エピローグ 山奥の役場にて
こんな山奥の田舎でも、役場はちゃんと機能しなければならない。
仕事なので仕方ないのだが。
私は窓の外をみてため息をつく。
今日もお客さんはゼロだろうか。
雨も降っているし、観光地でもないし、こんな日に出歩く人もなかなかいない。
おや、と玄関先、ひさしの下に人影がみえて、私は立ち上がる。
二人連れだ。白髪のおじいさんと、若い女の子。お孫さんなのだろうか。仲良く手をつないでいる。
おじいさんのリュックから、長ネギが飛び出している。この近くに一軒しかないスーパーに寄ったのだろうか?
みると、傘も持っていない。
私は、役場の置き傘を二本手にして、「こんにちは」と玄関先に出て行った。
「こんにちは」
挨拶をしたのはおじいさん、女の子はまっすぐ前を向いている。両目が、見えていないようだ。
それでも、はっとするような美しい顔立ちだった。
「傘をお使いになります?」
「ああ、ありがとう」おじいさんは笑って頭をかいている。
「しかし、もう家に帰るだけなので、けっこうですよ」
「タクシーですか?」
「いや」
女の子のほうを見て、それから私を見て言った。「足はあるので」
唐突に女の子がこう言った。遠くをみたまま。
「やはり、どこで聴いても雨の音はいいのう。」
デスクの電話が鳴って、あわてて私は席に戻った。
用件を終えて玄関先をみたら、もう、あのふたりは姿を消していた。
了




