弟
鰻弁当3人(鈴子と悠斗と運転手の沢田)分届けに、
霊園事務所に寄った。
悠斗は、墓参りの客に応対している。
鈴子は、備品を届けに来ていた。
今日の装いはタイトスカートのスーツ。
スーツの柄は、グリーンと紫の細いストライブ。
トパーズのイヤリングとネックレスはともに大粒。
髪は紫かかったシルバー。
「嬉しい。噂には聞いて、知ってる。行ったことは、ないねん」
鰻弁当に目を細める。
薫が、
「社長、面白い案山子、見てきましてん」
と案山子の画像を見せる。
「カオルはん、なんやコレ。案山子ロードか?」
と聞く。
「ちゃいますねん。ほんでね、コレがね、よお似た服着てる家出少女ですわ。ヘアスタイルも同じツインテール」
と、
行方不明者リストの画像も見せている。
家出人
牧村アンリ。
失踪当時15才。
7年前の春、奈良県T市の自宅を出たきり連絡が付かない
所持金5万円。
ニットのワンピースは同一では無い。
パッチワークの1つずつは同じデザイン(花・家・鳥)だが
配置と毛糸の色が、違う部分がある。
よってアンリが家出時に身につけていたのと、案山子のワンピースは別物。
薫はそんな事まで鈴子に説明する。
「社長。アイドルみたいでしょ。小顔で首が長い」
鈴子は……少女の写真を、案山子の画像よりは長く見つめた。
黙って見つめた。
可愛い子だとか
案山子と関係あるのかとか、
言わない。
やがて
すっと視線を逸らし
「7年前の写真やな。7年……生死不明やったら死亡扱いやったな」
呟いて聖を見た。
鈴子は、少女の写真に<死の影>を視たのだと、分かった。
「悠斗、夜にコントローラー持って、来てや」
薫は、不意に悠斗に声を掛け、鈴子との話を終わらせた。
案山子が立っていたのは自宅と同じT市。
家族が、作ったのだろうか?
人の目に付き、誰かがネットに上げれば
本人に届くかも知れない。
そんな思いで、出て行った時に着ていたのと
同じワンピ-スを編んだのか。
……死亡扱いになる7年目に。
15才の春に家出した少女。
親は、所持金が尽きれば帰ってくると思ったのでは。
でも、戻っては来なかった。
帰ってくるのを待ち続け、
電話が鳴れば娘だと、何度思っただろう。
一体、どこでどうやって、暮らしているのか。
都会で、年を誤魔化し、住み込みで働いているとか。
帰りたくても帰れないのでは?
月日が経つほどに戻り辛くなって……とうとう7年。
(何も気にせず、帰っておいで)
<案山子>は娘へのメッセージに違いない。
……だけど娘に届きはしない。
失踪直前に撮られた写真に、近々死ぬ徴。
そもそも家出ではないのか。
それとも、家出直後に事故に遭ったのか?
聖はそこまで考えて
自分が<案山子>と<家出少女>に思い馳せても無意味。
と、気付いた。
「セイ、晩ご飯を買いに、スーパー行こか。総菜が、値引きタイムやで」
薫はその夜、案山子の話も、家出少女の話も、
二度としなかった。
鈴森も、鰻丼は美味かった、と何度も言うのに
案山子には触れなかった。
いつも通り
男4人と犬2匹
食べながら酒飲みながら
ゲームして、楽しい夜を過ごした。
聖は<怖い案山子>も、原因不明の、最悪の気分も、忘れようと思った。
何に取り憑かれていたか、知りたくない。
今はすっかり解放されてるのだから。
もう、自分は関係無い。
あとは薫の仕事だ。
鈴子の力(死の影が視える)を承知であれば、少女の死を知ったであろう。
身元不明遺体リストに該当者がいないか調べるに違いない。
マユにも<怖い案山子>の一件は話さなかった。
行方不明の娘は家を出てすぐ死んでいた、なんて
マユの過去と重なりすぎ。
わざわざ話題にしたくない。
梅雨が明けた頃、薫が電話を架けてきた。
シロと晩ご飯を食べている最中だった。
「セイ。テレビ付けて。案山子が写ってるねん。あの不気味な案山子や。リポーターがなんか喋ってる」
と早口で言う。
謎にテンション高い。
「あ、うん」
何事かと、反射的にテレビのコントローラーを握る。
何チャンネル? 聞いたが、電話は切れていた。
「まあ、いいか。順送りに見ればいいだけ……」
すぐに案山子は出てきた。
青空と真っ白な雲。緑の絨毯のような美しい田んぼ。
あぜ道にぽつんと立つ案山子は
この前見たときより感じが良い。
不気味に見えたのは雨にぐっしょり濡れていたからか?
