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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
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72話 終焉!?

「捕らえたぜ。再び、お前を『射程内』に。───!」


 媚薬によって発情の臨界点を越えたアリシアの魂はその身体の深層へ飲まれ、僕の瞳は今、奴の姿を寸分違わず捉えていた。


 今、僕の目前に居る男に……生前、途中下車となった物語の面影を見た。

 未来を創る能力、そして、未観測の事実を書き換える絶対の能力。

 それはユートピアシステムにとてもよく似ている。

 どうして、異世界人のチーズ・ヴァーガーにその面影を見ているのだろう。

 その右の首に、ユートピアシステムとの関連があるように思えてならない。


 だから、今の僕にあるのは……ただ、”前へ進みたい”、それだけだ。

 僕は途中下車だった物語の続きを見たい。



「くっ……ッ!うおおああああ!!!」


 怯んでいる……

 振り払った性剣が僅かに奴の首元をかすめた。

 チーズ・ヴァーガーの仕組んだ運命は、今やアリシア・バァラクーダの始末という一点へ凝り固まっている。

 老人の思想のように、がっしりと。

 それしか無いように固定された運命。


 だが、僕はアリシア・バァラクーダじゃないんだ。

 既に仕組まれた運命は意味を無くしている。

 奴ならば『目の前に居る奴を殺す』という風に運命を即座に仕組み直すかもしれない。

 だが、それより一瞬早く、性剣で確実な終焉を与えることなど容易なことだ。この距離ならば。


「秘剣……ッ!」


 しかし、黄金色を妖艶に纏い出した性剣は最後の一撃を放つその直前に阻まれた。

 右手に持ち替えた性剣には咄嗟に突き出されたチーズ・ヴァーガーの腕。


「………!?」

「小細工を……!だが、もう既に限界の筈ッ!仕組まれた運命はお前を呪っている!」


 奴の体躯は決して大きくはないし、大人の男性という括りで見ればその腕は細かった。

 それでも、アリシアの……この16歳の少女の身体では、僕がどれだけ腕に力を込めようとも外れない。


「……流れなんだ。貴様がどれだけ小細工を弄そうともな。結末はこうして私に腕を掴まれ阻まれてしまう。」


 いいや違う。

 奴の言葉は誤っている。

 性剣が寸前で阻まれたという事実が、右の首の能力である筈がない。

 そう僕が勝手に決めつけさせて貰う。

 つまり、奴が性剣を阻むことが出来たのは、奴自身の意思だ。


 仮に、この腕が仕組まれた運命の結果なのだとすれば……僕は敗北する。

 それは、魂がアリシアから僕へ入れ替わっても、アリシアを標的とした厄災(仕組まれた未来)が変わらず襲って来ているという証明だからだ。

 精神が入れ替わり、奴の厄災は一時的に標的を見失っている筈。

 だから僕は僅かにだが性剣で奴の首元を掠められたのだ。



 しかしッ!

 この腕を振り払う方法があるだろうか。

 精神の入れ替わりで仕組まれた運命を振り払ったとしても、時が経過すれば、チーズ・ヴァーガーはまた運命を仕組み直す。

 今度は僕を標的とした厄災が襲う……!


