『勇者案件』
外界との接触を拒むかのように霧が立ちこめる山々に囲まれ、秘境のような雰囲気を醸し出す広大な盆地に、似つかわしくないビル群が立っている。
人々から「都」と呼ばれるその場所の中心には、天に届くかのようなひと際高く大きな円柱状の物体。
一面が滑らかな石の壁で覆われたその異様。一見しただけでは、それが果たして自然の驚異が生み出したものか、はたまた建築物なのか判断が難しい。けれど、周囲をぐるりと回って注意深く観察すれば、繋ぎ目のように隠された出入口があることに気付くだろう。とりあえずその中は立派に人が存在する空間なのだ。
部外者の立ち入りは固く禁じられ、また、関係者であってなお内部の様子を詳しく知るものは少ない。知っていたとしても、中で得た情報を進んで話す人もいない。そのため、その建物は正式な名称があるにも関わらず、都では「閻魔の庁」とか「バベルの塔」とか「異界の門」とか「馬鹿みたいに目立ちたがりな悪の秘密結社の本拠地」なんて呼ばれていた。構成員の間でしか通じない符丁で会話している、怪しげな研究が行われている、一度入ると廃人になる、そもそも入っていく人数と出ていく人数が合わない。そんな噂もまことしやかに囁かれている。
そんな建物こそが、わたしの職場。『対異世界防衛機構・日本支部』。その外観から、普段は単に「塔」と呼称することが多い。大仰な名前で度々口にするのも恥ずかしいので……。
この狭間の世界にきてから現世の常識はすっかり失われているが、それでも羞恥心は靴の底にへばりついたガムみたいに残っているのだった。
この現世と異世界の狭間には、わたしやククリちゃんや先生以外にも復活を遂げた人がたくさんいて、その大半は、都で現世となんら変わらぬ日常を過ごしている。異世界のことなどは何も知らされず、「なんでか復活しちゃったなあ」くらいの気持ち。
この世界も現世からすれば異世界なのだが、わたしたちにはあまりに「見慣れた異世界」だった。なにしろ「塔」の外で見かける動物や植物は現世にいた頃と同じもの。
現世にいた、この世界にもいる動物や植物も、きっと現世で死んだものなのだろう。地形もだいたい現世の写し。地球どころか宇宙丸ごと。
復活するのは死んだ場所で、という法則になっている模様。だからここは『日本支部』ということになっている。海外にも支部はあるらしく、ありがたいことに今のところわたしは関りがない。異文化交流はお腹いっぱいだ。
そんなわけで明かな異物である「塔」とそこで働く職員たちは、心ある人々からは敬遠されている。都の人口は二十万人程度。現世で死んだ人全員、というわけでもないようだ。
さて、現世と異世界の狭間なんて言いかたをするからには、現世で死ぬ以外の方法でも、この世界にやってくるルートがある―――魔法で空間を繋げるのだ。異世界は魔力と呼ばれる魔法の源の溢れた世界であり、魔法が実在のものであるらしい。驚くべきことに。
そして、この狭間の世界でも魔法は実在のものである。これは異世界と空間が繋がった拍子に流れ込んでくる魔力のおかげ。
魔力とは万能エネルギー、無限の可能性の塊みたいなもの。使い方次第でばなんだって出来る。
例えば、復活は死んだ場所でという法則に則るなら、日本各地に散らばった人が都を探して彷徨い歩くことになってしまう理屈だけれど、それを魔法で弄っている。日本で死んだ人は「都の特定の施設で復活する」という具合に。便利なものだ。
ところで、実際に現世も異世界も出身の区別なく、突然迷い込んだこの狭間の世界を彷徨っていた時代もあったそうだ。ひとまとめに異世界と言っているが、異世界は星の数ほど存在していて、同じ異世界出身の者がここにやってくることは稀。異世界出身者にとっても相手は異世界出身。一方、現世出身の人間は定期的に湧いて出るし、同郷故に協力も出来る。この世界の主導権は現世出身の人間が握ることとなった。
