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移動に関するあれこれ

 「あっはは! それで、朝からずっと置いてあるの?」

 

 昼前、迎えにやってきたククリちゃんがお腹を抑えて笑っている。今日はお土産のケーキはなかった。お姫様との面談はランチも兼ねているそうだ。わたしは黙って二人分のコーヒーを淹れた。

 

 「見慣れると、案外可愛いわ」

 

 彼女がやって来た時、わたしはトカゲを空間に縫い付けたまま、隣で報告書を書いていた。研究室行きの異世界生物は研究資料という扱いであるため、危険度の調査だけはこちらで済ませておけば、「塔」の職員でも扱える。

 文化祭の準備みたいに床に紙を広げて、たまに横を向き話しかけてみて。言葉は返ってこなかったが、火を吐く頻度も次第に減っていった。少しは打ち解けた気がする。……単に衰弱しているだけかもしれない。

 

 いまは執務室に移動している。ククリちゃんが徒にトカゲを刺激するのを避けるためだ。

 

 「先生はどうしていたか思い返してみたけれど……。研究資料に触ることってあまりなかったから」

 

 「じゃあもう風花さん、ペットにしちゃえばいいじゃん。部屋余ってんだから、さ……くふふ、ごめ、やっぱ笑うわこれ」

 

 「駄目よ。何食べるか知らないもの」  

 

 「え、そんなガチのトーンのやつ?」

 

 「もちろん冗談よ。……研究室も急にこれが届いたら迷惑でしょうし、なにより「塔」内で転移魔法での移動は手続きが面倒でしょう。どうしたらいいかしら」 

 

 「全然焦ってる感じないんよなあ。真剣な顔で作業してるから、なんかそういう置物かと思ったもん最初」

 

 ククリちゃんはそれからも一頻りわたしをいじってから、ようやく答えを教えてくれた。

 

 「こういうのはねえ、いっぺんむこうに引っ込めちゃえばいいんだよ! 魔法繋いだまま異世界に送り返して、研究室行って場所空けて貰って、それからまた引っ張り出して。書類なんか揃えないでも、直接出向いたら誰かがうまいことやってくれる! 「塔」から「塔」の転移だと検知に引っかかっちゃうんだけど、あれって異世界人がその辺うろちょろしないようにしたいだけだからあ、ま、抜け道的な?」

 

 「そうなの? ありがとう。……だけど、なんだかお別れするのも名残惜しいわね」

 

 「カンペキ飼い主じゃん!」

 

 とりあえずこれで解決の目処がついた、ということで。わたしはほっと安堵の息をついて、それでようやく自分が緊張していたことに気が付いた。意地になっていたとは言え、我ながら思い切ったものだ。ここで厄介ごとを引き込んでいたら、目も当てられない惨状になっていた。

 カラカラとスプーンでコーヒーをかき混ぜる音が部屋に響く。ククリちゃんはミルクをたっぷり入れないとコーヒーが飲めないのだ。

 

 「まあさ、初めてのお客さんとしては悪くなかったんじゃないかなあ」

 

 「そうかしら。あなたのときはどうだったの?」 

 

 「アタシかー……」

 

 珍しく口ごもっていた。あまりいい思い出ではないらしい。

 

 「なんか猫耳生やした太ったおっさん? みたいな」

 

 「獣人種……なら、当たりじゃない」

 

 「けどさあ、なんか髪の毛とかもモフモフで、おっさんが猫耳生やしててもなあでもお話しなきゃなあって思って声かけて、なのに言葉通じなくってさあ……。人事部に通訳の人お願いしたんだけど、電話越しだから面倒くさいし、たらい回しにされるし……。置いてけぼりでなにこれってなってたら、通訳三人目くらいでようやく話が通じて、なんと第七共通語! そりゃお手上げだわ。初めて見たもん」

 

 そして聞いてみると、なるほど大変な話だった。   

 

 「塔」内でわたしたちが話しているのは日本語ではない。第一共通語と呼ばれる異世界の言語だ。「塔」ではその仕事に就く前に異世界の言語を学び、これは職員同士での日常会話でも使われる。定期テストでスコアを稼ぐための勉強ではないのだ。普段から慣れ親しんで、情報の取りこぼしを防がなければならない。

 お客様の出身はそれぞれ違う異世界であっても、魔法なんてものが存在し、この狭間の世界までやってくる彼らのこと。本来、お互いに魔法の使える異世界間での転移の方が、こちらに来るよりもずっと簡単なのだ。もともと人間のいなかった世界に移り住み、そこで新たに文明を築いた異世界もある。そういった転移者によって伝播した技術や文明、そして話し言葉。

