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先輩のお部屋

 連れていかれた先は「塔」の五十二階。ククリちゃんの所有するフロア。手は離して貰ったが、その代わりにと腕を組まれて、密着度と鬱陶しさはむしろ高くなっていた。

 『交渉人』に序列はなく、独り立ちしたときに空いていた階層を適当に振り分けられている。『交渉人』が増え、すべて埋まっていたら、「塔」自体を増設するらしい。が、たいていは何フロアか空いている。離職率の高い業界である。

 

 ククリちゃんの部屋に案内されたわたしが最初にしたのは、脱ぎ散らかされた服を魔法で洗浄して畳むことだった。

 フロアの間取り図は、ほぼ二重丸。トイレとお風呂は別に設置しているようだが、それ以外は大胆に壁を取り払い、執務室も『召喚の間』もいっしょくた。考えてみたことはあるけれど、まさか本気でやる人がいるとは思っていなかった。ただの丸でないのは、外壁に設置してあるエレベーターや階段を異世界の住人たちが使わないよう、またそれを使って時々訪ねてくる「塔」の一般職員が直接部屋に顔を出さないよう、という最後の良心だろうか。

 壁際にずらりと並べられた本棚が弧を描いているかのように思えば、どこからかクローゼットに変わる。書類の積まれた大きな作業机と目に痛い原色の椅子が乱雑に散らばり、遠目にダイニングテーブルを見つけると、その脇には天蓋付きのダブルベッド。『転移陣』と少し離して床に点在する花瓶には明らかに現世のものではない異世界の植物が活けられていて、いっそ床に直接植えたほうが潔いのではと思わなくもない。そんなファンシーな空間だった。

 

 「こんなに広いのに、よく散らかせるわね」

 

 呆れてわたしが呟くと、

 

 「エントロピーが増大しちゃって……」散らかした当の本人はそう頭を掻いた。 

 

 「書類燃やされたらどうするのよ、これ」

 

 わたしは火を噴くトカゲを思い浮かべる。

 

 「ちゃんと保護してるって! そこまで考えなしじゃないよお。あ、そこの花瓶は触らないでね。危ないから」

 

 「丸いからサボテンかと思ったら、蔓が毛糸の玉みたいになってて見るからに不気味なのだけど……。いったい何? 植物よね?」

 

 「ツルマル君ね、むこうでの名前は知らんけどもさ。獲物の素早い動きに反応して、こう触手を伸ばして捕まえてるんだけど、そのときの動きがべちゃーって感じで見てて面白いよ。でも、たまにそのまま捩じ切っちゃうんよなあ」

 

 どうもこのツルマル君が護衛のおじさんから腕を奪った犯人らしかった。

 ククリちゃんが直接切り飛ばしたわけではなかったことに安堵するべきか、そんな危険なものを置くなと言うべきか。感想に悩む。 

 

 「ここに姫様を呼ぶの? 正気?」

 

 「んー、どうしよ? どっちでもいいんだけど……よおし、お城行こっか!」

 

 ククリちゃんはそう言って、部屋の入口のほうを指さした。

 

 『交渉人』の執務室にある横並びの三つのドア。黄色は「塔」内部の廊下に繋がる普通のドアだが、それを挟む二つは魔法でそれぞれ別の空間に繋がっている。二つに分けているのは、捕食者と非捕食者の関係にあるお客様を分けるためだ。『青』は理性的な人類種族が多く、『赤』には魔族やらモンスターじみたお客様。どちらもまとめて居住区とか管理区域と呼ぶことも多い。

 この居住区は『交渉人』ごと、別々に所有している。同じ色のドアだからと言って、同じ居住区に繋がっているのではない。これは担当した案件の裁量権に関わることだからだ。異世界の情報自体は「塔」への報告書という形で共有するし、必要に応じて融通することもあるものの、基本的には自分の確保した労働力は自分で使いたい。

 

 「なんだか無駄に働いた気がするわ……」

 

 「ねー。どうせ散らかるのにねえ。あ、そうだ! せっかくだしドレス着てく?」

 

 首を横に振ってみせると、ククリちゃんはコロコロと笑った。わたしはそれを横目に見ながら、再び彼女に捕まってしまわないうちに急ぎ足で、けれどツルマル君にも捕まらないようにゆっくりと、青いドアへと歩き出した。

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