とは言え、「見慣れないやつだから殺してしまえ」というのはあまり理性的な態度ではない。
かつて〈塔〉設立当初の目的は「出自不明の来訪者とのコミュニケーション」だったそうだ。「塔」の活動は、異世界の言語を知るところから始まった。
時は流れて、現在。「塔」は現世で死んだ(そして、この狭間の世界に復活した)身でありながら一定以上の魔法の素質を持つ者たちの手によって、世界を救うために運用されている。異世界に『勇者』を送ったり、そのサポートをしたり、サポートのための情報を集積し分析し研究したりするのが主要な業務。
当たり前の話ではあるのだが、実際は神ならぬ人の身。どんな異世界で何が起きているかなんて、さっぱり分からない(わたしは現世のことだってろくに知らない。ただの高校生だったのだから)。「塔」は異世界について、まだまだ知らないことだらけ。
異世界の言語、文化、歴史、それに魔法等々。それぞれに別の異世界であっても集められるだけの情報を集めれば、なにかしらの共通点が見つかったり、応用できる技術があったり、世界を救う手助けとなるかもしれない。
故に、異世界からのお客様によってもたらされる情報はとても重要だ。それを得るためには、まずは対話を成立させなければならない――たとえ、身に覚えのない世界に突然飛ばされてきた相手が気安く話しかけたらすぐにでも腰の剣を抜くほどに錯乱していようと。やって来るお客様は人間とも限らないので、その場合はまた別の対処をすることになるけれど……。
「塔」の職員はみんな魔法の素質がある(業務に必要とされ、なければ採用されない)ものの、そもそも相手は魔法が一般に存在している世界の住人。それも友好的とは限らない。窓口となる人間には、特に優れた魔法の素質が求められる――わたしやククリちゃんのような。
今回の相手はお姫様。すでに嫌な予感しかない。
やって来たのがお姫様イコール「なんらかの重大な危機が迫っていて、『勇者』の助けを求めている案件(通称『勇者案件』)」はもうテンプレートみたいなもの。
実のところ、お客様の大多数は事故みたいな形でここに飛ばされてくる。それは魔法の制御に失敗していたり、自然災害――人が魔法を使える環境なら条件さえ整えば同様の現象が起きる可能性は十分にある――に巻き込まれたり。
各地に散らばられて、いちいち回収しに行くのは面倒だから、魔法で「塔」に出てくるように調整している。そして、そんなお客様たちから得た異世界の情報を積み重ね、来るべき『勇者案件』に備えるのが普段のお仕事。
けれど、決して『勇者案件』を待ち望んでいるわけではないのだ。そのための「塔」、そのためのわたしたち、とはいえだ。非常食を買い込んで防災グッズを用意していても、地震が起きなかったから無駄になったなとは思わないだろう。そういう緊急事態が起きてしまうから、仕方なく対処しているに過ぎない。こっちは頼んでないのに。
『勇者』を送り出すというのは本当に大変なことだ。だから、備えが必要なわけで。
まず『勇者』を選ぶのが大変だ。『勇者』の候補となるのは、異世界の優秀な魔法使いと比べても更に何倍も何十倍も魔法の素質に優れる者。彼ら自身がどうにも出来なかった問題に対処するのに、同程度の才しか持たない者を送っても無意味だ。だが、これは普通の「塔」職員たちよりも求められるハードルが高い。現世出身者は魔法の素質に極端なバラつきがあり、言うなれば『勇者』は稀少品。
さらに『勇者』は相対的な評価によるので、その中にも格がある。「なんとかなるでしょ」と弱い『勇者』を使い潰すわけにはいかないし、小さな脅威を相手に強い『勇者』を浪費するのも避けなければならない。いい塩梅になるように、厳選に厳選を重ねるのだ。
付け加えておくと、『勇者案件』で相手が発動したのは召喚魔法。本来ならば、異世界側に『勇者』を呼びつけるものだ。
