返却の作法
朝が来て、教室に入る前に葵は隣のクラスを覗いた。
秀実に会いたい、話したい。
『ロンドン浪漫』の事をもっとよく知りたい!
そんなあせる気持ちを背後からやって来た大川にとめられた。
「おはよう。本、返しにきてくれたんだ。」
大川は穏やかにそう言った。
「おはよう、大川くん。あれ、私から飛騨さんに返そうか?」
葵は笑顔でそう返した。
普通、女子から借りたものを女の子にそう提案されたら、普通の男子は了解してくれる。が、大川は違った。
「ダメだ。又貸しして、返却を頼むのはトラブルの元だ。」
確かに、それが正論だ。
が、葵にも引けないわけがある。
「そうね、じゃあ、一緒に返すのはどう?」
葵の提案に、大川の顔色が曇る。
「汚したのか?」
穏やかだが、大川の体から葵を非難するような圧が飛ぶ。
「まさか!」と、思わず葵は叫んだ。
昔の同人本…そんなものを汚しては、取り返しがつかない。
ここで、そんな貴重な本を本の価値に無頓着そうな大川に貸した秀実の行動によく分からない不安を感じる。
何で、叔母さんのイラスト付きの昔の本なんて秀実さんは持ってるの?
葵は、自分の知らない奈穂子を秀実に知られていた事に、モヤッとする自分に気がつく。
「聞きたいことがあるのよ。あれ、昔、発行された同人小説みたいなのよ。
だから、飛騨さんに個人的に聞きたいことがあるの。」
葵は、話ながら秀実がそろそろ来てくれないかと希望をもつ。
「そうなのか…。同人…。」
と、一度、大川は言葉を切り、少し考えてから、ビックリしたようにこう言った。
「じゃあ、あの話は、素人が書いていたってことなのか?」
えっ…(°∇°;)
その声に、周りの人間が葵と大川を見た。
「おっ、大川くんっ(///∇///)、じゃあ、放課後図書館で本を返すからって、秀実さんに言って。
大川くんも、気になるなら来れば良いでしょ。じゃあ、お願いねっ。」
葵は、周りの視線に赤面しながら、言葉を大川に押し付けて自分のクラスに帰っていった。
「お、おおっ…。」
大川は、葵につられるように赤面し、返却の細かい自分ルールについて、忘れてしまっていた。