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案山子の心臓

「あ、ら、い、ぐ、ま」

 聖と薫は声を揃えて復唱。


 料理を運んできた店員がクスリと笑う。

 なんの話か不明でも、その名の響きは可愛い。

 愛らしい姿を連想したのだろう。


 見た目に似合わず、場合によっては凶暴なのだが。


「脱衣場に潜んでいたとする。可愛い顔で震えている。……手を出しちゃうかも」

 聖は事の真相が見えてきた。


「子猫ぐらいに思い、抱き上げてしまうか。ほんなら無傷ではおれんわ。野生動物に触ったらアカン。危害を加えられると解釈し攻撃しよる。……うわ、美味そうやな」

 薫は料理に箸を付ける。

 問題解決の顔つき。

 アンリと祖父をアライグマが襲った、で決まり。

 事件性は無いと判断したらしい。


「爺さんは、時々裸でウロウロするだけで無害やった、とか。危険があれば家に娘と2人だけにしないでしょう」

 鈴森は天ぷらを食べながら語る。


「しやな。爺さんは、孫娘の悲鳴を聞き正気になり駆けつけた。けど、敵は強すぎて惨敗。狭い脱衣所で格闘中にアンリちゃんは転倒してしまった……」

 聖はアンリを盗み見る。

 薫の推理は正しいと頷いた。

 自分の推理も聞いて欲しくなる。


「敵は一匹とは限らない。アライグマ一家との戦闘になっちゃったとか。絶対勝てないね」

 野生動物は集団行動しがち。

 アンリは……大きく頷いていた。


「父親が現場を見た時には、アライグマは逃げた後や。半裸で引っ掻き傷だらけで倒れている娘。側に裸の、これまた傷だらけの爺さん。勘違いしたんやな。えげつない家庭内殺人事件やと。獣が引っ掻いた傷やと、素人には分からんかったんや」

 すぐに通報していれば真相は分かったはず。


「父親は正気をなくし、惨い現実を受け入れない道を選んだ。娘は心臓1つに姿を変えて側に置ける……ファンタージの世界に逃げたんやで」

 

死因を誤解され、カラダと心臓を分けられてしまった。

アンリが成仏出来いのも無理は無い。

真実が闇に葬られたままでは、さぞかし心残りであろう。


じゃあ、これでアンリは昇天できるかも。


聖は、またアンリを盗み見る。

アンリは鈴森の袖を引っ張るような仕草。

答えるように鈴森が……。


「お父さんは、スポーツマンでポジティブな方、でしたね?……どんな厄介ごとにも『俺が何とでも出来る』が口癖の男……とかね。心臓冷凍保存は側に置きたい以上の目的があったかも」

「へっ?……冷凍心臓に、使い道があるんか?」

 薫は箸を置いた。


「娘の心臓を誰かに食べさせ一体化させる気やったんちゃいますか?……昔の映画でAの心臓を食べてAに成り代わるというのがありましたやんか」

 

 悪魔に魂を売り、美声を手に入れた男(歌手)の物語だ。

 悪魔との契約を逃れるために黒魔術で別人になった。

 過去の記憶を消し心臓の元の主として生きていた。


 聖はその映画を知っていた。

 ……お父さんは逆発想したの?

 ……でも、誰に食べさせるのか?

 ……映画では確か誕生日の同じ男だった。


「一体化か。なんとなく理解は出来る。死んだ家族の臓器を移植提供し命が残ってる感じが慰めになるのと近いような……けど、そんなもん誰が喰う?」

 薫はセイに聞く。

「言わなきゃわからない。牛タンだとか嘘ついて焼いてタレつけて食べさせるとか」

「でも、未遂。冷凍庫に入れっぱなしや。なんでや?」


「娘と一体化だろ。誰でもOKじゃないだろ」

「しやな(そうやな)。同レベルの美少女が望ましいやろな。……なかなか、おらんかったんか。おっても全くの他人では難しいか。道で声かけて家に呼ぶのはハードル高いで……」

 薫と聖は考察を続ける。

 鈴森が答えを呉れるのを待ちながら。


 でも、同時に閃いた。

 答えを見つけてしまった。


「あ、あの子や。セイ、葬式で見たあの子、ちゃうか?」

「きっと、そうだよ。北海道から来た従姉妹、だ」

 小学1年か2年生くらい。

 あの子は可愛らしくて健康そうだった……。

 何より血が繋がってる。顔立ちが似ている。


 正解?

 アンリを見れば、鈴森と目線を合わせ頷いている。


 この世に留まっていた一番の理由は、この件?

