表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

泉が湧いた


「コトの始まりはアライグマだったなんて……。驚きね。鈴森さんが居なかったら真相は永遠に分からなかったかも」


 鈴森が(アンリの)案山子に触れたときから、アンリの霊とコンタクト出来たのだと、マユも推測した。


「最初は俺に取り憑いていたんだ」

「セイの霊能力を察知したんでしょうね」

 成仏出来ないアンリの霊魂は、あぜ道に埋められた遺体と共にあった。

 

 いわゆる地縛霊だと、マユは言う。

 地縛霊が、通りすがりの霊能者に反応した。

 いつか自分の存在を知ってくれる人が現れると

 待ち続けていたのだ。

 ……7年待って、やっと現れた。


「俺には無理だった……気味が悪い、怖い感じが、しただけ」

「アンリさん、必死でセイに語りかけていたと思うわ。でも答えてくれない。多少は怒りが湧いてきたかも」

「怒れる霊魂……、怨霊状態か。そうなったのは助けを求めた俺が、役立たずだったからだね」

「役に立ったわよ。アンリさんが鈴森さんに会えるようにセイが導いたんだもの」


もし鈴森に出会わなければどうなってた?

アンリは(なんで話聴かないのよ!)と怒りっぱなしで自分に取り憑いていたのかも。

アンリだけでなく自分も鈴森に助けて貰ったのかも。


「鈴森さんは相手が霊魂でも心が読めるんだ。アンリの言葉を聞けた。思い心残りを払拭する手伝いをしたんだね。成仏出来るように……。だけどアンリは天に昇らずに『お地蔵様』に……お地蔵様、だよね」

 マユに確認する。

 それは、とっても可愛いから

 パソコンデスクの上に置いていた。


「……そうよ」

 とマユは言った。

「アンリの亡霊は地蔵と一体化したように見えたんだけど……成仏したってコト?」

 自分は地蔵にアンリの気配を感じないが、

 マユは違うかもしれない。


「成仏には違わないのかな。お地蔵様と一体化してホトケサマになったのだと思うわ」

「お地蔵様ってホトケサマ、だから?」

 葬式で年寄りが話していたのを思い出す。

(祟りというなら、アレやで。案山子や)

(案山子様やな。仏様まで、こき使ってなあ)


「牧村家の先祖が、お地蔵様を案山子の『重り』にしちゃったのか」

 聖は、構造上の都合だと考えた。

 大きな案山子は頭部分が大きい。

 下半身に重りを入れバランスを取ったのだろうと。


「重り? それなら普通の石でもいいんじゃないの。物理的な理由じゃ無い気がする。仏様の力で案山子のパワーアップを図ったような……気の毒な話ね」

「気の毒?」

 マユの指は地蔵に触れた。

 ふっくらした頬に。

 指先が透けてはいない。

 この世の者ではないマユは仏様にはタッチできるのか。


(すっごく疲れてるの。1週間でも一月でも静かに眠らせてあげて)

 案山子が来た夜、マユは言った。

 あの時から、案山子の中に地蔵が在ると 、知っていたのかも知れない。


「そっか。お地蔵様は本来じっと座っているんだよね。道ばたに安置。それが長年、案山子の中。宙ぶらりんで田んぼに居たんだ。疲れちゃうよな……」


 テーブルの上に置いとくのも違うかも。

「そうよ。マスコット扱いは失礼よ。車が通らない小径がふさわしい場所ね。空気が澄んでいれば尚いいかも」

「なるほど。それなら遠くまでいかなくていいね。楠本酒店の、あっちの村でいいかも……ヒカル君もアンリちゃんも、ずっと地蔵の気配を感じていたのかな?」

 