では、姫様はどうしてこちらに来てしまったのか。
「塔」では、空間を繋げてきた相手を綱引きの要領でこちらに引っ張り込むようにしている。わたしたちも来て欲しくなかったが、相手もべつだん来たくなかった。けれど、デリバリーピザのような気軽さで『勇者』を注文されても困ってしまう。一度話を聞いてみて、送るかどうか誰を送るかはこちらが決める。
転移も召喚も、どちらも別の場所と空間を繋げるという点で同じ魔法。押すか引くかが違うだけ。その矢印の向きを変えるくらい、わけないことだ。相手はさあ何が出るかと油断しきっている。引っ張り込むときに勢い余って、おまけが着いてくることもあるほどに――お姫様の護衛とか。
選別を終え、異世界に送り届けて、それでようやく終わり……でもない。残念ながら。ちゃんと解決できたのか、見届けるまでが『勇者案件』。魔法でその動向を監視して、適宜サポートも行う。世界が無事に救われるまで。
そんな飛び切り面倒な代物を手土産ついでに持ってくる先輩には、文句の一つも言いたくなる。
「どうして、わたしなの? 先生のところに行けばいいじゃない」
来客時は、手が空いている人が自分の担当として引き受けるのが原則。会ってみるまで、何が出るかは分からない。くじ引きみたいなものだ。『勇者案件』自体の当選確率は低いものの、レアリティの高さに比例して厄介度が上がる仕様。
「塔」にとって重要であっても、仕切るのは自分以外であって欲しい。だから、もしもそんなハズレを引いてしまったら、ククリちゃんのように誰かを巻き込もうとするのだ。担当制の意味とは……。
普通なら、巻き込む相手として独り立ちしたばかりの後輩を選ぶことはないけれど、彼女に普通を期待してはいけないのだった。
「またまたあ、先生はただでさえ忙しいんだから。それにあの子、アタシのこと手伝うの嫌がるし。公平性がどうとかって、自分は散々こき使ったくせに……。で、ここにちょうど暇そうな後輩がいるってわけ。先輩と一緒にお仕事! わあい楽しいねえ!」
ソファの上で膝を抱えるようにしてはしゃいでいるのを、わたしは冷めた目で見つめた。
「暇じゃないし、楽しくもないわ。だいたいわたしにやらせることあるの? どうせあなたが好き勝手決めるだけでしょう。雑用なら人事部に相談しなさいよ」
「もうさっぱり分かってないないだよ風花さん、この先輩の優しさがさあ! 新人はいろいろと足りない物も多いでしょ? スタートダッシュキャンペーンだよ!」
ビシっと指をさしてくるククリちゃん。何か言い返してやりたいが……痛いところを突かれてしまった。こんなでも先輩だから、こちらの急所は押さえている。なにせ彼女自身も通って来た道。
勝機と見るや、続くのはやさしく諭すような声。それはまるで悪魔の囁き。
「『交渉人』としてはさあ、手元に欲しいものがいくつかあるよねえ? ククリちゃんにはそれ必要ないから、回してあげてもいいんだけどってそういうお話」
「姫様に会う度にくっついてくる護衛が邪魔だから、引き取れってそういうお話ね」
わたしはククリちゃんの意図を正しく理解した。花丸百点。しかし、間違ってもいた。どうやら今日の彼女が持て余していたのは暇ではなかったようだ。
ところで、わたしたちは自分のお仕事を『交渉人』と呼ぶ。
お客様には神様として扱われることが多いし、昔は実際に『神様』やらその『代理人』を自称していたそうだ。けれど、ただでさえ大きな権力を持っているためやがて増長し、そして暴走した。端的に言えば、神々で争い始めた。職場で派閥争いが起こったようなもので、巻き込まれる職員たちからすればいい迷惑。お客様からすれば神様かもしれないが、「塔」は宗教施設ではないのだから。改称は、その時の反省によるもの。
『送迎係』というには役割が多いし、『管理人』と管理する相手に向かって名乗るのも角が立つし、『調整役』というには他人の意見を聞かない。結局、中途半端なところに落ち着いた。
