ただひとりの神様と『』
薄暗い部屋の中、小さな世界の構成員以外、誰にも話しかけられず、
外へ出ても見える景色は人より低く、
発作的に死ぬことも出来ず、
話しかけられることもほとんどない、
……苦痛だけの人生。
誰にも発信することができない。
俺が言葉を理解していることさへ気が付かない、
『ママ、そろそろお仕事に行くから、あとは真美さんがくるからね、イクくん』
母はいい年した俺を赤ん坊のように扱って、華美な格好をして夜遅くに家を出る。
指先で俺の短い髪を触って、頬にキスをする。
そして、足取り軽く家を出る。
最初、俺が俺をわかった頃は悲しそうにも見えた表情は、今じゃ若干の『喜』を孕んでいる。
まあ、あれだ。
スナック? かキャバ? ででも働いてんだろう。
入れ違いで、小柄な人影が部屋に入ってくる。
真美さんはどうやらヘルパーと言う奴で、俺のベット上人生を彩る華みたいな物。
枯れているがな。
生まれてこのかたこのババアは女で他人なのにも関わらず俺のチンチンを洗い、
そして、母より先に俺の初勃起を見届けた。
『あら~、男の子なのねぇ』
まだ少し若かった真美さんは神妙な面持ちで俺の男の子を見届けた。
恥ずかしいというか、
いい暇つぶしみたいなもんだった。
ほとんど感覚がないから、『すっきりしたね、きもちいいねぇ』なんて言われてもよくわからなかった。
真美さんは、スマホでアニソンを流しながら家事を始める。
アニソンに飽きたらアニメ、あとはあの赤いアイコンのヤツ。
……なんつったか?
ユー、ネクス、いやちがう、ユーツー?
まあ、いいか。
ウトウトしていたら、体の向きを変えられて目が覚める。
クソ。
おまけにケツやら下半身をまさぐられてすっかり目が覚めた。
「ん、んー」
抗議の声を上げるが、気持ちよかったねぇ。
とか言われて不快。
遺憾の意。
なんやかんやと話しかけてくるが全て無視してやった。
「じゃ、決まりねぇ」
「……う……うー」
わかったわかった、と真美さん(クソババア)は頷いて、母と連絡するための伝言板になにか書き始める。
視力はほとんどないので何かわからないが、嫌な予感しかしない。
嫌な予感がしても、俺には何もできないので、いつものように過ごすしかない。
体位交換、
アニメ、
アニメ、
昼ドラ再放送、
ババアの愚痴、
ズームイン、
母帰宅。
◆
外行きのストレッチャーにのせられて真美と、幸子(母)と家を出る。
どこへ行くのかわからないので、身を捩らせて抵抗等してみたが、
『あらぁ、お出かけ楽しみなのねぇ』
と真美に笑われた。
ちげえよババア。
深夜アニメ二本分くらいの距離を車移動。
ついたのは多分宗教施設。
ついに介護施設の見学かとおもったがそうではないらしい。
線香の匂いはしないが、独特の反響と、あとは、奇異の視線のすくなさ。
どちらかと言うと、哀れむような視線の雨。
ジメジメした空気の悪さ。
……逃げたい。
気分が悪くて、顔を見られないように、深く毛布を被せてもらえるように身じろぎ。
わざとらしく身を震わせる。
そっと毛布が掛けられた。
いつも俺の気持ちなんてわからないくせに、
気持ちになんて興味はなくて、
あるとも思っていなくて、
ただ、俺が生きていればいいだけなんだろう。
真美と幸子は教会? の人間と立ち話。
俺の視界はゆっくりと動いて、べつの部屋に入れられた。
雰囲気的に、俺と同じような年齢の奴らだろう。
一瞬だけ興味を向けられたが、皆何か話していて、俺のことなど気にもしていない様子だ。
まあ、俺なんて実質マネキンというか、着せ替え人形というか、にしては……不細工か。
うん、そう。
置物みたいなもんだよ。
『あなた、面白いこと言うね』
誰かに話しかけられた。
多分、女。
けれど、声がしっかり聞こえるほど近距離に人影はないし、気配もない。
『いいよ、そんなの気にしなくて、
……名前は?』
多分、イクミ。
『多分ってなんだよ、』
なんだろう、これ。
だれだ、話しかけてくるのは。
『神様だよ』
神様?
異世界転生でもさせてくれるのか?
多分、表情筋が機能したら笑いながら言っていたと思う。
いや、表情筋が動くほど健康だったら異世界転生など望まんよ。
『へー、表情筋も動かないの?』
神様ならそんなことわかるんじゃないのか?
『神様じゃないからね、わたし』
じゃあ、俺、ついに気が狂ったのか?
『気は狂ってないよ。
わたし、お話ができるの、
イルカみたいに、チャンネルを合わせてね』
不思議な声は、頭に響いて、心地がいい。
『ありがとう』
ありがとう、ってこれ……。
駄々洩れなのか?
『ええ。』
『わたし、耳が聞こえないけど、そのかわりね、心でおしゃべりできるの』