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アライグマ

「まさか」

 アンリの亡霊を目にして

 聖は数秒金縛り状態。


「はよ、行こ」

 薫に手首を掴まれた。

「あ、うん」

 参列者にアンリ殺しがいるか、チェックしに来たのだ。

 けど……本人から聞いた方が早くないか?

 

 薫も視えてんだろ?

 だって、後部座席に乗ってたじゃん。

 

 言いたいけど、薫は足を速める。

 聖の手首をしっかり掴んで。

 まるで連行。


「スタッフに混じって、座って」

 祭壇左のパイプ椅子を指差す。

 焼香の手元が見える位置だ。


向かいは親族席。

ヒカルは想像していたより背が高い。

隣の、牧村ミノルに似た男は叔父か。

妻と子(小学2年くらいの女児)も座っている。

この一家は北海道から来たのだろう。


ヒカルの顔は、案外穏やかだった。

叔父一家と、楽しげに喋っている。

歯を見せて、笑ってもいる。


「ヒカル、終わりや。これで終わりやで」

 叔父の太い声が聞こえた。


この叔父は、半年前(兄夫婦の葬儀)にも北海道から駆けつけたのだろう。


アンリの死因はまだ分からない。

でも遺族にとっては終わりなのかも知れない。


アンリは家の田んぼに埋められていた。

誰が埋めたか……家族以外に考えられない。

なぜ、そうしたかと考えるのも終わりにしたいのだろう。


他人が殺したのでは無いなら、犯人捜しも意味が無い。

皆、既に死者なのだ。


祭壇には2枚の写真。

祖母は息子の牧村ミノルに良く似ている。

アンリは遺影写真にしては微笑み過ぎている。

生気溢れる眼差しに戸惑ってしまう。

聖は、さっき視た顔だと改めて確認。


なんで鈴森と居たのか知れないが

祖母と一緒に成仏するのだろう、と思う。

その為の葬式なのだ。


 やがて高齢の僧侶が登場。読経が始まる。

 セレモニーは進み

 焼香、となる。

 目に焼き付けてきた<アンリの手>を探す。

 白い細い指。

 透明マニキュアなのか光沢がある爪。爪の周りは、僅かにフヤけている。

 毎日のようにプールで泳いでいるから、塩素でそうなったのだろう。

 

 近所の年寄り

 大学生くらいの一団は元同級生。

 ヒカルの同級生、制服の高校生が一番多い。

 一番見分けが付きにくい一団だが、当時小学生だった彼らの中に

 アンリ殺しがいるとは思えない。

 最後の、親戚達の中にも<人殺しの徴>は見付からなかった。


「セイ、出よか」

(最後のお別れ)の前に、背中から薫に声を掛けられた。

 皆が席を立つ、どさくさに紛れて退出するのだ。


すみません、と言いながら、立ち話をしている参列者の間を抜ける。

と、そのとき

老婆2人の聞き捨てならない会話が。


「やっぱりサクオはん、やってしもうたん、やな」

「スッポンポンで、道歩いてはったなあ」


 薫の足が止まる。

 聖も話の続きが気になる。


「おかしなったのが、色のほうへ出たんやで」

「急にボケたからな。嫁も息子も、手を打つのが間に合わんかったんやで」

「孫娘を汚したあげく、殺してしもうたんちゃうか? それやったら隠しくもなるで」


「牧村は不幸続きやな」

「ご先祖様は、ええ暮らしして、ええ思いしてきたのにな」

「そうやなあ。大地主様やものな。小作人から搾り取って贅沢してたんや」

「貧乏人の恨み辛みが、この代で祟ったんやろか」

「祟りというなら、アレやで。案山子や」

「案山子様やな。仏様まで、こき使ってなあ」

「しきたり破りも平気や。傲慢なことしてたんや。仏様の堪忍袋の緒が切れたんやで」

「そうかもな……恐ろしいことですなあ」

「ほんまに」

「けど、ヒカルちゃんだけは残してくれたんや」

「ほんまやな。家が途絶えることは無いな。仏様の情けやな」

 そこまで話し、立ち聞きしている若い男達に気付いたのか、

 2人の老婆は口を噤んだ。

 


「セイ、その顔は、(人殺しは)おらんかったんやな?」

 小走りで車に向かいながら薫が聞く。

「うん」


「アンリを殺したのは爺さんで、キマリやな」

「婆さん達がエグい話してたね。『案山子の祟り』は謎だけど」

「そっちは謎やな。けどアンリの失踪に呆けた爺さんが絡んでる話は信憑性がある」

「当時は、まだ60代だよね。ホントに認知症だったのかな」

「その件は事実やで。認知症対応施設で亡くなってるからな」

「爺さんが犯人でも、死んじゃってるんだよね。それでも捜査できるの?」

「……難しいな」


 アンリは狂った祖父にレイプされ殺された……。

 惨すぎて、聞かなかった事にしたいくらいだ。

 父親なら闇に葬りたくなるかも。

 アンリは祖父に汚され、殺され、父親に心臓取られて田んぼに埋められたのか。

 そりゃあ、怨霊にもなるだろう。

 とても成仏出来なかっただろう。

 

 聖は、きちんと弔いしたのだから成仏出来たと思っていた。

 もう、鈴森の隣にいない筈。

 白い煙(霊魂)は天に昇ったと。


 はやく知りたくて、どんどん急ぎ足になる。

 カオルは走って先へ行き……(鈴森の)ワーゲンの前でストップ。


「成仏してないじゃん……」

 聖は呟いていた。

 さっきと変わらず鈴森の隣に……白い煙のようなのがフワフワしてる。 

 鈴森は、こちらに目配せして、携帯電話を手にする。

 薫にラインしてきた。

 続いて、ワーゲンのエンジン音。

 

 鈴森は白ワイシャツ姿。

 黒スーツの上着を脱ぎネクタイを外したのかも。

 つまり葬儀に出席するつもりだったのだ。

 でも葬式には来なかった。

 なぜ予定が変わった?

