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お客様第一号

 仮眠をとり、早朝。気分が悪いが、いつものことだ。

 身支度を整えたところで、目覚まし時計に似た悲鳴みたいなベルの音が聴こえて来た。来客の合図。

 

 異世界からのお客様は深夜に訪れることも珍しくない。時差なんて、むしろあって当然。世界が異なるのだから。

 

 そんなお客様に二十四時間対応するため、『交渉人』各々には気前よく「塔」のワンフロアが与えられており、わたしたちはそこで日常の大半を過ごす。壁をすべて取り払えば、サッカーくらいなら余裕で出来るだろうかという広さ。それを魔法で好き勝手に改修して、生活しやすいスペースを構築していくのだ。

 執務室と、フロアの中央に設置された『転移陣』――お客様がやってくる異世界と繋がる場所――だけは最低限必要だが、あとは完全に自由。寝室も含めた私室やキッチンやバスルームやトイレを用意して快適に暮らせるようにするのは基本だし、カラオケやトレーニングルームや異世界の本を集めた図書館を作ってる人もいると聞いた。やりたい放題だ。

 

 わたしの使っている三十六階には、最低限の設備しかない。これも入居したてでは仕方がないこと。

 応接間もないけれど、今のところは執務室で代用可能だろう。それに昨日仕上げた発注書。誰かに渡しておけば、不足していた物資も今日中に用意されるはず……というわけで、お迎えする準備は整ったと言えよう。


 『転移陣』のある部屋に早足で向かう。昼までには時間があるし、だいたい初めての来客対応がククリちゃんが持ってきた『勇者案件』だなんてぞっとしない話だ。これはわたしの矜持。意地と言ってもいい。


 辿り着いた部屋の中央には、丸とか三角とか四角をごちゃごちゃと組み合わせた悪戯書きのような模様。この『転移陣』はデザインした人が寝ぼけていたわけではなく、無限に並存する異世界を抽象化したものだ。部屋としての体裁を保つため、その陣を囲むように壁を作ってある。

 各種お客様のサイズに対応した広々とした空間。どのみちわたしの現状では他に使い道もなかった。


 さっそく魔法の準備。と言って、とくべつすることもないのだけれど。自分に重なるように存在する、もう一つの身体を意識するように。次第に熱を帯び拡散するそれを、冷やして固めてギュッと握りこむように……。現世では経験することのなかった感覚。手足の動かし方を説明するのに近く、言語化は難しい。そういうものなのだ。

 魔法の発動に触媒などは必要としないが、その分ハッキリ覚醒した意識と集中力が必要だ。箱の中身を見もせず触れるような変な緊張感があるものの、そのおかげで寝ている間にうっかりベッドを消し炭にしてしまったなんて不幸は経験していない。


 そうこうしている間にベルが鳴りやむ。これは「誰かが狭間の世界に空間を繋げようとしている」という警報音。鍵のかかった家の玄関にセンサーライトを仕掛けているようなもの。

 魔法で繋げた空間はぐにゃぐにゃと曲がるトンネルで、きちんと制御できないなら毎回すんなり通れるとは限らない。ついでにこちらには元々魔法がないからか空間が繋がりにくいらしく、放っておいても相手が諦めて帰っていくことはままあること。けれど、この警報音は押し入ってきた場合との判別がつくわけではない。どのみち誰かが入って来てないか、と見回りをすることになる。

 それなら家の周りをうろうろされた時点で、「ちょっと中でお話でも」と招き入れているというわけ。第一騒々しいことこの上ない。


 まず現われたのはここではないどこかの風の匂い。遅れて淡い光が漏れ出して、最後に大きなトカゲが転がり出てきた。それも尋常な大きさではない。恐竜と呼んだ方が適切かもしれない。軽自動車くらいはあるだろうか。

