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人事部

 「タロさん、まだいるかなあ」とキョロキョロ辺りを見渡すククリちゃんと、

 

 「一週間くらい前に見かけたから、いるはずよ」言いながら、わたしは受付に向かう。

 

 わたしたちは「塔」の人事部に来ていた。エレベーターを使って二十一階まで降り、二十一階から二十階へは階段で降りて。面倒だけれど、異世界のお客様が勝手に行き来しないようにと二十一階は防衛線。直通というわけにはいかないのだ。

 

 「塔」職員は『交渉人』の方針に従って働くと言えど、情報を精査し、分析し、研究するにも人手が必要。『交渉人』のお仕事はその時々で必要な人員が異なり、自分の下で常に待機させていられるほど「塔」に余裕はない。だが、わたしたちがお仕事の度に手すきの人を探し回るのは単純に効率が悪い。その役目を肩代わりしてくれているのが人事部だ。 

 人事部はこちらの業務内容を把握し、適正な人員を配置してくれる部署。そのため『交渉人』とは最も顔を合わせる頻度が多く、また度々衝突もする。人事部の評価は厳格である。こちらが無理を通しても、結局は他の誰かが困ることになるのだけれど……。

 

 顔見知りの受付嬢に持ってきた書類を提出する。ククリちゃんの『勇者案件』、ついでにわたしは発注書とトカゲの調査報告。通常業務なら、こうして受付で報告書を渡して終わり。あとは勝手に処理してくれるか、何か問題があるようなら相談にやって来る。人事部というものの、わたしの感覚では役所に近い。トカゲの方は研究室に直接持ち込んでもよかったが、今日はもうあまり動き回りたくなかった。

 

 「おや、珍しいですね。『交渉人』様が連れだってお越しになるなんて」

 

 呼び出してもらおうと思っていた当人が背後から声をかけて来た。不健康なほど白い肌に疲れた顔をした男性、タロさんだ。

 タロさんは人事部の責任者。『勇者案件』の場合、彼を通す決まりた。大勢の職員を動かすことになるし、打ち合わせも必要になる。

 

 「出来れば来たくなかったわ」と、わたしはさっそく愚痴をこぼした。

 

 「風花さんは……それほど、お久しぶりでもないですね」 

 

 ちなみに、タロさんタロさんと呼んでいるが、これで正式な呼び名。……本名でもないが。

 「塔」には偽名を使う人がそれなりの割合でいる。タロさんは最初は太郎にしたかったのだが、他に太郎さんがいたので区別のためタロにしたそうだ。落ち着いた雰囲気に似合わず中身は案外ふざけている。ジローでもゴローでもよかったろうに。

 

 「ククリさんにはしばらくお会いしていませんでしたが、お変わりないようで」

 

 「タロさんもね! 最近どうよ? いそがし?」

 

 「近頃は比較的、落ち着いていますよ。研究室のほうではただの木だと思っていた資料が歩いて逃げ出したなんて騒動があったようで、それも無事捕獲されましたし」

 

 「へえ、今度行ってみようかな……何階?」

 

 なんて雑談を少し挟んで、ようやくククリちゃんは本題に入った。

 

 「そうだ、タロさん! 暇してるならちょうどよかったよ」

 

 「ああ……やはり、そういうことですよね」 

 

 それだけで色々分かってしまったタロさんは嘆く。

 

 「はあ、まあ、そうですか。詳しいお話は個室にお通ししますので、そこで伺います。……まさか風花さんも『勇者案件』ですか?」

 

 「いや、風花さんは付き添い。手伝ってくれてんの」 

 

 ねー、とククリちゃんが首を傾げてこちらを覗きこむ。わたしは渋々、首肯した。

 

 受付に渡していた報告書を回収したタロさんのあとを着いて行って、個室へと入る。中はどことなく取調室のような雰囲気。『勇者案件』は立ち話で済むものではないため、人事部にはこういった部屋がいくつか用意されている。

 ククリちゃんとふたり並んで座って待っていると、書類を読み終えたタロさんが大きく息を吐いた。待っている間に気付いたが、なぜだかわたしの提出した分も持ってきてしまったみたい。

 

 「……『交渉人』二人がかりで頭を悩ませる案件なのかとドキドキしましたよ。過去に召喚魔法を使ったことがあり、それも現在も続いている国の歴史上の出来事、とのことなので……探せば、過去の資料は見つかると思います。その場合、召喚元の指定を行っていることで要注意ではありますが……それほど難しいことにはならないでしょう。しかし、私はしばらく家に帰る暇もなさそうですね……」