『交渉人』は「塔」の中でも特別な地位。異世界からのお客様たちと直接接触する唯一の役割を担っている。責任重大だ。その責任と引き換えに、自分が担当した案件におけるすべての裁量権を持つ。つまりは顔であり頭。「塔」の職員たちはその手足となって働くのだ。
……なんて、本当のところは順序が逆。「塔」職員にしてみれば、わたしたちはお客様への対抗策として最適なのと同時に、扱いの難しい爆弾だ。
例えば、彼らがいくら頭を捻って計画を立て「お力をお借りしたく……」と頭を下げてきても、わたしが「それはちょっと納得いかない」と言い出したらそのお話はご破算。それどころか、もしその提案が気に障ったならどんな目に合うか……考えたくもないだろう。
魔法の素質がありすぎるというのは、敵からも味方からも恐ろしいもの。「じゃあいっそのことお前たちが責任を持って全部判断しろ」と権力を押し付けられている形。
「お断りよ。お姫様と離したら人質をとっているみたいじゃない。反抗的な部下はお呼びじゃないの」
期待するような眼差しを感じながら、わたしはククリちゃんの提案を断った。
普段なら彼女のペースに流されることも多いものの、お仕事であれば話はべつ。たとえ先輩でも『交渉人』同士は同格。協力し合う義務はない。
「お姫様もつけろって言うの? だめだよそれは駄目ゼッタイ! ……ま、風花さんの言いたいことは分かる、分かるよ。元気のいい女騎士がいたから、その子もつけちゃう。これが精いっぱい。それで手を打とう! まったく、交渉上手になっちゃって、この後輩めえ!」
「話をまとめないで。わたしは何も了承してない」
わたしは味わう余裕もなく糖分を補給して、すっかり冷めてしまった紅茶で口を湿らせる。カチャリとカップが音を立てたが、マナーなど構うものか。
自分が担当した案件におけるすべての裁量権。それには「お客様の処遇」も含まれる。自ら望んで転移してきた者以外は元いた世界へ帰ることを望んでいて、なのに彼らは帰還の術を持たない。一方、それはわたしにとって造作もないことで。
わたしたちはやって来たお客様をすぐには送り返さず、転移させる対価を要求するのだ。誰に何を求めるかも『交渉人』の権限のうち。それは異世界の知識であったり、技術であったり、労働力であったり、さらにはただこの世界で生活することであったり。
こちらにとって有利すぎる取引のように見えはするが、世界を救うというのは土台人の手に余る。
「塔」の職員たちは、現世出身者の中の魔法エリート。つまり、少数勢力。『勇者案件』だけでも大変なのに、それに備えた情報の分析・研究にも人手は必要。この上に異世界のすべての技術を一から学んでいる余裕はどこにもない。
異世界の情報はいくらでもあったほうがいいのは事実だけれど、贅沢を言えば彼らの持つ知識や技術のうちでも有望そうなものだけ、出来れば要点だけが欲しい。
そもそも彼らの持つ異世界の知識や技術をたかだか一度の面談でどこまで把握できるというのか。口頭で説明を受けて寿司職人になれるなら、修行の必要はないのである。すべてを搾り取るにも時間が必要だ。そんな時間はない。
そこで、お客様がたをしばらく一緒に生活させて、それぞれの異世界の技術交流を促す。ハイブリッド異世界人の誕生である。こうして『交渉人』の管理下、有益なものは継承されていく。こちらとしては必要な情報が必要なときに引き出せれば、それを持っているのが誰であろうと構わないのだ。ついでに、お仕事を手伝ってくれれば言うことはない。
ここでの経験は、彼らが故郷に帰ったときに莫大な財産に変わるはず。出稼ぎに来たと割り切ってもらう。
だが、独り立ちしたばかりで未だお客様を迎えていないわたしのような新人は、管理すべき相手を持たないわけだ。