 よく異世界はどれも中世ヨーロッパみたいだなんて揶揄されているけれど、横の繋がりがあるなら文明の発展度合が似通うのはそれほど不思議なことでもない。つけ足しておくと、普通の転移魔法は車や船や飛行機みたいな「便利な移動手段」として使われるものだ。同一異世界内にある国々の間での文化的な隔たりはさらに小さい。

 

 ともかく、交流の頻度如何で影響の大小もあり、独自文化の発展による変遷があっても、話し言葉が方言くらいの差に収まるなら意思疎通には十分。

 

 すべての異世界に繋がりがあるなんて都合よくはいかないものの、そんな関りの見られる異世界ごと、やって来るお客様に話者の多い言語の区分ごとに、第一共通語、第二共通語、第三共通語といった具合で順に名づけられ、『交渉人』は第一共通語が必須技能になっている。

 「塔」に蓄積されたデータベースは偉大だ。独学でもそれなりに学習は進む。それでも、実際のお客様ときちんと会話できるのかという不安は残る。マニュアルのない『交渉人』なのに、先人のもとでしばらく研修が必要とされている――わたしやククリちゃんが先生と呼んでいるのは、研修先だった先輩『交渉人』のことだ――のは、仕事のやりかたを見本にするためという他に言語習得の最終確認といった側面もあるのだ。そこではネイティブスピーカーと会話する機会がいくらでもある。

 

 朝にわたしが引っ張り込んだのが、意思疎通の出来ない大トカゲではなく第二以降の言語の話者であれば、人事部に声をかけて通訳を手配してもらう事態になっていた。「塔」の一般職員を同席させるわけにもいかず、電話越し(現世の技術も移転してある。あくまでわたしたちは現世側の人間だ)でのやりとりが煩雑を極めるのは想像に難くない。しかも、これが面談の度に必要。第二・第三なら話せる職員も多いが、第七共通語ともなれば使う機会の少ないマイナー言語。通訳を探すのも一苦労。それを嫌って、『交渉人』は自分で覚えてしまうか、若しくは自分の管理する異世界の住人に別の言語を習得させて通訳として使っているほど。

 「いやそんなことしないでも、魔法はなんだって出来るんだろう? じゃあ翻訳魔法でも使えよ」と思われるかもしれない。前言を翻すようで申し訳ないが、魔法にだって限界はある。と言うより、これは使う側の限界だ。魔法はここをこうしたらこう動くという感覚的なもので、アカシックレコードにアクセスしているのではない。それに、空間を繋げると言われれば、「ああ、あの某猫型ロボットのやつね」となんとなく理解するが、同じ説明を知らない外国語でされて意味を読み取れなかったとして、その説明が間違っていることを意味しなければ、ましてわたしの論理的思考能力が問題とされることはないはずだ。

 

 わたしが知性の保証された人材を欲しがるのも無理からぬことだろう。先輩の持ち込む面倒ごとに巻き込まれるにしても。

 

 「話してくれてありがとう。研究所行きで実入りが少ないと実は落ち込んでいたのだけれど……わたしより引きが悪い人がいると思えば、いくぶん気分がいいわ。昨日は『勇者案件』まで、ね」

 

 「性格悪いなあ、もう。あるかもよ? 大逆転勝利! まだ確定じゃないんだから」

 

 わたしの微笑みに、ククリちゃんはふくれっ面で返した。

 

 「往生際が悪いわね」

 

 「なにをー! こちとらもう際なんてとっくに過ぎてるっての! むしろ往生済みでしょ、みたいな」

 

 ブラックコーヒーも飲めないお子様舌から紡がれるにしては、その言の葉はやけに黒ずんでいて、

 

 「やめなさいよ笑えないから」と、いちいちわたしは面食らう。

 

 ここが現世と違う世界であることは流石に実感しているし、納得もしている。なのにわたしは、わたしや目の前で動いて笑う彼女が一度死んでいるという事実をうまく呑み込めないでいるのだった。

 

 「なんだなんだ、センチメンタルかあー?」

 

 そして容易く見透かされた。奔放な言動が目立つものの、彼女は決して馬鹿ではない。

 

 「でもでも、感傷に浸るのはあと!」

 

 職場の先輩であり、人生の先輩でもあるククリちゃんは、無邪気にわたしの手を取り引っ張り上げる。こちらの戸惑いなど丸ごと無視して。どうしてそんな風に笑えるのだろう。

 

 ……このまま手を繋いで移動するのは勘弁して欲しいのだけれど。

 今日の彼女の装いは燕尾服にキチンとネクタイまで締めていて、テーマは執事。執事カフェかもしれない。目元を囲む灰色がかった赤いアイシャドウが余計な危うさを足している。まあ、ホストとしての意識はかろうじてあるようだ。よしとしておこう。

 

 ほぼ確定の『勇者案件』。お姫様との面談の時間は、もうすぐそこまで迫っていた。

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