 

 「お疲れさまあ……ご愁傷様?」

 

 「これも愛する妻と娘のためです。残業代を稼げるチャンスだと前向きに捉えることにしますよ」

 

 薬指に嵌めた指輪を擦りながら、タロさんは殊勝な態度。ともすれば『勇者案件』に関わる件数自体は『交渉人』よりもよほど多くなる立場。心の整理は、わたしなんかよりずっと上手なのだろう。

 

 「タロさんとこは、一緒に住んでるんだっけ?」

 

 無邪気な質問だが、それは現世で一度死んでいることを意味していた。自動回復機能の副作用か、わたしたちの身体は子供を作れない。狭間の世界で産声を上げた子供はいないのだ。魔法の素質によっては歳も取りにくく、特に『交渉人』は何年経っても死んだ当時の姿のまま.。おかげで、わたしがこの世界に来てから三年もの月日が流れているのに、今でも違和感なく高校の制服を着られる。

 都の住人たちの戸籍は「塔」が管理している。と言うより、住人たちを管理するための名簿なので「塔」職員以外が目にすることはないが、それでも名簿を辿って狭間の世界で親類や友人に再会することはままあること。しかしお互い死んでいるわけで、喜ぶべきか、悲しむべきか。


  デリケートな話題を振ったククリちゃんに、タロさんは気を悪くする様子もなかった。

 

 「そうですね。いつまでもここにいるのは子供によくないかとも思うのですが……やはり選べるとなると移住先もなるべくいい場所を用意してやりたい、とつい欲が出てしまいます」

  

 「ククリちゃんは狭間の世界好きだけどなあ」

 

 先輩が首を捻っている間。せっかくの流れなので、わたしも人生の先輩タロさんに訊いてみたいことがあった。

 

 「ねえ、愛ってなにかしら?」 

 

 「えっ! なに、風花さん!? あれか一目惚れかあのシィクってやつかやっぱダメあげない!」 

 

 「違うから……。自分でも恥ずかしいこと訊いてる自覚あるから、あんまり茶化さないで、今ならノリで訊けるかもって思っちゃっただけよいいわ忘れて」

 

 少なくともククリちゃんが隣にいる状況でする話ではなかった、と自省する。鼓膜が破れそうなほどに喚き声が喧しい。仮に破れたとしてもどうせ治るからと遠慮なしだ。

 

 タロさんは「ふむ……」と顎に手を当てて考え込んでいた。

 

 「……そうですね。こんな動物実験があるんです。生後間もないサルの子を母親から離し、ミルクと布で作った代理母を与えてみる。すると、ミルクよりも代理母の周りにいる時間の方が長いことが分かった。これはあくまで愛情の形成に関して身体的接触の果たす重要性を示すものですが、私はこの話を聞いてこのように考えました――愛とは血でも育ちでもなく、しがみつけるものなのだ、と。私にとって心の支え、しがみつけるものとは妻と娘であり、そして彼女たちにとってもそうであるように、よき夫、よき父でありたいものです。……参考になりましたか?」

 

 校長先生のお話のように教訓めいたものではあったものの、真摯に答えてくれたという事実にわたしはすっかり感激する。昨日から不真面目な先輩とばかり話していたせいだろう。

 

 「ええ、ありがとう。……お礼にあげられるものが未分類のトカゲ世界しかないのが心苦しいわ」とわたしはきちんと頭を下げて、感謝の意を示した。

 

 『交渉人』は異世界との窓口。『勇者』を異世界に送り、対価を支払ったお客様を出身地へと送り返す。

 

 ところで、いざ転移させる段になって、無限に並存する異世界の中から手探りで、なんて如何にわたしたちでも砂漠から一粒の砂を探すようなもの。

 空間を繋げる場所の指定自体は出来るため、普通はどこに送るかどこから召喚するかと専用の魔法を作っておく。一度『勇者』の召喚に成功したお客様は、「ここに頼めば『勇者』が送られてくる」と考え、専用の召喚魔法として保存している。現世で死んだ人の復活場所を特定施設に指定できるのも、専用に魔法を組んでいるおかげ。

 けれど、こちらは何百何千とお客様を出迎えるのだ。彼らの出身地ごとに専用の魔法を作り、全てを覚えきれるはずもなく。それでは、どのようにして無事の帰還を保証しているか。

