レベルが249あがった ステータスが跳ね上がった
「身体が軽い……?」
朝、ベッドから起きた俺は、まずそう感じた。
寝起きが良い、とかそういうレベルの話ではなく、明らかに体の動きが軽やかになっているような気がしたのだ。
朝食も普段以上の量を食べれたし、それで体が重くなったりもしていない。
お付きのメイドに『昨日いっぱい動きましたからね』などと言われたが、だとしたら筋肉痛の一つでもあっていいはずだが、それもない。
何かが変わっていた。そう思っていると、部屋のドアがノックされた。
「アルト様。希望されていた職業関連の蔵書、お持ちしましたー」
手押し台車に積まれた沢山の本と共に、一人のメイドが入ってきた。
昔から、俺の世話をしてくれるメイドのフミリスだ。
「ありがとう、フミリス。ちょうど、日課の読書の時間ぴったりだよ」
「いえ。アルト様お付きのメイドとして当然ですとも! さ、どうぞ」
本を受け取り、椅子に向かいながら開いた瞬間、
「……?」
頭と足がふらついた。
「っ!? 大丈夫ですか? 本、重たかったですか?」
フミリスは慌てて近寄り、支えようとしてくる。
「いや、大丈夫。ちょっと本を読みながら歩いて躓いただけだから、問題ないよ」
口ではそう言いつつも、自覚している症状は明らかに違った。
……なんだ? 文字酔い……じゃないな。
……奇妙なほど、頭に知識が吸い込まれていく……?
本の読み味が明らかに違う。一文読んだら、そのままそっくり頭の中に転写されるような。
頭の動きに体がついていけてない、そんな感じだ。
……ただ、慣れれば、本を読むには好都合か?
そう思いながら本に向かい合っていると、
「昨日、農場で手が血だらけになるまで頑張られたあとですし。今日はそんなに頑張られなくても……」
隣で相変わらず心配そうな顔をしたフミリスがそんなことを言ってきた。
こちらを想って言ってくれるのは分かるが、俺としては、ここで休んでいる時間はない。
「いやいや。今の俺は鍬一つ振るうだけでもやっとなんだから。知識をつけないとさ」
俺は椅子の隣に立てかけてある鍬を見た。
昨日持ち帰ってきてしまい、しまう場所がないので置いてあるものだ。
握ってみると、相変わらずの硬さを感じる。
「昨日なんか、この鍬を両手で持つのがやっとだった――」
そう言いながら軽く力を込めたら、
「え?」
片手でひょいと持ち上げられてしまった。
明らかに、軽く感じる。
「す、凄いじゃないですか、アルト様! 昨日はフラフラだって、エディ様は仰っていたのに。もう、コツをつかんだのですね!」
「いや……コツでは、こうはならないというか」
昨日は、単純な筋力不足で振り上げ続ける事が出来なかったのだ。
それが今や、片手で、手首だけの動きで持ち上げられている。
あんなに重かったのに、軽々、持てるようになっているのだ。
「凄いです! これは奥様にもお伝えしてこなければ!」
そう言ってフミリスは嬉しそうに出て行ったのだが、俺としては、
「……一日で筋肉がつくはずもないし。これは一体……」
相変わらず片手で持てており、尚且つ振るう事が出来ているこの現象に疑問を抱いていた。すると、
『ステータスが上がったからじゃない?』
ベッドの方からそんな声が聞こえた。
「シア?」
先ほどまで、ベッドで寝ていたシアだ。くああ、とあくびをしながら、こちらに言ってくる。
『ステータスって、能力の良し悪しを表すのではなく、既存の肉体と精神にブーストをかけるものだからね。筋力や知力次第では、一気に変わるわよ』
「確かに《各職業ステータス解説》という本には、そう書かれていたっけ」
職業を得る準備として、ある程度の書物は読んで知識は得ていた。そして、知っている事はもう一つ。
「レベル1の羊飼いのステータスは、高くなかったはずだけど」
少なくとも姉や兄が、悲しい目をするくらいには高くない。それが常識だった。けれど、
『貴方、もうレベル1じゃないんじゃない?』
シアはそんなことを言った。
「え……? でも、俺は職業を得たばかりだよ? 平均的な羊飼いは1年に1回しかレベルは上がらないって書いてあったし」
『とりあえずスキル表、見てみたら? 本人と神官にしか読めないから、こっちじゃ確かめようないし』
「ああ、うん」
俺は促されるままに、棚にしまいっぱなしだったスキル表を手に取った。
レベルが年一回しか上がらないのだから、こまめにチェックすることもないとしまい込んでいたのだが、改めて見ると、
「……レベル1からレベル250になってるんだけど」
レベルが文字通り跳ね上がっていた。
そればかりか、ステータスも上がっている。
『でしょ?』
「1日で250倍の数字になっているのは、良かったとか、いう表現を通り越している気がするんだけど」
羊飼いのレベルは、1年に1回しか上がらない。それが普通だ。
それを覆す何かがあったと考えるべきで、昨日から職業を得てから変わった事と言えば、スキル表に刻まれた文字で、
「この契約者って、君だよな、シア」
『牧羊犬として契約』『契約先のレベルを合算する』とある。何かと契約した覚えはないのだが、強いて言うのであれば、彼女だろう。
『え? そうよ? だってあなた、私に血を与えて、名乗り合ったじゃない。あれって立派な契約なのよ?』
「名前はそうだけど、血って……パンについたやつか」
確かに、与えた、ことにはなるのだろうか。