「では、牧村ヒカルさん。カメラに向かってお姉さんに呼びかけましょう。お姉さんが今、見ているかも知れない」
リポ-ター(若い女)のアップの後
<牧村ヒカル>が映る。
白い半袖シャツに黒いズボン。
制服姿の高校生だ。
やや垂れた大きな目が、牧村アンリに似ている。
「姉ちゃん。ヒカルやで。お父ちゃんと、お母ちゃんな、今年の2月に……S温泉に行って、あの大地震で死んだんやで。2人とも死んでしまったんやで……ほんでな、婆ちゃんはな、今入院してる。癌やし、年やし、いつ死んでもおかしない。姉ちゃん、家に僕しか居てないねん。帰ってきて」
ヒカルは、泣きそうになるのを堪えている。
リポーターは目頭を押さえ涙声で
「以上現場からでした」
と、スタジオに引き継ぐ。
続いて
牧村アンリの、顔写真のアップ。
「アンリさんです。心当たりはありませんか? そしてアンリさん、もし、ご本人が今この番組を見てらっしゃったら、この番号に電話して下さい。1分でも1秒でも早く弟さんを安心させてあげて下さい」
司会者のアナウンスと共に
数枚のアンリの画像が映し出される。
中学の卒業式らしい写真は、顔をぼかした数人と一緒。
アンリは頭1つ分背が高い。
小顔で手足が長く、肌の色は白い。
アジア人の中に白人が居る、くらいに
他の子と違っていた。
CMに入ったところで
薫から、再び電話。
「俺が拡散して、『鹿ぴょん』いうYouTuberが動画あげて、バズって、ほんでテレビがくいついたんや」
「……鹿ぴょん?」
「奈良県民かもな。ソイツが案山子の近辺で聞き回り、誰が作ったか、突き止めよった。アンリの弟やとな。ヒカルにインタビューしている動画も、あるんやで」
ヒカルは案山子を作った経緯を語っている。
牧村家には、古い案山子があった。
それは、土間に吊り下げてあり、<案山子様>と呼んでいた。
<案山子様>は、稲の花が咲く頃から、稲が実り刈られるまでの期間、
牧村家の田で役目を果たす。役目を終えた後は、手入れ(リフォーム)が必要だった。
<案山子様>を立てるのも手入れするのも当主の仕事、だった。
祖父から父へ受け継がれた仕事が、引き継ぎ無くヒカルの番になってしまった。
祖母はヒカルに言った。
(案山子様も、おしまいやなあ。ヒカル、しゃーない。こしらえてくれるか? 人の格好してたら、どんなんでもええ。なんにも無しではな、カラスになめられるで )
ヒカルはネットで案山子の画像を検索した。
案山子ロード、案山子祭り
うちの<案山子様>とは全然違う、何でもアリの案山子に驚いた。
マネキンみたいなの、ただの大きな人形、怪獣みたいなのも……
人の格好してたら、なんでもいい……。
それやったら……、
<アンリの案山子>が、煌めいた。
失踪時に着ていた服を着せて
ツインテールにして
家の田んぼに立てようと、思った。
綺麗なお姉ちゃんを作ろうと。
人目に付き、評判の案山子となるかも。
SNSで日本中に広がって
いつか姉の目に留まるのではないか、と。
しかし、
1人では、とても、毛糸のワンピースを再現できなかった。
幼なじみの女子に協力を要請してみた。
女子は快諾、さらに友人5人を協力者にした。
パッチワークのワンピースは
数人が編んだピースをつなぎ合わせて完成した。
「テレビが取り上げそうなネタやで。不幸な境遇の少年、姉ちゃんへのメッセージ、力を貸す友達。涙あり、美談有りや。視聴者ウケするやろな。もしも番組の途中でアンリから電話が来たら、一層感動的や。狙ってたんやろうけど。……残念でした、やな」
長々と喋り、電話は切れた。
「てっきり親が案山子を作ったと思ってた、弟だった、とはね……」
親は、両親は震災で亡くなっていたのだ。
娘が家出したきり帰って来ない。
それだけでも不幸な家族なのに……。
運命に情け容赦はないんだ。
知ってはいるが、理不尽すぎると腹が立つ。
「セイ、『鹿びょん』の動画が見たいわ」
背後にマユの声。
振り向けば、そばに立っていた。
羽毛を編み込んだ白いドレスに
振り袖(花の刺繍)を羽織り、
真っ直ぐに聖を見ている。
(もうそんな時間? いつ陽が落ちた?)
早い出現にあたふた。
「もしかして……カオルの電話、聞いてた?」
案山子の件は話してないので、バツが悪い。
「カオルさんの声、大きいでしょ。とっても」
マユはパソコンの前に座った。