「悪くない話だと思うんだけどなあ……。護衛騎士よ? 姫様のお付きだよ? 人材ガチャSSRよこれ」
ククリちゃんはテーブルに手をつき身を乗り出して、挑発するように畳みかけてきた。
『交渉人』が管理する異世界の住人たちは「塔」の職員と違い、他の異世界の者たちと直接対峙させてもよい便利な駒。しかも、動かすのに人事部の承認を必要としない。欲しいかと問われれば、是非欲しい。それも姫付きの護衛騎士。最低限の教養がある。読み書きが出来る人材がいれば、これからやってくる他のお客様との面談に同席させて、面倒な報告書を丸投げ可能ということ。
さあ、この駒には面倒ごとに巻き込まれるだけの価値はあるだろうか。
「……確認なのだけれど、『勇者案件』は確定なのよね?」
我ながら未練がましい言葉が口から零れた。ククリちゃんは頭を振って、
「そうじゃないかなあ、とは思う……。今日は、あっもう昨日か、ちょっと混乱してたから結界つきのお城に放り込んでおいたんだけど。また今日のお昼ごろにお話しようってだけ言っといた」とつっかえながら答えた。
「混乱って……あなたが妙な真似するからでしょう」
「だって、あれ話聞いちゃったら遊んでる暇もなくなるし! 報酬の前払いくらいないとやってらんないよお!」
その様はまるで駄々をこねる子供。しかし、どうも交渉の余地はあるようだ。
「なら、『勇者』候補の目処も立たないわね……。何をさせるつもり?」
「そんなに警戒しないでよお! いつかは担当することになるんだから、ちょっとだけ先輩のやり方を見学しとくのもいいんじゃないかなあ……後学のために!」
「あなたのやり方は知っているわ。先生に何度も聞かされたもの」
「でもでも実際に見るのって大事だと思うなあ、百聞は一見に如かず! って言うし。ね、見学だけ! 気になったら手伝ってくれたらいいよ、ちゃんと赤髪の女騎士ちゃんはあげる、約束だし。…… ククリちゃん的にはくっころ系のほうが好みなんよねえ、風花さんみたいな」
どうにも話がうますぎる。信用していいものか。……もしかしたら、これは本当に駄々を捏ねているだけなのかもしれない。
平均の五倍は仕事をしていた重度のワーカーホリックである先生のもと、成り行きを眺めていたことはあるけれど、普通の『交渉人』にとって『勇者案件』は年に一度あるかないかの大仕事。ククリちゃんが独り立ちしたのは二年前。いまだ独りで担当した経験がない、という可能性は十分にある。
わたしたちには才能があった。その魔法の素質は極大で、極地だ。『勇者』が相対的な評価なら、『交渉人』は絶対的な強者。原理的に、これ以上が存在しない。だけど、これははたして世界の命運を握る重責に耐えうる資質だろうか。
そう、わたしは知っているのだ。この世界のシステムは、個々の人格など考慮の外。世界を救うというお題目の前では、常識も倫理もない。ただ機械的に力と数を天秤にかけ続けろ、と。正しいものを残すのではなく残ったものが正しいのだ、正義はあとから着いてくるとでも言わんばかり。
それならば、常識にも倫理にもすがれないわたしたちは、いったい何のために世界を救えばいいのだろう。
ククリちゃんは、この現世と異世界の狭間に「天国」を作ろうとしている。
わたしは――?
もう一度、わたしはカップを手に取った。ゆっくりと口内に広がる渋みを感じながら、頭を冷やす。いまはいま出来ることをしよう。わたしのお仕事はこれから始まるのだ。
「……護衛たちには、定期的にお姫様との面会の機会を与えると約束しなさい。それで、次の面談にだけはついて行ってあげる。後のことは、相手の事情と条件次第。それから――」
「それから?」
コテリと首を傾げるククリちゃんに向かって、わたしはフォークを突き付け、
「食べないなら、頂くわ」
半分ほど残った彼女のケーキに突き立てた。先輩を見習って、これくらいの前払いは、ね。