レベル350の羊飼い、初めて街とギルドへ向かう
近くの街――リリーボレアのギルドに行く、との俺の意志は、フミリス経由で、実家にすぐに伝わった。
そして俺の目の前には馬車がある。
「街に行くのだったら、馬車がいるな。手配しよう」
と、早速兄が用意してくれたのだ。
リリーボレアから来たという馬車の運転手は、一礼と共に
「今回、運転手を務めます、ロビンと申します。アルト様、リリーボレアまで、よろしくお願いします」
と、やや緊張の面持ちで言ってきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします……ってシアがどうかしましたか?」
「いえ……その。魔獣を乗せるのは、初めてなもので」
なるほど。緊張していた理由はそれか。
あまりに一緒にいすぎて分からなかったけれど、シアはそういう存在であった。
納得の気持ちを得ていると、兄が横から補足してくれた。
「彼女は、私たちの家族なので大丈夫ですよ。グローリー家が保証します」
「そう、ですよね。大丈夫ですよね」
兄からの説明を受けて少しは安心したようだが、若干まだ、緊張しているのは変わりないようだ。
他にも理由があるらしい、と思っていると、兄がちょいちょい、と手招きをした。
「アルト。シア君には適宜、人の姿を使ったり、魔獣の姿を使い分けた方がいいと言っておくと良いぞ」
兄はそんなことを言ってきた。実のところ、シアがただの犬でない事は既に家族には知られていて、何なら人の姿になれる事も普通に周知されている。
……半年近く一緒に生活してれば、当然だよなあ。
シアが自由に過ごしているので、隠すのは無理だし、そもそも隠そうともしてなかったが。
幸いにもうちの家族は懐が広いというか、細かい事を気にしないので。人になったシアにも優しく接してくれたし
『何ならこっちの方が人の言葉が分かるから、アルトがどう過ごせているのか聞けていいな!」
とか言い出すくらいだった。事実、たまにフミリスとは、人間の姿で喋っておしゃれの情報交換などをしているらしい。
……実際、寝室に戻ったらめちゃくちゃおしゃれなパジャマを着たシアが人の形態で転がってびっくりしたしな。
それはともかくとして、兄の言葉を察するに、
「シアの姿だと警戒される、とか?」
「モンスターテイマー職であれば問題ないだろうし、羊飼いの君でも、説明すれば全く問題ないだろうがな。ただ説明を聞いてくれる場合は、だ。街中で、いきなり魔獣が出た、と騒がれる可能性もあるということだ」
「ああ、確かに」
「領地から少々離れているとはいえ、グローリー家の名は通るし、信用もされる。だから基本的に、シア君はそのままの姿でも大丈夫かもしれないが、使い分けしたほうが便利なのも確かということでな」
そんなアドバイスをくれた。
当のシアは、俺の横でその話を聞いていて、
「私は、どっちの姿でもいいんだけどね。アルトに迷惑かけない方でいくわ」
とのことだった。なので、街の様子を見て、人の姿になるかどうか決めればいいだろう。
「有り難う兄さん。それじゃあ、行ってくるよ」
「ああ。ミゲルさんもいるかもしれないと聞いたし、会ったら遠慮なく頼るんだぞ」
そんな感じで兄の見送りを受けて、俺はリリーボレア行きの馬車に乗り込んだ。
〇
リリーボレアへ向かう道中。
「へえ、ロビンさん、街の馬車の運転手になったばかりなんですね」
「そうなんですよ。職業が《ライダー》ですから。王都でずっとやってたんですけど、リリーボレアに知り合いがいて、誘われたんです」
俺は運転手のロビンと何気ない世間話をして打ち解けていた。
話して見れば、気のいいひとで、直ぐに仲良くなれた。
とはいえ、今だロビンは緊張しているらしく、周囲をきょろきょろと見まわしている。
「まだ、シアのことが気になりますか?」
「いえ、そうではなく、何度来ても、魔王城跡地は怖いというか、独特の雰囲気があって緊張するんで……」
「そう……かな?」
「ええ。そこに住まわれているアルト様に言うのも失礼かもですが。やっぱり市井のものからすると、どことなく畏怖はありますよ」
なるほど。
生まれてずっとその地にいるから分からなかったが、元とはいえ、魔王城、という名前はインパクトが大きいようだ。
……今はその魔王城も跡形もなく、畑になってはいるんだけど……。
因みに、留守と言っても半日だが、その間の畑の見回りはアディプスにお願いした。
糸の柵を周囲に張り巡らせたほか、地面にも糸を張って、畑を荒らしに来る害獣を防いでくれるそうだ。
『……蜘蛛は罠を張って待ってる方が得意ですので。行ってらっしゃいです』
との見送りも受けた。
安心して、街に行けて有難いことだよなあ、と思っていると、
――ガタン
と、馬車が、揺れた。
「おや、泥にハマったかな? ちょっとお待ちください」
