深い森の中で
オオヘビさまに初めて遭ったのは、深い森の中でした。
深い、と言っても山歩きに向いていないようなぼくのようなヤツでも、その気がありさえすれば入って行けるような場所です。
蒸し暑い日の昼前で、木漏れ日がきゅうに薄れたかと思ったら、案の定、雨が降ってきました。
前に目をやると、大きな木、たぶん落雷かなにかで今ではほとんど緑の葉も新しい小枝もない、そんな木の根元に大きなウロがありました。
かがめば入れそうなほど、大きな穴でした。
登り道にすっかり疲れ切っていたぼくはそれ以上、山道の奥に進むのはあきらめて、ウロの近くに寄りました。
ウロの入り口には背の丈よりも高いシダが軒先のように垂れていて、少しくらいの雨は避けられそうでした。
しー、とかすかな音は苔に当たる雨の音でしょうか、それとも雨を喜ぶ小さな虫の歌でしょうか。低いうねりが森の奥から響くのは、もう少し大きな雨粒の群れが迫りくる予兆かもしれません。そのうちにぱたり、ぱたりと葉を叩く音も大きくなってきます。
この先に進むのならば、もう少し天気の良い時を選ぼう、今日はもう帰ろう、そう思ったせつな
「おまえさん、もしや」
小さな声が背後からきこえ、ぼくはぎょっとして振り返りました。
ウロの奥、暗がりの闇になにか、鋼色の鈍い光がみえました。透き通った光ではなく、みちりと何かが詰まったような輝きともいえない光です。
恐ろしさに、木の幹に手を掛けました。
木肌が見えない程、黄色や白の苔に覆われたそこは、ふわりと手が沈み、さらにぼくは恐れをなし、一歩、二歩、後退りました。
ウロからゆっくりと、鋼色の頭がのぞきました。
今まで見たこともないような、巨大な蛇、頭だけでもひと抱えでは間に合わない、そんな蛇が鼻さきをぼくに向け、細い舌をぼくの方に伸ばしたのです。
細い、と言ってもそこだけでぼくの腕ほどはあったでしょう。ふたつに裂けた舌先の一方が軽く頬に触れたしゅんかん、ぼくは大声をあげてもと来た山道を駆け下りました。