 

「セイ、ランチは三輪でな、そうめん食べるらしい。製造元がやってるとこや」

「知らないけど」

「俺、知ってる。そうめんレストランやで。オシャレな店や。い、行こか」

 薫の声が裏返ってる。

 珍しくビビってる。

 ……視えてるんだ。


「セイ、俺寝不足やねん。ドラマ見始めたら止められへんようなって。

お相撲サンのドラマ、知ってるか?」

「評判になってるのは知ってる。見てないけど」

 薫はレストランに着くまでドラマのストーリーを喋り続けた。

 <アンリの幽霊>を話題にしたくないかのように。


 聖は、なんでアンリは鈴森に憑いているのかと、考えずにはいられない。

 初めに取り憑かれたのは自分だ。

 その後、3人で<不気味な案山子>を見に行って……。

 ……あの時か?

 鈴森は案山子に触っていた。

 遺体が埋まった土の上に立って……。

 あの後、自分は得体の知れない鬱感情から解放された。


 鈴森の<人の思考は読める力>は知っている。

 相手が怨霊でも可能なのか?

 

 きっと、そうだ。

 ならば、アンリの心臓をカラスが啄んだ、あの時に居たのも偶然ではないかも。

 


 鈴森は先にテーブルに着いていた。庭園が眺められる席だ。

 聖と薫は、当たり前のように向かいに並んで座る。

 鈴森の隣には、アンリが居る。

 朧気だが、目と口元が聖には見える。

 けど、見つめていいのか

 見えない風を装おうべきか迷う。


「俺、『天ぷらと七色そうめん膳』にするけど」

 薫がメニューを開いて言う。

「美味そう。俺も同じのがいい。そうめんで肉とか、ホタテとか巻いてるんだ。それに綺麗。アートだな」

 聖は、ちょっと気分が上がる。

 だってアンリもメニューを覗いて微笑んでいるのだ


 いまはもう<怨霊>ではなさそうな感じ。


 「僕もそれにします」

 鈴森は店員を呼び出し、4人分注文した。

 

「それと、生中1つ、先にお願いします」

 薫は早口で付け足した。

 え? 1人だけ生ビール飲むの?

 俺たちは車だから飲めないのに。

 文句を言いたいがアンリがいるから我慢する。

 少女の前では紳士ぶりたい。


何を話していいか分からない。

この場に適切な話題なんてあるのか?

皆黙っている。


 薫は運ばれてきた生ビールを美味そうに飲む。

 半分くらい飲んだところで

 開口一番、 

「アンリちゃんは爺さんに殺られたと、葬式で婆ちゃん連中が噂しとったで。ホンマかな」

 と。


「えっ……」 

 鈴森の顔面がぴくぴくする。

 

 聖は呆れて薫の顔を見る。


 目つきが鋭い。

 仕事を始めたの?

 相手が幽霊でも

 惨い事件の被害者でも、情け容赦なく聴取始めるの?


「爺さんは、さかりの付いた化け物と化していた。裸でウロウロしとったらしいな。アンリちゃんは化け物に殺されたんかな。交通事故か災害にあったようなモンやで。運がワルかったんやな……だから、諦めなしゃーないで」

 最後の言葉は、はっきりとアンリに向けている。

 薫は、アンリを説得したいのだろうか。

 <成仏>を勧めているようにも聞こえる。


 で?

 本人の反応は……あ、微笑んでる。

 ボンヤリとアンリの笑顔が見えた。

 凄いぞカオル、と感動。


 鈴森は、アンリと素早くアイコンタクト。

 仲むつまじいカップルみたい。


 きっと、鈴森がアンリの代わりに何か言うんだ。

 イタコなんだから。……多分、だけど。

 暫しの沈黙の後、やっと鈴森が口を開いた。


「ソレは……違うかも知れませんよ」

 と、意外な言葉。 

「違うんか?」 

 薫は身を乗り出す。


 そして鈴森は、

 ゆっくりと(アンリに確認しながら)

 見ていたかのように語り始めた。


「脱衣場で……半裸で息絶えている娘。後頭部と耳からの出血。

 タイルの床に頭を強く打ったと思われる……。

 顔や腕には……あらわになった胸にも、引っかかれ噛まれた傷がある。

 側には裸の爺さん。オロオロして、意味不明の言葉を発している。

 爺さんのカラダにも引っ掻き傷多数。この状況が何を意味するか。

 父親も、早合点したかも知れませんよ」


「ち、違うんですか?」

 聖は裏返った声で聞く。


「爺さんは犯人ちゃう、いうことか。それは侵入者に殺された、いうことか?」

 薫はもはや尋問の気迫。


「いや、その。侵入者は、人ではない可能性もあるでしょう。たとえば……」

 そこで、またアンリと目配せ。

 たとえば、何?

 じらされ、

 聖と薫は息を吐くのも忘れ鈴森を凝視。

 鈴森は圧に耐えかねたのか、

 俯いて呟いた。


「それはね……アライグマですよ」

 と。



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