 唯一の攻撃手段(性剣)を封じられた絶望。

 それが偶然のきっかけだった。

 無意識……僕は何故か、奴の右の首へ”左手”を差し出していた───。




『私、魔法の類は全然使えないから……』


 アリシアは言い訳のようにいつも言っていた。

 自分には才能が無いのだと、自分自身に言い聞かせるように。


 いいや、違うんだ。

 君にそう思わせるのはアリシアのせいじゃない。

 いま思えば、それは”僕”なんだ。


 地球人である僕は魔法なんて使えない。

 使える筈もない。

 魔法や超能力は僕の居た世界じゃただの妄想だ。

 古代や中世の時代から探求され続け、ついにその存在が否定された空想。


 そんな、地球人としての僕の潜在意識が、身体を共有するアリシアにまでそう思わせていただけなんだ。 

 魔法が使えない、という心の障壁ブロック


 でも、そんな筈はない。

 才能が無いというのが事実だとしても、地球人ではない『異世界人』なのだから……誰しも生まれた時から魔力を持っている。



「はっ!」


 僕の左手には、鮮烈な閃光がほとばしっていた。

 それを中心に空間が歪み、エネルギーが集約されていく様に。


「何故だ……オオトバネムシは貴様の精神奥深くへ植え付けられている筈なのだ。」


 そう、身体全体を蝕むように強烈な苦悶が僕を犯していた。

 それでも、覚悟があるから苦悶には決して飲まれない。


「お前は……」


 この魔力を解き放つ前に、一つだけどうしても聞いておかなければならない事がある。


「お前は、右の首の正体を知っているのか?」

「流れは変わらない!私を殺そうとするな!運命に殺されるんだぞ!」


 四つの瞳へ問いかける。

 しかし、奴の恐怖に歪んだ瞳は僕の声などまるで聞こえてはいないようだった。

 生への執着だけしかないように。

 おぞましい自己保身を吐き連ねるばかり。

 残る二つの瞳はどこまでも空虚であった。


 指先からそっと、魔力弾は放たれた───。



◇◇◇



 人類の長い夜が開けた瞬間、広間の中心に首を失った男が崩れ落ちた。

 失った首が『右』なのか『左』なのか、それはもはや語る価値の無いことだ。


 突然この場所で乱れ始めた時には、『こいつは頭がおかしいんだ』と思った。

 けど、そうだったな。

 お前は初めて出会った時から”痴女”だったな。


 この身体でこのまま教会を出れば、一度死んだ僕は肉体を得て再び現世へ戻れるのだろう。

 それで良い筈が無い。


「返すよ。君に。」


 長椅子へ腰掛け、この身体の深い場所に居るであろう彼女へ語り掛ける。

 反応は無いけど、ここに確かに”居る”と分かる。

 世界は仕組まれた運命から解き放たれた。

 もうアリシアを殺すモノはどこにも何も無い。


「…………。」

『…………。』


 だけど、徐々に身体の奥底から現れる彼女の”魂”は……


 精神が混じり合う感覚。

 僕の意識が身体の主導権から離れて行く感覚。 

 そして、何故だか、どうしようもなく苦しい。


「あ、あぁああ………」


 呼吸が出来ない。

 混じり合うもう一つの魂に”脈動”が、『無い』!

 どうしてこんな事になってしまうんだ。

 まさか、あの時、8:08時点で……アリシアは既に運命に殺されていたというのか。



 『死』とは肉体的なものだ。

 厄災に始末された魂であっても、その身体の主導権を『別の誰か』が握っていれば、その間だけは生きていられる。

 しかし、その魂が再び自分の身体を取り戻した時、真に『死』は訪れる。


 死という絶対的虚無は身体を共有する”もう一人”をも巻き添えとするだろう。

 チーズ・ヴァーガーを倒しても……アリシアが死ぬ運命は変えられないのか!


 アリシアの死の寸前に僕が出てこられたから、チーズ・ヴァーガーを倒す事は出来た。

 それがアリシアの策だったのだ。

 世界は救われたが、結局、これでは一番大切なものを守れていない。

 アリシアは……この身体を取り戻した時、完全に死んでしまう!


 そして、精神の入り交じりに抗えば、僕はこの先の新しい人生を死ぬ間際のアリシアの精神をずっと死ぬまで背負い続けて行かなければならない。

 もう、どうしようもなく……死んでいるのだから。



 嫌だ……

 どうしてそんな大きいものを背負い続けなきゃいけないんだ。

 警察から追われ続ける指名手配犯のように、僕は一生心に少女一人分の闇を抱えて生きていかなくてはならない。

 どうせ、僕はもう一度死んでいるんだ。

 ほんの3ヶ月ばかり長生きしたけど、そこで終わりでも良いではないか。

 もう充分、僕は彼女に生かして貰った。



 僕はまた、途中下車してしまうのか。

 全ての結末を僕だけが知らぬまま、それが僕の人生。

 最後はいつも唐突にブラックアウトしてしまう。



「アリシア………………………」




➊ 浄水場篇(完)───

異世界暦2000年6月24日(晴れ)



5:59 佐々木が王城を出る


6:21 アリシア、ワッちゃん起床


6:43 ワッちゃん王城から帰宅


6:48 恋バナ対決開始


7:00 チーズ・ヴァーガー起床


7:17 教会近くにワッちゃんが現れる


7:21 おっぱいバズーカ発現


7:32 オオトバネムシが霧散する


7:34 チーズ・ヴァーガーが眠る


7:34 アリシアが王城を出る


7:44 ヴァーガー・キング発現


7:46 王城占拠が暴かれる 




8:08 アリシア死亡


8:08 漆畑出 覚醒


8:11 チーズ・ヴァーガー敗北


8:15 漆畑出 死亡



◇◇◇



漆畑出はアリシア・バァラクーダの中に居た。

彼女の全ての記憶を閲覧した。

彼女の閉ざしている……いや、何者かに閉ざされた記憶までをも。

それは、少女の姿をし、幼馴染に恋をし、少しだけ変態だけど『普通の女の子』ではない。

それ以前に、人間ですらない、▓▓▓の物語。

彼女の本当の名は、B-No.002 ALICIA


次回───第二章 大海原篇

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