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カラスの届け物

大きなカラスが

案山子の裂けた胸から

何かを引っ張り出した。

しっかり咥えて、ひらりと上へ舞う。


他の4羽のカラスは、(か、くえ、かか)と啼く。

文句を言ってるような鳴き声。


カラスたちの動きは、素早くは無いので

取り合っていたモノが、肉片だと分かった。

肉の塊だ。


「セイさん、案山子に仕込んであったんでしょうな。悪趣味なイタヅラですなあ。よほど暇な奴でしょうかね」

「騒ぎを起こしたかったのかな。案外、今そこらに、居るんじゃないですか」


「あ、そうか。それは気付きませんでした。案山子に携帯向けて撮ってる中に、おるかもしれん。ほんなら、こそっと、そこらにおる顔を撮してから、引き上げます」

 

 会話中、パトカーのサイレン。

 誰かが通報したに違いない。

 田舎の一本道の大渋滞、野次馬以外には迷惑このうえない。


 警察官が到着するまえに群衆は解散するだろう。

 ショーは終わった。鈴森も足止めから解放される。


「鈴森さん、この動画、カオルに送っときますね」

「あ、そうですか。ほんなら頼みます」

 電話の向こうが静かになる。 

 鈴森は車に乗り込んだようだ。


動画をカオルと、自分のパソコンに転送した。

そして、パソコンの前に座り

大画面で見直す。


聖の視線は、大きなカラスを追う。

不謹慎な悪戯より、コイツが気になってしまう。


「デカイ。山のボス烏くらいデカイかも」

 吊り橋付近では朝夕山のカラスが集まっている。

 個体識別はあいまいだが、

 ひときわ大きなカラスは顔馴染みで古い付き合い。

 聖が肉眼で見たなかでは最大。

 あれと、同じ位大きいカラスが居たことに驚いたのだ。


長々とカラスを見た後で、案山子に仕込まれていたモノを

動画を静止し、拡大して眺める。


「肉の塊、というより臓器かな。丸っこいな。肝臓じゃ無い。能ミソでも無い……心臓かな? この大きさだと、豚っぽいけど」


 動画に見入っている間に陽は落ち、窓の外は薄暗くなっていた。


「わんわん わん」

 外でシロが吠えている。

 霊園事務所の営業時間が過ぎ、柵から解き放たれたのだ。


「もう、そんな時間か」

 聖は腰を上げ、ドアを開ける。

 シロがお座りしている。

 すぐに入ってこない。


「どうした?」

 聞きながら、シロの隣の黒いモノに気がついた。


「あれ?……なんで?」

 シロの隣に

 ……大きなカラスが、居た。

 顔なじみの奴だ。


「お前、どうしたの?……どっか怪我した?」

 怪我して、救いを求め自分を訪ねてくるなんて

 そんなのは一度も無かった。

 けど、他に想像が付かない。

 なんでカラスがシロと並んで

 自分を見上げているのか分からない。


 聖は、カラスの顔が見えるように膝をついた。

「かあ」

 短く鳴き、ゆっくり後ずさる。

 すると……。

 今までカラスが居た場所に、グロい物体が出現した。


「ひ、」

 赤黒くて、ぐしゃっとしてる

 生臭い


「おい、なんだコレ?」

 カラスに聞いてみる。

 でも、羽を伸ばしてストレッチ中。もう聖を見てはいない。


「はあ」

 と、人間くさい溜息を最後に、

 飛び去ってしまった


聖は膝をついたまま、カラスの<プレゼント>を眺める

シロの顔は目の前。頬を舐められる。

シロはソレの臭いは嗅がない。あまり興味が無さそうだ。


「なあ、シロ。さっきまで、カラスが動物の心臓を奪い合う動画を見てたんだよ」


で、なんでこのタイミングで、アイツが何かの心臓、持ってくるの?

しっかり見て、目の前にあるのは、心臓だと言い切れた。


 偶然、なのか?

 この心臓も、動画とメッチャ似てるんだけど。

 似ているどころか、

 別物だと判断する点が、見付からない、

 アレとコレは同じモノ?

 

 カラスもかなり似ている。

 尤もカラスの個体識別は難しいが。


 同じカラスだとしたら?


まさか……そんな 

此処のカラスが、なんで、あの案山子に?

なんで俺に心臓持って来た?


いや、まてよ。

俺は、あのカラスの何を知ってる?

河原や吊り橋で、よく見掛けるだけじゃないか。

ただの顔見知りで

住処さえ、知りはしないのだ。

縄張り範囲も、習性も、わからない。

だから、アイツの都合も考えも

推理しようが無い。

たかが人間の自分には、計り知れない。


 ……とりあえず、この<心臓>はどうにかしないと。

 

 聖は右手(素手)で心臓をつまみ上げて、立ち上がった。


 作業室に持ち込み、明るい照明の下で見る。


 心臓には藁が付いていた。

 案山子の藁なのか。

 

 ステンレストレイの上に載せ、写真を撮った。

 

(カラスが豚の心臓を持って来た。藁付き)

 と、短い説明で

 鈴森と薫に画像を送った。


 2人とも、即既読になった。

 即返信、はない。

 にわかに信じられないのだろう。 

 

 心臓は、捨てようかと迷った。

 夕食の食材を取り出せば、スペースができたので、

 それだけの理由で、ラップして冷蔵庫に保管した。


 シロと(牛すじとジャガイモのシチュー)を食べ終わった頃

 マユが姿を見せてくれた。

  

