歩けない神様
翌朝、奈良県警から2人来た。
<心臓>を持ち去った。
(薫は同行では無かった)
人間の心臓だとしたら……、
人殺しが、被害者の心臓を案山子の胸に詰めたのか?
どうしてわざわざ人目に晒した?
猟奇的すぎて考えれば気分が悪くなる。
だけど聖は無関係ではいられない。
何故自分が、選ばれたかのように<案山子>と<心臓>に接触したのか、
理由を探さずにはいられなかった。
ネット上の情報に当たってみる以外に、方法は無い。
聖は多くの仕事を抱え、日中は作業室に籠もりきり。
夜になれば
マユと一緒に手がかりになる何かを探した。
薫からの連絡を待ちながら。
あの日の騒ぎは、見物人が多く画像を投稿していた。
逐一、閲覧した。
が、鈴森の動画以上の収穫は無い。
薫から連絡のないまま10日が過ぎた。
為す術もなく、さして期待せず
<鹿ぴょん>の動画を当たっている。
2年前が始まりの<奈良風景>の動画は相当数あった。
風鈴寺の生人形、トロッコで行く鍾乳洞、鹿を事故死させ処刑された子供の墓、コスモス迷路……。
薫からの連絡を待ちながら毎夜毎夜、見ている。
「セイ、つぎは『いにしえの案山子』、だって」
「案山子が、気になるな。日付は……去年の秋か」
現れたのは大きな案山子。
古風な姿。
笠を被り、蓑を着ている。
広い田んぼの中に立っている。
稲の穂は、充分実って頭を垂れ、
夕日を浴びて赤みがかった金色。
のどかで美しい光景、だった。
「大昔からタイムスリップしたみたいな案山子ね。あら?……セイ、後ろの山を見て。同じ場所かもしれない」
「同じ場所?……もしかして、そうなのか?」
画面には田んぼと遥か先の高い山しかない。
奈良盆地ではありがちな光景だが既視感があった。
アンリの案山子が立っている、あの田んぼかも知れない。
撮影者は同じ。
有り得なくは無い。
<鹿ぴょん>の解説が入る。
(久延累古という神様を知っていますか?
古事記に出てくるんですよ。
とっても賢い神様でね、皆が知らないどんな事も知っておられるんです。
でも、この神様はね、歩くことが出来ないんです。
1つの場所に、立ち続けておられるんです。
案山子はね、その神様をカタチ取ったという説があるんですよ。
あの大きな案山子、私はね、子供の時から見てるんですよ。
毎年、この時期に、あの姿を見ているんです。
三十年、同じ案山子です。
これは、実は、とても珍しいことなんです。
この地域の農家ではね、
役目を終えた案山子は焼くそうです。
お供のカエル一匹と一緒に、稲刈りの終わった田んぼで燃やし
天にお返えしする風習です。
毎年、新しい案山子を拵える。それが習わしです。
どうですか、
何十年も、もしかしたら百年以上も役目を果たしている案山子。
まさに神様みたいだと思いませんか?
……見て下さい。大きなカラスが来ましたよ)
どこからか、大烏が飛んできて<鹿ぴょん>の頭上を舞う。
カアと一鳴き。
「あら、あのカラス、」
マユが呟く。
「やばい、威嚇だ。突っつかれる」
聖が口に出した瞬間、
<鹿ぴょん>は走り出した気配。
カラスの習性を良く知っているのか。
(あれが三本足なら、八咫烏かもしれませんね)
嬉しそうに言い、
<鹿ぴょん>は車に乗り込んだ様子。
車窓越しに動画は続く。
同じ場所に違いなかった。
アンリの案山子が立っている田んぼだ。
あぜ道の奧に(田んぼの真ん中に)大きな案山子は立っている。
大烏は案山子の肩に載っていた。
くつろいで羽繕いしている。
そこでEND。
聖は、ある予感に、動画を静止して拡大する。
カラスの全身をよく見る。
「やっぱりな」
馴染みのカラスであった。
飛ぶ姿で、鳴き声で、
そうだろうとは思ったが。
「大きな案山子と、前からの知り合いだったみたいね。セイを尾行してアンリさんの案山子を見つけたのじゃ無かったんだ」
「でも……あの日は尾行されてた気がする。俺に付いてきて、変な案山子を見つけたような、そんな気がする」
「まだ案山子が田んぼに立つ時期ではない。何も無い筈の田んぼに奇妙な案山子、気になるわよね。縄張りなら尚更」
「案山子はカラスを追っ払う役目なんだけど、恐れを知らないアイツは休憩ポイントにしてたかも」
「大きなカラスが居たら、他の鳥は来ないでしょ。案山子の手助けになっていたかも。……ねえ、アンリさんの案山子を作ったきっかけは、古い案山子のリフォームが出来なかったから、そうよね」
マユは大きな案山子を見つめている。
「うん。そんな話、していたな」
(牧村家には、古い案山子があった。
それは、土間に吊り下げてあり、<案山子様>と呼んでいた)
「コレが、その案山子だな。いかにも様付けしたくなる風情だ。
なんというか……中に人間入ってるでしょ、って感じ」
案山子の芯は竹で出来ている。
傘に隠れた頭は球形で首は竹、
人が扮装できるカタチでは無いのに、
聖には、人間が案山子の格好をしている風に見えてしまう。
「私にも、中に何かがいるように見えるわ」
「只の案山子ではないと思う?」
「なんで習わしに反し、同じ案山子を使い続けているのか……謎ね」
「その理由は案山子のリフォーム方法同様、当主しか知らないのかな」
「本来ならワンシーズンで燃やされるモノが何十年も存在し続けている……ちょっと怖いかも」
「物にも心がある、って山田社長が、前に言ってた。役目を果たす心かな」
「古い道具は妖怪になるとも」
「妖怪か。この案山子にぴったりくるな」
「中に邪悪なモノが宿ってる?……ソレがセイに取り憑いたとか?」
「それは違うと思うよ。この案山子を、俺は見てない」
「そうよね。……すこしも悪い感じはしないものね」
「同感」
「秋には田んぼに在って、それ以外はずっと玄関に吊されていたのね」
「そう」
「牧村家をずっと見守ってきたのかしら」
「見守ってか。牧村家は不幸続きで……そう言われれば悲しげな風情だな」
「顔が見えないのに」
「笠がね……前に深く被ってるだろ。泣き顔を隠してる風に、見えなくもない」
「セイには、そう見えるのね」
2人、黙って案山子に見入った。
と、その時、
薫から電話。
「こんな時間(24時)になんだろ」
ただ事では無いと緊張する。
「セイ、人間の心臓や」
薫は興奮していた。
「発見場所からアンリの可能性がある。弟と遺伝子照合し、牧村アンリの心臓とほぼ決まりや」
「え?……それって、最近死んだってコト?」
鈴子の反応から、写真撮影の直後に死んだと決めつけていた。
鈴子は、現在の生死を霊視したのか?
そんな力もあったの?
「違うで。心臓は(体内から)取り出された後、数年冷凍保存されていた。それがドクターの見解や」