おしまい
我々は赤ん坊であつたのだ!
「エエ、矢張り戻ってきたワ」
摩天楼には八階の木がようこそと顔を出して花を咲かせている。
「エエ、私がワカマツでございますヨ」
そうしてその若松は八階のベランダから顔を覗かせたと思えば、根をよいしょよいしょと柵にかけ、まるで赤ん坊が自然の摂理をこれでもかと憎んだかのように、よちよち歩きで下へ下へと嗜好した。そしたらいつの間にか、その若松も気づかぬまま、柵から根が外れて、彼は本懐を果たした!
落下の瞬間というのはそれはもう美しくて、幹が軽快に折れ、それも一度ではなく何度も入念に折れ続け、葉はあまりに軽快な音であったからであろうか、恥じらいを見せて一目散に若松から逃げて周囲には一面緑を失い枯れ果てた白い葉が敷き詰められ、間髪入れずに速やかに愛されている幹からは樹液が溢れ出し、塩気に溢れた黒曜は紅葉と楽しく握手し、その上から覆い被さって淫靡な様を見せつけ、次々に周囲は黒く黒く覆われ、しまいには根がようやく彼らの交わりに追いつき、追い越し、すべてが千切れ分解され、ただ彼の血と塊と目と耳とがてんでんばらばらに小さく動いて踊って、時には跳ねていた。
そのうちの一つを拾う。手の中でまだ跳ねていて、どくんどくんと、管もはっきりと見えて何本もの筋が通っていて、その一本一本が掌で感じる温もりと振動とに対応して膨らんだり縮んだりしているので、ときめきつつ口に運んでいると、血はぬらりぬらりと下へと、いいえ我々にとって最も高級であり恒久である胎内、彼は血すらも母なる大地へと還している、彼の魂は労働に犯されることなく、それを求めていた!
「マア、高貴な御味ネ!」
社会人の末路とは、せいぜいこのようなものであった。南無三。
今までの人生が幸せであったなら、今死になさい。
穢れを知るには、貴方は綺麗過ぎる。