カラスが来た
案山子は
十字に組んだ竹が土台。
頭、首、腕、胴体は、詰め物で膨らませ白い布で覆っている。
髪は黒い毛糸でツインテール。
顔のパーツは、案山子らしく<へのへもへじ>
腕の先には(手に見立てた)白い手袋。
ニットのワンピースは半袖でAライン。
オレンジ、グリーン、水色、白の 夏素材の細い糸で編まれている。
マユは、一番初めに案山子を長く見つめた。
「お姉さんに帰ってきて欲しいと、弟はお姉さんに姿を似せた案山子を季節外れの春に、家の田んぼに立てた……」
そして<鹿ぴょん>の動画を興味深げに見続ける。
案山子以外の配信は主に奈良の田舎風景だ。
<鹿ぴょん>は、40代前半の男。
T自然博物館のロゴの入った緑のパーカーを羽織っている。
「これ見たら、普通は、お姉さん帰ってきたらいいのにね、って思うだけよね。……ねえカオルさんの様子、まるで事件が起こったみたい。熱すぎる。セイ、もしかして、ただの家出では無いの?」
真っ直ぐに見つめられ、ごまかせない。
嘘も言えない。
「失踪直前の写真を、カオルが山田社長に見せたんだ。
社長の反応がね、『死の影』を見た時の感じだった。
写真を撮って間もない時期に死んでいる、って。多分、そういうこと」
マユの境遇と重なりすぎて、言いにくい。
簡潔に説明した。
「なるほど、そういうコト、なのね」
マユの瞳が煌めいた。
自身の<前世>に感傷は全く無さそう。
さっそく推理を始めたのだから。
「アンリさんは7年前に亡くなっている。遺体は発見されていない。何故か? 考えられるケースは、
①身元不明遺体、状態。
②家出直後に辺鄙な場所で事故にあった。
③家出直後に殺され、遺体を隠された。
そうよね?」
「そう、なるのか。カオルの推測も同じかな。まずは身元不明遺体を調べるんだろうな」
「おそらく、該当者は無いと思うわ」
「えっ? なんで、そう思うの?」
「年格好の似た身元不明遺体を、親はチェック済みでしょ。サイトで閲覧できるんだし」
「家出した娘は死んでいるかもって、親が調べるのか?……それ、避けるんじゃ無いのかな。生きていると、信じてるんじゃないの?」
「リストに無ければ、死んではいないと安心出来る。安心したくてチェックすると思うわ」
「そっか。万が一、該当する遺体があればショックだな……けど、絶対確かめるよな」
「そうでしょう」
「遺体は、人目につかない場所にあるのか。事故か殺されたか、で」
「外出先で事故や事件に巻き込まれた場合、帰って来ないから、家族は警察に届けるでしょう。でもアンリちゃんが死んだのは、家出の直後なのよね。たまたま家出の直後に事故事件に遭遇した……家出というのは間違い無いのね? 」
「家出人扱いだよ。書き置きがあったとか、荷物持って出たのかな。まさか、家に帰って来ない、これは家出だと、親が誤解したとかじゃないよな」
「それ、絶対無いとは言えないかも。キツく叱ったとか、友達とケンカしたとか……」
「所持金5万、って書いていた。家出時の情報はそれだけ」
「テレビ見てた友達から、情報が出てるかもしれない。セイ、調べてみて」
聖はアンリの名前で検索。
数多くの写真も出てきた。
「アンリちゃん、写真で見る限り、どれも悩みがなさそうな笑顔。グループ写真はいつも真ん中。まわりの子がアンリちゃんを囲んでる感じ……中学では水泳部だったのね」
「ほんとだ。アスリートだったんだ」
「スイミングクラブの画像もあるわ」
「泳ぐのが好きだったんだ。そういう奴、いるな」
「入学予定の高校で撮った写真もあるわ。校門前で。県立U高校、知ってる?」
「うん。俺なんか到底入れないレベル。難関校の入試をクリアしてたのに、なんで家出したのかな。もったいない」
友人達のメッセージもネットに上がっている。
(今でも信じられない。ライブ行く約束してたのに、居なくなるなんて)
(アンリ、会いたいヨ)
(弟ちゃんをあんなに可愛がってたのに、なんで?)
「家出の理由、全く想像出来ないな」
「セイ、家出じゃ無かったりして。家から……出てないかも」
「へっ?」
「もう一つ考えられるケースがあるのよ」
④家出は偽装。亡くなった後で家出したことにした。
「あ、そういうの、あったよな。確か自殺した娘を、駆け落ちに偽装したんだ。父親が」
不治の病の娘が、残った者のために
自殺を隠して欲しいと遺言した。
<喰刀庵>の話を思い出した。
「セイ、自殺目的で家を出て、遺体が見つからない場所で自殺したかも……自殺する理由があったかどうかなんて解らないけど」
「家出以上に自殺は、この子のイメージから遠い気がする」
「アンリさんの両親は最近亡くなったのよね。カオルさん、真実に辿り付くのは難しいでしょうね」
「うん。事件じゃ無いからね。家出人、だから」
聖は少女の遺体が早く発見されたらいいのにと、思う。
きちんと供養し墓に入れてあげるべきだ。
でも、それはマユには言わない。
マユの遺体を発見しながら、警察に届けなかった。
成仏して欲しくなかったからだ。
幽霊のマユと別れたくなかったからだと
説明するのも恥ずかしい。
案山子を見て、最悪の気分になったのは話し忘れた。
過ぎてしまえば無かったかのように
記憶から遠のいていたのだ。
数日後、
鈴森が
「あ、あの案山子が、あ」
慌てた様子で電話を架けてきた。
聖は、(オレンジ色の)見事な夕焼けを吊り橋の上で眺めていた。
鈴森は言葉につまり、周りに数人の、わあわあ何事か叫んでいる声が聞こえてくる。
「案山子が、どうかしたんですか?……またテレビに出てますか?」
「セイさん、私は、たまたま仕事で、この道を。ほんなら人だかりです。車が通られへん。案山子を見に、よおさん、集まってます」
鈴森は案山子の近くに居るらしい。
「カオルのもくろみ通り、案山子は有名になって、人が群がってるンですね」
「それが……群がってるのは人だけや無いんです。カラスがね……4羽、また大きいのが1羽きた。なんでやろ、……動画送ります、見て下さい」
「……?」
工房内に急いで戻り、落ち着いて送られてきた動画を見る。
鈴森の言葉通り
案山子にカラスが5羽、ワンピースを突っついている。
獲物を取り合うように、争ってる風に見えた。