 答えは簡単。わたしたちは、お客様を引っ張り込む時に発動した転移(召喚)魔法を維持したままなのだ。そのままの大きさで放置しておくと、次々にお客様がやって来てしまうから、トンネルのようになっているそれを糸のように細く絞りつつ。

 

 『転移陣』はこれを補助するためのもの。そもそも魔法の発動に陣など不要だが、魔法を使うには集中力がいる。いくつもの魔法を同時に使いっぱなしだと脳の容量が不足してしまう。走りながらクイズに答えるようなもの、とは少し違うかもしれないけれど、まあ似たようなもの。『交渉人』所有フロアに必ず『転移陣』が描かれているのは、それが並存する異世界を抽象化した図形であり、聞き取りを終えた後に異世界間の関わり度合的にだいたいこの辺と分類する目安となり、繋がった異世界から漏れ出す魔力を使って自動的に魔法を維持する装置であるからだ。


 そうして、『交渉人』は自分の担当した異世界行きのルートを完全に掌握しているのだった。現世への帰還は望むべくもないが、異世界へ移住して第二の人生を送ることは可能、という意味でもある。

 

 実のところ、「塔」の職員たちはなにも「世界を救う」という使命感だけで働いているわけではない。彼らは労働の対価として、新たな移住先を求めていたりするのだ。死んだ人間がみな幽霊になるなら街中で幽霊を見かける理屈になるが、狭間の世界が人で溢れ返っていないのは彼らが異世界に移住してしまうため。

 狭間の世界はそれなりに平和で、人々には能力に見合った役割がある。ただし、その能力は魔法の素質を意味し、どれだけ努力しようとも下克上の目はなくて。どこまでも変わらぬ日常――子供がいても、その孫の顔はまず確実に拝めないだろう。

  

 異世界へのルートは、わたしたち『交渉人』にとって万が一の保険。自分しか知らない異世界にいつだって逃げ去ってしまえる、と。同時に、「塔」職員へのアメである。彼らに存分にムチを振るうための。 

 情報を公開した異世界は移住先候補として登録され、「塔」職員はそれをお金で買い取って移住できる規定。需要によって値段は上下する。やはり誰もが行きたがる異世界というのはあるもので……。そこにみんなが殺到すると、今度は同郷だらけで旨味がない、という事態を引き起こしかねない。現代知識で無双しようと現代人で溢れかえったら、そこはもう現代だ。人気の異世界であればこそ、移住する人数を制限する状況が出来上がる。しかし、『交渉人』が個人的に譲渡する分にはその限りではない――どうせ誰にも止められないのだから。

 

 「ああ、そう言えば」とタロさんは切り出した。 

 

 「ついでなので、先に風花さんのほうから済ませてしまってもよろしいですか?」

 

 とくべつ急ぎの用事はなかったけれど、済ませてくれるというのなら否やもない。目だけで返事して、先を促す。

 

 「発注された物資に関しては、それぞれ担当の部署に通達して、すぐに手配できると思います。こちらは用意出来た物から二十一階に運んでおきますね。火を吐くトカゲは、研究室に確認をとるので……本日中にはこちらから連絡を入れるようにします」

 

 「助かるわ」

 

 「それと……人柱は必要ですか?」  

 

 言われて、そんな制度もあったなと思い出す。

 

 「塔」は異世界の情報が欲しい。世界を救うため、また自分たちにとって理想の移住先を見つけるため。お客様と意思疎通が可能なら、出身地の様相を聞き出せる。また、ククリちゃんの『勇者案件』のように団体のお客様なら、一人くらい帰らせて魔法を通じて話の真偽を確かめてみてもいい。けれども、相手が1人だったり、届いたのが意思疎通の不可能な研究資料だとしたら、他の誰かが行ってみるしかない。

 敵がいて、どんな状況なのか。あるいは人間の暮らせる環境か、暮らせたとして移住先として最適か。一度誰かを送りつければ、魔法を使って他人の目や耳などの感覚を共有することは出来るものの、それも相手が大トカゲではなかなか厳しい。確認のために「塔」職員を使い潰すのは本末転倒。

 

 そんなわけで、用意されるのが人柱。危険な仕事を対価にしてでも早く帰りたい、もしくは出身地への帰還を望まない奇特な異世界出身者。そして、都でなにやら悪事を働いた現世出身者。