 現世ではなかなかお目にかからない巨大生物の出現に、小人になってしまった気分だ。

 墨のように真っ黒な体表に、ギラギラと輝く瞳がこちらをねめつける。準備運動でもするかのようにちろちろと赤い舌を出して、僅かな隙間からは鋭利な牙が覗く。


 異世界の不思議生物は散々目にしてきたが、朝から見たいものではなかった。これが記念すべきお客様第一号だなんて。


 「まずは……そう、ね。言葉は通じるかしら」


 それでも、これはお仕事だ。嫌になる気持ちを抑えて、わたしは手順通りに丁寧に口火を切った。

 一方、相手は口から火を吐いた。そういう意味じゃないでしょう……と、今度こそわたしは項垂れた。だいたい立派な牙を持っている癖に、火炎放射とはいったいどういう了見だろうか。


 「落ち着きなさいな……。あなたが攻撃しなければ、わたしだって乱暴しないわ」


 異世界の生物――植物であっても――は、外見からでは知性の有無が判然としない。どう見ても蠢くゼリーの塊なのに言葉を発したりする(まずゼリーが蠢いている時点でおかしい気もする)。故に、辛抱強く話しかけるのだ。


 様子を窺っていると、右手に引き攣れたような痛みを感じた。見ると、甲の部分がピンク色に腫れていた。火傷してしまったようだ。咄嗟のことで、服を守ることに意識を割いたせいだろう。おろしたてのスーツを炭にしたくなかった。少し間違うと半裸でトカゲの相手をするハメになっていたところだ。この程度の被害で済んでよかったと言える。

 べつにこれくらいの怪我を放置したところで死ぬことはないが――右手に意識を集中する。すぐに痛みは治まった。肉の傷なら魔法ですぐに癒えるし、不快なことには違いない。

 

 そもそもこの狭間の世界で目を覚ました者たちは、異様に怪我の治りがはやい。というより、この自動回復機能は、この世界に組み込まれたプログラム。死んでいても勝手に治って蘇生してしまうからこそ、わたしたちは復活を果たした。

 死んだらこの世界に飛ばされて、ここで怪我や病気が治って、生き返った、という順番。

 なにも気合いで身体を動かしているわけではないのだ。あるいは魂とかいうふわふわした概念で身体を動かせるなら、交通事故で死んだからと身体のあちこちが足りない状態で目を覚まし、都にはホラー映画さながらの光景が広がっていたことだろう。

 

 それならば、「塔」の一般職員がお客様を出迎えてもよさそうなもの。しかし、自動回復の速度は魔法の素質によるし、自分で治癒の魔法を使うことも彼らの才能では難しい。それに、魔法には精神に作用するものもある。死ななかったらおーるおっけーとはいかないわけだ。挨拶抜きに剣で斬り付けられたり、火や電気やらが飛んでくるのはまだマシな部類。

 

 このままだと埒が明かない。そう思って一歩踏み出すと、横から丸太みたいな尻尾が飛んできた。達人のような間合いの見切りだ。的確に頭を狙ってくる。反射で腕をあげてしまったが、こんなもの人間の筋力で対抗できるものではない。

 

 「参ったわね……」

 

 顎に手を当てて考える。尻尾はわたしの身体に届く直前、ピタリと宙で停止していた。 

 魔法の扱いが未熟だった頃に何度も怪我をしたり死んだりしたからか、わたしはすっかり危機感が薄れてしまった。我が身よりも服を優先するほどに。それでも、痛いものは痛いのだ。

 だから、わたしは魔法でトカゲの動きを封じた。空間そのものに縫い付けるように。

 

 それはさておき、わたしはあることに気が付いて困っていた。

 意思疎通できない生物は研究室行き――「塔」では異世界に関することは何でも研究対象になり得る。ククリちゃんがお客様の服を借りパク(強奪)しても誰にも咎められないのは、それが立派な研究資料だからだ。そして、その研究室は「塔」の十一から十九階。

 

 さて、この軽自動車くらいある大きなトカゲをどうやってエレベーターに載せようか?

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