 ヒカルは野田の家に案山子を連れて行った。

 犬を置き去りに出来ないように、誰も居ない家に置いていけなかった。

 そしてアンリは自分の葬儀に行かずに案山子の行方を気にしていた。


「気配……セイはどう? 何かを感じたの?」


 薫が案山子を連れて来た夜

 ……ふはあーつ。

(気持ちよさそうな)溜息が聞こえた気がした。

 幼い子が漏らしたような

 可愛らしい溜息だった。


「案山子を、幼い子供と感じたのね」

「うん」


「元々は幼くして亡くなった子供の供養に彫られた物だと思うの」

「子供の供養……あ、あれか」

 道路の脇でみかける<お地蔵様>と同じだ。

 あれを見れば、ここで誰かが亡くなったのだと解釈する。


「牧村家の子だと思うわ。事故で亡くなったんでしょうね。親はその場所に供養にと、この『お地蔵様』を。そう昔じゃ無い。何代も前ではないでしょうね」

 村の老婆達は地蔵が本来の場所に在ったのを知っていた。

 いつ案山子に入れ込んだのも。


 だから(祟り)とまで言ったのか。


 あらためて眺めれば小さな地蔵は、そう古いモノではない。


「大きな案山子に小さな地蔵様を入れて……カミサマを製造したのか」

 藁で出来た人形に命を吹き込んだ気になったのか。

 ちょうど心臓くらいの大きさの仏様を入れ込んで……。

 

 酒に酔っては<心臓こそ命>と言っていた男のやりそうなコトかも。

 死んだ娘の心臓を冷凍保存した発想と近いかも。


「安らかに眠っていた子供の霊を、呼び起こしてしまったのね。アンリさんとヒカル君には、お地蔵様と共にある子供の霊が視えていたかも。血が繋がってると波長が合うでしょうから」


案山子のメンテナンスは当主だけの仕事。

アンリもヒカルも案山子の中に地蔵が入っているとは知らなかった。

子供の霊は<案山子様>に宿ったカミサマと認識したのでは無いか。


「アンリちゃんは自分の意志で<お地蔵様>と一体化したんだよね」

「そうだと思うわ」

「……なんで?」

「それは……この世に長く留まり過ぎたから、かもね。地縛霊を7年やっていたんだもの。今更、人並みな成仏は無理でしょ」

 マユは小さな溜息。

 それから初めて見るかのように工房の中を見回した。


 聖は、そこいらを歩いて地蔵の安置場所を探そうと思った。

 アンリに似合う綺麗な場所を。


翌日、

目星を付けていた楠酒店の横から集落へはいる道をシロと一緒に探索。

辺りの風景は記憶通りでは無かった。

アスファルトが敷かれ案外車が通る。

道の先に<こうもりケアハウス>の真新しい大きな看板が立っている。

知らない間に施設が出来たらしい。


「シロ、ここは無いな」

 アンリには似つかわしくないと思った。

 シロと隣村、その隣村……<理想の道端>を求めて歩いた。

 毎日、毎日。

 どこも気に入らない。

 かといって車で行くほどの遠くは想定していない。

 遠くへは、やりたくないと思っている。


 お地蔵様は行き先が定まらないまま、デスクの上。


「まだ、此処に?」

 マユに毎晩言われている。


 そうこうしている間に夏の盛りが過ぎた。


「兄ちゃん、お酒、よおさん、貰ってん。今から待っていくわ」

 8月24日の夕方、

 山田鈴子から電話が掛かってきた。


「取りに行きますよ。わざわざ申し訳ないですから」

 言い終わらぬうちにドアが開いた。


「どちら様?」

 鈴子とすぐに分からない。

 入って来た人は、浴衣姿だった。

 白地に紺のアヤメ柄。

 帯は紅玉色。

 ショートカットの髪は青色。

 黒い下駄。鼻緒は帯と同じ色。


粋で美しいのだが、極めて上品。

いつもの鈴子の装いとはギャップがある。


「あんな、うちな、地蔵盆の当番やってん。もう済んだけど。ほんで特級酒貰った」

 鈴子の背後から桜木が顔を出す。

「セイさん、どうぞ」

 と一升瓶を床に置いた。


「地蔵盆、ですか」

 聖の視線は無意識にデスクの上へ。

 結果、鈴子は<お地蔵様>を見つけた。


「いやー、にいちゃん、ソレどないしたん」

 つかつかと入って来て、<お地蔵様>を手に取った。


「桜木さん、見て。こんなんや。こんなんが欲しかったんや」

 謎の発言。

「小さくて、丸くて……お顔が可愛らしいですね。社長の希望通りです」

 続いて謎の会話。


「これは運命の出会いやな。うちの夢に出てきた、お地蔵さん。まさにコレやで」

「社長、良かったですね」

 