そう言って、ロビンは御者台を降りて、確認をしに行った。
俺も席に戻り、窓の外を面白そうに眺めているシアに話しかける。
「しばらく待機だねえ」
「ええ。馬車っていうのも景色が動いて楽しいわね。私が走るよりは遅いけど」
「今のシアは大分早いからなあ」
この半年でシアも成長している。
身体も少し大きくなった。人間体の方は殆ど成長してなくて少女のまんまだけれども。
……俺も結構、背が伸びてがっしりしてきたからなあ。
まだまだ開拓作業も農作業には足りない。もっと鍛える必要があるだろう、などととも言っていると、
「うおお……!?」
外から叫び声が聞こえた。
「ロビンさん?」
何事かと思い馬車から出て見ると、
「アルト様、お逃げください……!」
そこには、しりもちを付いているロビンと、馬車の進行方向の先10メートルほどの所に、猪がいた。
ただし、ただの猪でなく、頭に巨大な角を生やした、立派なモンスターだ。
角は鋭利というよりは、鈍器のような形をしているが、見るからに重量感がある。
「剛猪パイア……。魔王城跡地にしか出ないヤバイ猪ですよ……。突撃一回で家をぶっ壊す様な奴で、レベル30以上の戦闘職じゃないと戦えもしねえ、出会っちまったら、見逃して貰うのを待つしかない魔物です」
ふう、ふう、と息を荒くしながら、パイアはこちらを見ている。
今にも突撃してきそうだ。
「お客の安全が第一……。俺がここは囮になりますから、アルト様はお逃げを……」
ロビンはそんなことを言ってくる。だけれども、
「いや、あれ相手なら、大丈夫かな。いつも通りやれば、問題ないから」
俺は、特に気にせず、ロビンの前に出て、猪に近寄る事にした。
「アルト様!?」
「ブフウ……!」
そして猪は、近づく俺を見るなり、一直線に突っ込んできた。
だから俺は、その場でふんばり、息を止め、
「せえの……!」
真っ向から肩をぶつけた。
――ガシン!
という鈍い音が響いた。
そして、僅かに間があった後、
――ドターン
と、パイアはその場に倒れた。
「え……?」
「ふう、相変わらず硬くて痛いなあ」
『お疲れー』
肩をさすっていると、シアが労うように、俺の肩をぽんぽんと撫でてくる。軽い打撲みたいになってしまっているようだが、動きには問題ない。
そうしていると、ロビンが駆け寄ってきて、
「だ、大丈夫ですか!?」
「うん。平気だよ。あと、パイアもしばらく起きないから、このまま進んでも大丈夫だよ。不調は直ったらだけど」
「あ、いえ。車輪の異常だったので、もう直しましたが。そうじゃなくて、い、今のは一体……。どうしてパイアが倒れてるんです?」
「ああ。よくウチの畑を荒らしに来るんですよ。対応に四苦八苦してたんだけど。頭の鈍器に衝撃を与えると、脳を良い感じに揺さぶれるらしく。こうして転ばせば、対処できるんです」
そう言うと、ロビンは目をぱちくりさせた。
「あ、アルト様、羊飼いですよね?」
「うん」
「すげえ……。戦闘職じゃない人が、パイアと激突して、しかも勝っている姿、初めて見ましたよ」
正直、一番早い方法がこれなだけで、結構痛い事には変わりないのだけども。ただ、それよりも今は早く街に行きたい気持ちの方が強かったのだ。
「どうにか上手くいって良かったです。早く街に行きましょう。新しい作物の種、見たいですし!」
「は、はい。勿論ですとも! この度は、本当に助かりました! 全速力で、向かわせて頂きます!」
そうして、再び馬車は出発した。
そこまで、時間的には遅くなることもなく、到着出来そうだ。
思いながら、俺は先程ぶちかましに使った肩を見る。
青あざが少しできていたのだが、もうだいぶ消えている。
「ステータスの補正って、回復能力にも掛かるんだね」
「そうよ。と言っても補正だから、限度はあるけどね」
「だよね。怪我をしたら普通に治療してもらうよ」
しかし、魔王城の農作業ばかりで、自分の身体がどうなっているのか、自覚する間もなく来てしまったが、
「俺、少しは強くはなってたんだね」
「当然よ! 魔王城みたいな広くて硬い場所を耕しまくったんだから、筋力つかないわけないじゃない」
そんなことを客観的に確認しながら、俺はリリーボレアの街に向かうのだった。
【お読み頂いた御礼とお願い】
本作品をここまでお読み頂き、有り難うございます。
お陰様で日間2位、ありがとうございます!
日間1位まであとちょっと!
連載を頑張りますので、このチャンスに、皆さんのお力添えと応援を頂ければ非常に助かります!!
また、ここから第二章、「田舎貴族の羊飼い、街とギルドに赴く」編が始まります!
「第二章が楽しみ!」
「面白かった」
「アルトやシアの続きがもっと見たい!」
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