 倫理も常識もない世界に犯罪もなにもあったものではないが――すなわち、これは倫理的でも常識的でもなく、ただの仕組みだ。

 復活地点を都に設定するのは「塔」にとって都合がいいからだ。世界を救うためには、人々にはそれぞれに見合った役割を果たして貰わなければならない。環境が劣悪では、就労意欲に関わる。そもそも治安が悪ければ、せっかく集めた住人たちがあちこち逃げ出してしまうだろう。とは言え、それほど厳密な法でもない。他人様に迷惑をかけてはいけません、程度のことを現世の基準で取り締まっているだけ。

 

 人柱は「塔」にとって使い捨ての駒。それでも捨てれば、数は減る。これを魔法で監視するにも人手は必要で、仕事をさせるには率直に言ってお金がかかる。その調査費用は『交渉人』持ち。そもそも販売する異世界行きのルートは『交渉人』の所有物であり、これは売りに出す前の鑑定料。

 出迎えたお客様とセットで、使うあてもない大金が転がり込んでいるようなものなのだ。調査費用くらい出したところで、まずお金に困ることはない……よっぽどの趣味人でない限り。

 

 けれど、わたしは「不要よ」と短く断った。タロさんも「そうですか」とそれ以上の追求はしてこなかった。隣で聞いていたククリちゃんが、緊張が解けたかのようにほっと息を漏らす。

 

 「わかるけどさあ……やっぱ納得いかないよね、人柱」

 

 「なにを今更……『勇者』だって似たようなものでしょう、適材適所よ。それにあなた、書記に毒見させてたじゃない」

 

 「あれはちゃんと大丈夫って確信あったし!」とむくれてジト目でこちらを睨む。

 

 「異世界行ったら、ここでの思い出なくなっちゃうわけじゃん? リジェネも止まっちゃって、本当に死んじゃうかもしれないし……。そんな危ないことして調べないでも、べつにお客さんはいくらでも来るしさあ、そこまで悪い人なのかなあって。……ほら、性善説だよ風花さん!」

 

 異世界出身者にこの世界の法則が適用されない。その代わり、現世出身者も狭間の世界の法則を異世界に持ち込めないようになっている。魔力はあるから魔法は使えるが、自動回復機能は停止。学んだ技術を身体に残しつつ、なぜだかここで過ごした記憶は薄れる。まるで狭間の世界の痕跡を消したがっているかのよう。


 狭間の世界での記憶が消えるくらいなら不都合はないだろうが、残念ながら現世出身者は一度異世界に行ってしまうと、二度とこちらに戻って来られない。厳密に言えば、戻って来ても霧のように消えてしまう。これも狭間の世界に存在する法則らしい。

 現地に直接出向くのは、それだけでリスクなのだ。異世界出身者を使えば魔法の素質も多少あって記憶も消えたりせず再利用可能ではあれど、そんな便利な駒なら使い時は選びたい。ククリちゃんの言うようにお客様はいくらでも来て、一緒に異世界へのルートも手に入るのだ。『勇者案件』の現地調査ならともかく、替えの効く異世界のために消耗したら目も当てられない。だから、未分類の異世界を調べたいなら現世出身の犯罪者が人柱に選ばれがち。送られた先で無事生き延びることもあるけれど、「塔」職員でもない都の人々は魔法の素質がほとんどないわけで。人柱は使い捨ての駒、とはそういう意味だ。

 

 「あなた、誤解しているわ。……例えば、国を治めるのは聖人君子みたいな人がいいけど、彼は生まれたときからそうなのかしら。いくら皇帝でも子供を産ませ続けて、当たりを引くまで試してみるわけにもいかないでしょう?」

 

 「排出率非公開の聖人君子ガチャってこと?」

 

 「だから、人なら誰でもいいところがある、と前提にしてみるの。子供が崖に落ちそうなら、みんなが助けようとするでしょう。生まれつき聖人君子でなくても成長するうちに、老若男女、困っている人がいたら、と助ける範囲を徐々に拡大していけば立派な聖人君子になれる、というわけ。良心は人間であるための条件。端から子供を助けようと思わない、なんて輩はただの獣だから人扱いしてやる必要はないの」

 

 「ほえー、過激だなあ。いっつもそんな難しいこと考えてるの?」

 

 「……先生の受け売りよ」

 

 「あっはは、安心した! 風花さん見た目よりアホの子だもんね? あとでククリちゃんが愛について教えてあげようか?」

 

 「やめてもう忘れなさいよそれ」

 

 余計な指摘をしたせいで、屈辱を味わうことになってしまった。その上、こんな憎まれ口を叩きながらも、結局わたしは人柱を使う決心がつかないのだから……。

 これ以上反応するのも掘った墓穴が深くなるだけな気がして、「それより『勇者案件』よ」わたしは話題を変えることにした。 

 