 2人に自分の存在を忘れられてる気がして、

「あの、」

 聖は口を挟んだ。


「俺の<お地蔵様>がどうかしました?」

 小さな地蔵を、自分の所有物だと今は思っている。

 毎日眺め手に取るうちに、情が移ってしまっている。


「へっ?……コレ、兄ちゃんの?」

 鈴子は意外そう。


(俺の家に有るだから、当然、そうでしょ)

 言いかけて違うと気付く。

 所有者は牧村家だ。

 ただ1人生き残ったヒカルだ。

 俺のモノじゃ無かった。


 聖は鈴子に、地蔵の素性を説明した。


「アンリちゃん、やな。あの子の家の、案山子の中に、あったんか」

 鈴子は地蔵をしっかり胸に抱いた。


「桜木はん、案山子に地蔵やて。これも不思議な話やなあ」

「ホントですね。不思議な話です。こっちは不思議な現象……時期が重なってますよね」

 2人は……何でだか、感激している。

 話が全く見えないけど。


「セイさん、実はね、2週間ほど前に、ガーネットがある辺りにね、泉が湧き出てきたんです」

 桜木が解説してくれた。


 ……ガーネット?

 ……泉?


聖は何が起こったか理解するまで数分必要だった。

山田動物霊園の敷地内に、ガーネットの原石が敷き詰められた小径があるのは知っている。

かつて薫が教えてくれた。

あの場所に泉が湧き出てきたのか?


聖は黒みがかった赤色の、ガーネットの表面を、清い水が流れるさまを想像した。

それは、あの小径に、うっすらと雪が積もった時のように美しいのだろうと。


「なんともいえない、神秘的なことになってるねん。写真に撮るのも不謹慎なような。ほんでな、うちは夢にまで見たんや。夢の中で泉の淵に小さい『お地蔵様』の姿を見た。しやからな、どっかで作って貰おうとしてたんや」


鈴子はこの地蔵を夢に見たと言った。

<死の影>が視える霊能者の夢。

ただの夢とスルーできない。


「あ、じゃあ社長にお任せします。……それでいいと俺も思います」

 聖は地蔵を鈴子に委ねた。

 安置場所として、申し分ないとも思った。


<案山子様>から小さい地蔵が出てきたと

その夜に、結月薫と鈴森にラインで知らせた。

ガーネットの小径に置くと鈴子が持っていったと、ありのままに話した。


翌日、同じ話を野田に電話で伝えた。


「奇妙な話ですが……泉がね……動物霊園の東、山の中にガーネットの原石が沢山……」

 訝しく思われるかと案じながら話した。

「そうですか。了解しました。あ、ちょっとヒカル君と替わりますね。一緒に話聴いてましたよ。ヒカル君、神流さんに言いたいことがあるそうです」

 聖はヒカル相手だと、さらに緊張した。

 こんな経緯に納得してくれるだろうか?


 ヒカルは<お地蔵様>の存在は知らなかったのだから。


「神流さん、ありがとうございました」

 案ずるよりヒカルは冷静。

「案山子の方は面倒かけますが処分して下さい。山田動物霊園ですね。お参りに行きます」

 と、大人の対応。

 そして最後に、こう言った。


「ガーネットですよね。偶然だけど、お姉ちゃんの誕生石です」


 電話を切った後

 聖の目から、涙が一筋流れた。

 なんで涙か分からない。

 勝手に流れた。

 これは自分の涙じゃ無いような気がした。

 誰かの代わりに泣いている感じ。

 誰の代わりなのか分からない。

 だけど、温かい涙だった。


<案山子様>は解体するのは可哀想で、修復して吊り橋の袂に立てた。


早速に顔なじみの大きなカラスがやってきた。

蓑の肩に留まり、

案山子の頭にもたれ掛かっている。

野生の鳥とは思えない無防備な格好で。


この案山子に執着した理由は

寝心地が良かったから、

それだけのようだった。





最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
『案山子の心臓』完結おめでとうございます。 まさかの殺人理由に、怒涛の展開でしたね。 たしかに、幽霊って視える人に憑くっていいますもんねぇ。 そりゃ、訴えたいことがあるのなら、聞いてくれそうな人にま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