シアはおずおずとこちらを見上げて、
『後悔してる?』
俺は即座に首を横に振った。
「いや、それはない。お腹の空いた子を助けて、悔いるなんて事は絶対にありえない」
きっぱり言うと、シアは、ふふ、と笑った。
「良かった。そう言って貰えて。怖くないのね、私のこと」
「怖くはないけど、びっくりしてはいるかな。いきなりレベルが上がって、合算ってことは、君のレベルが、249ということだろう?」
そう言うと、シアは首を横に振った。
「違うわよ。私が抱えている軍団の総レベル数が250くらいなだけ。私自体はレベル1だと思うわ。多分」
……軍団……昨日もそんなことを言っていたけれど。
ちょっと何を言っているか分からないが、それを聞く前に、まず自分の状態を確かめる事から始めなければ。
ステータスの次に気になったのは、スキルの欄で、
「この魔法の横の〇っていうのはなんだろう?」
「魔法を覚えられる欄じゃない?」
「羊飼いが魔法を覚えられるの?」
「え? 《羊飼い》なんでしょう? だったら《呼ぶ》魔法は全て覚えられるじゃない」
「《呼ぶ》?」
「あー……人間的には『召喚魔法』っていうのかしら? 精霊でも、自然現象でも、悪魔でもいいんだけど。羊飼いは《呼ぶ》事に長けているから、火でも、氷でも、呼んで起こせばいいのよ」
「聞いたことがなかったなあ」
「羊飼いのレベルを250まで鍛えた事ある人間がいなかったんじゃない?」
「それは……あるかもね」
1年に1レベル上がるのが普通らしいから。250年生きた人間というのはなかなかいないだろう。
「しかし呼ぶ魔法って、ウチの蔵書にあるかな?」
使えるにしても使い方を知らねば、と思っていると、
「魔法、教えてあげられるわよ」
シアの言葉に、俺は目を見開いた。
「え? 君、そんな事も出来るの?」
「まあね。こう見えても、秘密の多いれでぃだから」
「……うん。秘密が多すぎるから、あとあとゆっくり聞ければと思うんだけど、とりあえず、魔法を知りたいかな」
「分かったわ」
ぴょん、とシアはベッドから飛び降りて、俺の下に来た。
そして毛深い己の懐をもぞもぞとあさって、1個の指輪を取り出した。
「はい、これを付けて」
「これは?」
「魔法を使いやすくするものよ。私は使わないから上げる」
「ああ、ありがとう……」
言われるがままに、人差し指付けると、俺の膝の上にシアは座った。
「んじゃ、私と同じ言葉を喋ってね」
そう言って、シアは俺に耳打ちする。その言葉を、俺は改めて言う。
「【来たれ:水の精の軍勢】」
瞬間、指輪が輝き、俺の周囲に魔法陣が生まれた。そして――
――ポン
と軽い音と共に、青いスライムが十数体出現した。
「こ、これが魔法?」
「召喚の魔法ね。はじめてにしては結構な量を出せたんじゃない? 凄いじゃない!」
「あ、ああ。本当に凄いな。初めて使ったから、驚いてばかりだけど……」
こんなことが出来るようになるなんて。正直感動である。
などと思っていると、
「ぷる……」
スライムたちは、こちらをじっと見たり、ゆっくり近づいてきたり、俺の膝の上で寝ようとしたり、犬や猫っぽい動きでまとわりついてきていた。
「ええと……この子たちは何が出来るんだ?」
もちもちしており、ひんやりしていて気持ちがいいのは分かった。ただ、呼び出しただけでは、何が何なのかさっぱりである。だから聞くと、
「水まきとか、草抜きとか? それ位は出来ると思うわよ」
シアに言われ、スライムたちを見ると、肯定するように頷き――というか縦揺れした。
こちらの言葉を理解する知性もあるようだ。
「開拓や開墾には人手が必要だから、有難いな」
「でしょ? 因みにレベル20くらいのスライムたちだから。多少の魔物相手なら、守ってくれるわよ」
「レベル20って、昨日の俺より強いんだけど」
というか、駆け出しの戦闘職の人よりも強い。
「レベルだけじゃ判断できないけどね。でも、強い方がいいでしょ?」
「まあ、そうだね。元魔王城だけあって、モンスターも強いのがいっぱいいるから……」
「そうなの?」
「運が悪いと小型の竜や飛竜とか出るし。そういうのは警護隊じゃ歯が立たないから兄さんか姉さんがいないと無理な位なんだ」
「ふーん、ドラゴンねえ」
「だから、こういうスライムでも気になる人はいるだろうし。領地で農作業する時、一緒に作業する人がいたら敵じゃないからって言っておかないとなあ」
などと言っていると、
「失礼します、アルト様! 奥様、すっごい喜んで――って、ひゃあああああ!?」
嬉しそうに入ってきたフミリスが、驚きで腰を抜かす羽目になった。
「なんですか! このスライムたちは!? 私より強そうなんですけど! というか、アルト様、ご無事ですか!?」
「ああ、うん。俺は大丈夫だし、このスライムたちも味方だから……」
「ええ!?」
とりあえず説明があまりにも難しかったので、元魔王城で、羊飼いの能力で仲間にしたモンスターであると伝えたけれども。
「レベルが上がって、やれることも増えたけど。元魔王城の開拓のために、まずは、やれる事の範囲を学ばないとな」
体を鍛えて、魔法を覚えて、それと同時に、シアの事情も聴いたり、魔王城跡地を開拓したり、やる事は盛りだくさんだ。
続きは明日の午後か夜に
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