じた、禍々しい気配を思い出す。

 あれはアンリの怨念だったのだ。

 ……殺されたに違いない。


「そうね……ヒカル君にはキツイでしょうね」


「まあ、ここから先は警察の仕事だね。俺は……案山子様のお世話だな」

「大きな案山子様、だったわね」

 マユはクスリと笑う。


「2階に寝かせたんだ。朝になったら、起こすのかな。太陽に当てるのか、室内に立てとくのか……取り扱いマニュアルが欲しかったな」


「セイ、朝になっても起こさなくていいわよ」

「そうなの?(なんで言い切る?)」


「すっごく疲れてるの。静かに眠らせてあげて」


「ベッドに、あのまま寝かせとくの?」

 どうして?

 マユは案山子の何を知ってるのさ。

 続く質問を遮るように

 マユは(うふ)と微笑み足下で寝ているシロに触れ、


「セイも、今夜はもう……、寝なさい」

 言って、消えた。


「うわ、もう2時か。えーと、カオルの朝ご飯作るんだ。ちょっと眠っとくか」

 セイはシロと寝室へ。

 向かいの部屋から薫の大きな鼾。

 隣の部屋からも……かすかに寝息が聞こえる気がする。


 セイは、突然来た珍客(案山子)を不気味だとも迷惑だとも

 思っていなかった。

 

 シロは、案山子に一度も吠えなかった。

 それで、邪悪なモノでは無いと安心している。

 

 案山子の、この先の身の振り方は、自分には決められない。

 ヒカルが所有者だ。

 アンリの死の謎があきらかになり、事件が解決するのは

 そう遠い先では無さそうだし、

 案山子の話は落ち着いてからでいいか。


「迎えが来るまで、山でゆっくりすればいいよ」

 聖はドア越しに、案山子に声を掛けた。



 薫の知らせを待ちながら、2週間が過ぎた。

 

 8月の太陽は、谷をもギラギラと照らす。

 日中はクーラー無しではいられない。

 この夏は、異常に熱いのだ。 

 

 小型犬の依頼が続き、聖はとても忙しい。

 老犬が熱中症で寿命を縮めた、そんな案件が続いた。


 案山子様は、マユの言いつけ通り寝かせたまま。

 昼間はクーラーで涼しくしている。

 カーテンは決して開けない。

 ここに居るのを、あのカラスに見られたら、ややこしい。

 そして毎朝、朝食を運んでいる。

 これもマユの言いつけ。

 神棚に供えるように、朝食をサイドテーブルに置き、

 後に下げて、頂く。


 案山子を神様扱いして、なんのご利益が知らないが、

 ベッドに横たわる姿(藁の塊)をみるだけで、心が和むのは良いコトだった。


 8月7日。

 夕立の後、清々しい空気を吸いたくて

 シロと、吊り橋の上でぼーっとしていたら、

 薫から電話が架かってきた。


「セイ、明日空けられるか?」

 これが第一声。

「うん」

 暇でも無いが薫の切羽詰まった声に

 断る選択肢は捨てた。


「良かった。あんな、ヒカルの婆さんが死んだんや。アンリの亡骸が遺族に戻った、その日に」

 結果、2人一緒の葬儀が明日となった。

 薫は、その葬儀に同行して欲しいと言う。


「婆さんは黙秘権行使のまま、逝ってしもうた。ほんで、セイに頼みたいんや」

 何をと、聞くまでも無かった。


 現時点で唯一の、真実に導く証人を失ったのだ。

 薫は、手がかりを無くした。

 そして、

 葬儀の参列者の中に、アンリ殺しの犯人がいるかもしれないと考える。

 アンリを埋め、心臓を保存したのは家族の可能性が高い。

 しかし、死因は不明なのだ。

 奇っ怪な事件の裏には、想像も付かない事情と犯人が、存在するかも知れない。

 親戚、友人、近隣住人……。


 可能性は低くても、一同に集まるチャンス(葬式)は見過ごせない。




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