 

 7年前、従姉妹は赤ん坊か幼児。

 お父さんは、あの子に心臓を食べさせるつもりだったんだね。

 いつか分からない何年先か知れないが、

 (姪だから)必ずチャンスはある、と。


 キミは<一体化>なんて望んでないし、

 不可能と知っている。

 お父さんの妄想にすぎないと。


 お父さんは、事を為す前に自分が死ぬケースを想定できてなかった。

 

「俺らの推理は案外真実に近いんちゃうか」

 薫はアンリが居る方に微笑みかける。

 ……コレで思い残しはないだろう。

 ……成仏出来るだろう。

 思いは聖も同じだ。

 アンリの意志を鈴森に聞きたい。


 鈴森は、「あ、か、」と意味不明の短音発声。

 その後「わかってます」とアンリを見て呟いた。


「カオルさん、えらい話変わりますけど、牧村家の『案山子様』の所在、知ってはる?」

 と鈴森は言う。


 なんで<案山子様>を知っているのかと、薫は聞かない。


「セイとこやで」

 聖をわざわざ指差した。

「ヒカル君が野田さんとこに連れて行った。しやけど大きなカラスも付いてきて。ややこしいから神流剥製工房に俺が連れて行った」

 説明しながら箸の動きが速くなる。


「あ、そうでしたか。今はセイさんとこにね。なるほど」

 鈴森はなぜか目が笑っている。


 薫と鈴森は、ぷつりと喋るのをやめ、食べるのに集中。

 手つかずの料理、アンリの分にも箸を付ける。


 聖は、2人共なんで急に、帰りを急ぐ流れになってるのか、分からない。


「ここは私に出させて下さい。供養です」

 鈴森が伝票を手に取る。


「熊さん、おおきに。御馳走さん。ほんなら帰ろうか」

 薫は立ち上がる。


 ……そっか。平日だし、2人とも家に帰るんだ。

 聖は、憑かれている鈴森は気の毒だが、アンリが居る緊張感から解放されると思った……。

 

 薫が、鈴森のワーゲンの(後部座席ではなく)助手席に乗り込むのを見て、

 ようやく事の成り行きに気付いた。

 隣に居る、アンリにも気付いた。


 ルームミラーには助手席に何も映ってはいない。

 だが、気配を感じる。

 非常に強い気配だ。

 かといって怖い感じは全く無い。


「なんで?」

 聞いてみた。

 答えはない。

 

 自分では鈴森のようには通じ合えないのか。

「えーと俺に用があるのかな?……いや、違うよね」

 案山子様かと思い当たる。

 鈴森は何か知っているのだ。


 アンリが成仏出来てないのに<案山子様>も関わっているにちがいない。

 ヒカルは<案山子様>を家族のように大切に思っている。

 アンリが同じ情を持っていても不思議では無い。

 

 工房に近づいた頃、アンリは<気配>でなく<白い煙>になっていた。

 

「2階だよ。付いてきて」

 アンリを案山子の元へ。 

 今は半透明で、はっきり少女のカタチだ。

 目尻が少し下がった大きな目は、頼るように聖を見上げる。


 <案山子の寝室>のドアを開ける。

 アンリは……案山子に駆け寄り……。

 朧気な姿は案山子に重なり消えた。


「へっ?……一体化した?」

 聖はゆっくりと案山子の側に。


「キミは案山子様と居たいのかな。……で、俺はどうしたら良いの?」

 先の事に頭は巡る。

 毎朝のお供えにはすっかり慣れた。


「……今まで通り、でいいのかな」

 家の中に、(少女の霊が憑いた)案山子が寝ている。

 かなり変だけど、実害は無さそう。

 困ることなど何も無い。


 一件落着、と思った。

 事の顛末はマユに聞いて貰うことにして、ひとまず終わったと。


 静かにドアを閉め、立ち去ろうとした……。


わさわさ

わさわさ


 妙な音に、ドアノブを握る手が止まる。

 視線は案山子に釘付け。


 わさわさ、と案山子の胴体が割れて……。

 なんか、出て来そうじゃないか。


「こ、怖いよお!」


 聖は叫んでいた。

 正真正銘の怪奇現象が、今、目の前に。

 クリーチャーが出てきて喰われる、と思った。


 ホラーゲームの様々な殺戮シーンが浮かぶ。

 どうしてシロが居ないのだとも思う。


 逃げればいいのにカラダが動かない。

 金縛りなワケではない。

 恐ろしいのに、出てくるヤツの正体を知らずにおられない。


 恐怖より好奇心が勝ったのだ。


 わさ、ごそ、藁を割って

 むくりと、石の塊が出てきた。


「あれ……もしかして……」

 聖は躊躇なく、ソレに触れる。

 石の塊は、丸っこい。

 リンゴよりちょっと大きいくらい。

 怖い感じはない。

 気味悪くも無い。


 手に取れば<顔>があると分かる。

 これは……。


 どうみても<お地蔵様>だった。




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