73話 ALICIA
人間とは根源的に時間的存在である。
(マルティン・ハイデガー 1889~1976)
「0」が過去で「1」が未来、「今」は何処にもない
(志倉千代丸 1970~)
現在の前に過去があり、そして未来が決定づけられる。
全ての過去は己の中。
では、アリシア・バァラクーダの未来を見つめる前に、その過去を、そして”起源”を知る必要がある。
◇◇◇ ─── 16年前。
1984年11月、私のもとに『アリシア・バァラクーダ』が引き渡された。
無機質に白い小箱には、名称(ALICIA)、性別(女)、生年月日(1月10日)、血液型(A型※)等の基本情報のみが記載されていた。
小箱から取り出された『アリシア・バァラクーダ』は私の手のひらに収まった。
私の手のひらより幾らか小さいくらい。
私には、それが”人間”には見えなかった。
脈動はしていたけれど、そもそも”生命”とすら思えなかった。
出生日は1月10日……ということは、”コレ”は生後10ヶ月程の幼児。
人間のような何か。
『出生日』とは『製造日』のことではないのか。
しかし、『企業』側はコレを頑なに人間だと言い張った。
私のことを少しだけ説明すれば、一応肩書的にアリシア・バァラクーダの母ということになるのだろう。
バァラクーダというのは私の性であり、親権者となることで『ALICIA』は『アリシア・バァラクーダ』となったのだ。
過度な心身的ストレスを与えないこと、口外しないこと、そして詮索しないことが企業側からの規約。
(『企業』の正式な名称は『UFOプロモセラ支部』という聞き慣れないものだが、ここでは『企業』と表記する)
過度なストレス、というのは『死なせなければ良い』程度のものであるらしく、悲惨な過去となるならばそれも運命だと言う。
親役は不出来な人間でなければならない。
親が人格者であれば、その子は親に強く影響されるが、毒親の場合はそれに対抗する為の確固たる『自分』が形成されるからだと言う。
だから、アリシア・バァラクーダの親役には私が選ばれたのだ。
初めこそ不気味で異様だったが、アリシア・バァラクーダは……湯を注げば出来上がるインスタントコーヒーのように、何かがスイッチとして作動し『人間』となった。
1歳を迎える頃には、身長体重、見た目含めて『人間』の風体となっていた。
『人間になった』という事は、人間から生まれた存在……なのだろうか。
いや、違う気がする。
───アリシア・バァラクーダが引き渡されて1年が経過すると、書類上ではアリシア・バァラクーダの『妹』に当たる『ARINA』がこの家へ配送された。
だが、それは書類上の『父親』の管轄。
私と、ARINA……アリナ・バァラクーダの父親は書類上の婚姻関係となり、書類上の家庭となった。
しかし、私が他人の管轄に手出しをする必要は無く、その関係は冷徹であった。
1995年5月に父親が不気味さに耐えられずアリナ・バァラクーダを始末しようとしたが、その時も私は無関心であったし、二人の失踪後も変わらぬ日常があった。
気になったことと言えば、アリナ・バァラクーダが時折”瞬間移動”をしたかのような挙動を見せていたことくらいだろうか。
私はアリシア・バァラクーダの個人的な行動に対しても基本的に無関心だった。
淡い初恋に対しても、学園をサボり初恋相手とくすぶっていた時も、異世界歴2000年4月……アリシア・バァラクーダが突然に失踪した時も。
自分の意思で失踪したのなら、それが運命。
そして、その日が私の母役としての最後の日であった。
アリシアの血液型
AB型、つまり▓▓▓の存在はどこまでも秘匿されており、例え親役であっても明かされることはない。
その為、表記の上では『A型』となる。