「アンリちゃんに似せた案山子、有名になりすぎて、誰かが笑えない悪戯をしたのね。豚の心臓なんてホントに悪趣味。腐肉がカラス達を呼び寄せた……で、セイのトモダチが心臓を届けに来たのね」

 マユは、セイの報告を確認しながら、ゆっくりと

 工房の中を歩く。


 一連の出来事の裏に、

 隠れている真実があると、推理しているのか。


「トモダチじゃないよ」

 聖はそこだけは訂正する。比喩にしても、トモダチは言い過ぎ。


 冗談よ、とマユは返してくれると予測した。

 ところが、だ。


「え? ソレ冗談よね」

 と真顔で見つめられる。

 

 瞬きもせず見つけられると、あながえないが 

「いや、だってさ、俺とあのカラスの間に友情は無いから」

 頑張って口答えしてみる。


「それは無いでしょ。『彼』との付き合いは随分長いじゃない」

 彼、とマユは言った。


「そりゃあ……いつからか分からないくらい、ずっと前からの顔なじみだけど。


アイツが吊り橋に居るからね。『ご近所さん』くらいの関係ではある」


「この山じゃ無い、遠い場所でも会ったじゃない。忘れたの?……確か、石切の占い師に会いにいったとき」


「石切?……あ、行ったな。子ガラスの剥製を届けに行ったっけ」

 子ガラスには、幼い子供の霊が憑いていた。

 人間社会よりカラスを愛し、自らベランダを住処とした子供。

 聖はだんだん思い出してきた。

 あの時、ベランダに大きなカラスが来たことも。

 顔なじみの山のカラスが、随分遠くへ来てるんだと

 驚いたし、不思議ではあった。

 こんな所で会うなんて、低確率の偶然だと。


「偶然なワケないじゃない。彼は、セイに付いていったのよ。何かしら危機を察知したんでしょうね」

 マユは断言する。

 憶測ではなく事実だと念を押す。

 マユは、山の神と合体してそうだし、

 あのカラスと懇意なのかも。


「そう、だったのか。……トモダチ、だったんだ」

 カラスが自分を気にしてくれていた。

 なんて、かなり嬉しい。


「あ、でも今日、俺は此処にいたんだけど、」

 自分を尾行して、案山子に辿り付いたんじゃ無い、

 言いかけて、前に行ったときに付けていたかも、と気付く。

 

「そうでしょうね。彼は案山子が気になって監視を続けていた。どうして、そんなに気になったのかな? だってその時には、まだ豚の心臓は入れられていない。人間には季節外れの変わった案山子でしょうけど、……カラスが関心を持った理由が思い浮かばない」


「なんで案山子が気になったか……」

 考え初めた聖は、すっかり忘れていた、あの時の嫌な感じを思い出した。


「マユ、初めに案山子を見た後、最悪の気分になったんだ。恐怖と不安と鬱がどっと来たような。理由に心当たりが無いのに。それが何でだか、カオルと鈴森さんと3人で案山子を見た時には、すーっと消えていたんだよね」


「怖い思いをしたのね……可哀想に。悪いモノに取り憑かれたのかな」

「やっぱ、そうなの?」


「多分。……案山子の付近に、居るのかも」

「悪いモノが?」

カラスはソレが気になった。偵察の理由、かもね」


「でも、もしかしたら、のちのち豚の心臓が入れられると、予知していたのかも(カラスも自分も)」


「心臓を取られた豚の怨念?……それは無いでしょ。豚にそんな力は無い」

「怨念、なんだ……」

 聖はちょっと怖くなってきた。


「無残に殺され、恨み怒りが強すぎて成仏出来ない……怨霊でしょうね」


「お、怨霊が俺に取り憑いていたの?」

 メチャ怖いのに、マユは軽く頷いた。

「その怨霊が、セイを使って、案山子の存在を世間に広めた……結果から見れば、そういうコトよね……おそらく案山子の下に……」


 マユは1人で推理の世界に浸ってる。

「ねえ、」

 声を掛けたとき、電話が掛かってきた。

 薫だった。


「セイ、心臓は廃棄した?」

 と第一声。

「捨ててないよ。冷蔵庫にいれた」

「良かった。あんな、置いといて欲しいねん。明日、朝一番で取りに行くから」

 悪質な悪戯の証拠品として、警察が調べるのか?


「悪戯では済まされへんねん。セイ、熊さんがな、豚の心臓では無いと俺に知らせてきた。大きさから該当する、子牛でも山羊でも羊でも無いと。ほんで知り合いの解剖医に画像送って確認したんや」

 家畜業の知人が家畜の心臓では無いと見立てた。

 もしや人間の心臓?

 可能性は有るかと、聞いてみた。

 

「ドクターからな『可能性は大いに有る。人の心臓では無い特徴は画像からは見いだせない。ただし画像では確定できない』とな、署に正式な回答があったんや」

 

 聖は作業室に眼差しを向けた。

 あそこに<人間の心臓>が……。

 

(剥製屋だから)動物の臓器は見慣れてる。触り慣れてもいる。

 てっきり豚の心臓と……。

 無造作に扱い、明日生ゴミとして捨てたかも知れない。


 誰のモノとも分からぬ<心臓>が、冷蔵庫にある。

(アンリの心臓とは考えられない。彼女は7年前に死んでいる)


 それは、とても怖いコトだった。


 






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