 「次に召喚魔法が使われたらと言っていたけど、間に合うの?」

 

 クリちゃんは難しい顔をして腕を組む。

 

 「いけるんじゃないかなあ……エニェスちゃんのは失敗扱いのはずで、むこうも慎重になってるだろうし……。ただ聞いてみたら、大昔の『勇者案件』っぽいやつも何回か失敗してて……たぶんこれ、前のは全然調査が終わんなくて『勇者』送るの遅れまくったんじゃないかなあって気がするんだけど……あっちがどう思ってるかだよねえ。何回も失敗するのがフツーって考えてたら、またすぐ次来ちゃうかもしれないし……」

 

 「第三皇女だもの。生贄と見るべきか、微妙なところね。残弾は確保してあるわけだから」

 

 「なんだよねえ……でも、なるべくタイミングは合わせたいよ、召喚とか関係なく困ったら『勇者』が来るんだって思われても……。まあ、急がなきゃってことで!」と組んでいた腕をパッと解いて、

 

 「さっそく明日ひとり帰すから、監視係の準備はやめにお願い!  てか、ふたり行ける? ムリ? じゃあ、前の『勇者案件』の資料残ってたらいっしょに戦力評価もして、『勇者』候補もそっちで探しといてね!」とタロさんに要求した。

 

 ククリちゃんのお仕事はお客様を出迎え、管理しながら、どのような対策が必要か考えること。あとは「塔」職員が馬車馬のように働くのである。『勇者』も転移させるだけ。その選定は他人任せ。なんならお客様との接触以外はすべて丸投げしたっていい。要は『交渉人』が納得して働くなら、「塔」としてはなんでもいいのだ。どうせアンデッドの軍勢だろうがネクロマンサーだろうが最終的には解決する。

 面倒だなんだと言う割にずいぶん気楽な仕事だと思われるかもしれないが、他人の命と世界の命運を秤にかけるには、事務的に判をつくくらいで丁度いい。死人の数を数えるにも、こっちは万やら億が日常なのだ。殺せと指示を出しながら、けれど決して死ぬのを見てはいけない。そうでなければ、壊れてしまう。「塔」職員は『交渉人』の命令だからと、『交渉人』は「塔」が選んだ人間だからと、そうして責任を押し付け合って。

 

 なんて御託を並べても、わたしたちは神様にもなりきれなければ、機械にもなりきれず。ほんの僅かでも、多くの者を、と方策を講じることになるのだった。黙って座っているだけのことが、どうしてこうも難しいのか。

 

 「…こっちは死霊術とかいうの調べてみたいんだけど……「塔」にあるかなあ? ネクロマンサーって謎だよねえ、どこの世界でもあんまいないし実物見たことない……アンデッドのお客さんでもいいよ」

 

 「本格的な魔法研究が始まったのはここ百年ほどと聞いていますから……資料室に確認してみますね」

 

 「ねえ、思いついたのだけど、姫様の《聖なる光》を調べてみたらヒントにならないかしら。浄化の効果がある、みたいに聞いた気がするわ」

 

 「あー、なんか言ってた気するする! そっかあ……そだね、どうせ明日会うから、そんときまた見せてもらお」

 

 「死霊術は……霊魂を前提としないなら、魔力による操作なんでしょうけど、それが浄化できるのは……オーバーフローさせてるのかしらね。ああ、ほら、わたしたちの自動回復って要はあれでしょ? 元々こっちには魔力なんてないのに異世界側から勢いよく注ぎ込んでくるものだから、入ったそばから溢れてしまってそれが治癒魔法って現象になってる……って論文を読んだことがあるわ。他人の傷治すときもそんな感じじゃない? こっちが無理に流し込むから、ネクロマンサー側の魔法が流されてるとか」

 

 「マ? 聞いたことない……でも、風花さんナイス! てか、これアタシやることなくなっちゃうなあ……こっちに残した騎士さんたちと飼ってるゴブリン戦わせてみる? でもあれ別の異世界産だし、あんま意味ないよねえ……」

 

 「風花さん、著者は分かりますか?」

 

 「ごめんなさい、覚えていないわ」

 

 「いえ、どこかに資料がある、と分かっただけでも前進ですから」

 

 「タロさんの残業減らしたら監視係に恨まれちゃうねえ。ってことで、もう一個お願い!」

 

 窓のない「塔」の部屋の中。わたしたちは時の経つのも忘れて、思い思いに知恵を出し合うのだった。

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