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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
71/75

71話 便所から始まる性剣の伝説!?

─── 9月28日(17:41)




「ご飯にする?診断書にする?それとも、わ・た・し?」

「じゃあ......『わたし』で。」


 僕は迷わず答えた。

 姉ちゃんは僕の首に両腕を回し、首元に自分の顔をうずめる。

 生暖かい人間的な温もりが、僕の首筋に鳥肌を走らせた。


「学校行ってた時さ、彼女とかって、居たの?」

「馬鹿だな。いる訳ないじゃん。」


 静謐せいひつな部屋が声を妙に反響させる。

 いつもと同じだというのに、今はそれがどうにも気になってしょうがない。

 抱きつかれた暖かさだけを噛み締めながら、ただただ時が流れてゆく。

 面会時間は残り20分もないというのに。


「んっ......」


 姉ちゃんは抱きついた姿勢は変えず、そのまま脚を布団に潜らせ、顔や上半身だけでなく乱れた布団の中で両脚が絡み合った。

 数年余りの入院生活で僕の四肢は弱まるばかり、その分、やたらと精力にみなぎる突起物が一つだけある。

 全身が触れ合う事で、姉ちゃんにもその一点集中した活力が露わとなった。


「.........」


 姉ちゃんは何を言うでもなく、僕の耳や頬に顔をすり付ける。

 彼氏を放っておいていいのだろうか。

 弟だから別にいいのだろうか。


 姉や妹には欲情しない、と言うのが懐疑的な目を向けられてはいるものの、一応世間の通説である。

 しかし、実際に姉を持つ僕から言いたいことは、これがなかなかどうして悪くない。

 幼少の頃から姉ちゃんのこと可愛いと思ってたし、姉ちゃんエロいとも思っていた。

 暇で仕方のない入院生活で姉ちゃんの同人誌を描いたことだってある。

 そう言うのって、大抵の人からは気持ち悪いって思われるんだろうけど(それは赤の他人でもキモい)。

 しかし、だからと言って、本当に姉ちゃんと付き合いたいとかではない。

 それは姉ちゃんも同じだろうし、別に彼氏と幸せになればいいと思う。


 診断書の結果に胸をざわつかせていた僕の気をこうして弄んでくれる姉ちゃんは、一つの見方としては最低だが、僕は良い姉を持ったと思った。

 姉ちゃんの服の裾からはよく知った家の匂いとは別に、柔らかくてなんとなくしっとりとした匂いが香った。

 僕はその匂いが好きだった。


「余命半年だって。」


 姉ちゃんは半笑いで告げる。

 僕の口元も不思議と笑えてくる。

 だっておかしいだろ。常識的に考えて。

 姉のすることじゃあないだろ。

 性欲に訴えかけながら、しかも半笑いでそんなこと言うんだもん。


 ま、今回の診断は前々から『ヤバいんじゃないか』と思っていたし、終末の予感も感じていたから、その診断結果自体に驚きはなかった。

 やっと来たかぁ......って感じ。


 だが、姉ちゃんにとっては、やはり少なからず辛い宣告だろう。

 それをわざわざ、僕が最高の気分の中で伝えてくれる......やっぱりいい姉だ。



 ───だが、結果的な事を言えば、僕の命がその後半年間保つことはなかった。

 それよりずっと早い段階で、僕は”この世界”を離れることとなってしまうのだ。

 そう、それは翌日9月29日に迫っていた。


 そして、この時だったのだろう。

 僕と、姉ちゃんのスマホが入れ替わったのは。



◇ 〜途中下車 ③ 〜 ◇



 姉ちゃんとその彼氏のOS2へインストールされた謎の『ソフトウェア』。

 それ故の高熱で一時は僕と同じ誓北メディカルセンターへ入院していた二人だったが、姉ちゃんは昨日無事に退院し、そして今日───6月29日は彼氏の退院日であった。


 インストール中... 0%


 予定では姉ちゃんが退院する彼氏を連れて僕の余命宣告を盛大に祝ってくれるらしい。

 余命宣告とは、裏を返せば大多数の人が一生に一度も体験することのない珍イベント。

 姉ちゃんの想いも無碍むげに出来ないし、こうなれば死ぬ瞬間までわいわいと行きたいものだ。


 ... 5%


 だが、昨夜ゆうべから一つ気掛かりなことは、やはりスマホだ。

 今日起きてから気が付いたのだが、僕と姉ちゃんのスマホが入れ替わっている。

 別に大した事柄ではないのだが、もしも姉ちゃんが興味本位で僕のスマホでブラウザを開いてしまったのなら......

 ボールペンのキャップを髪留めにするような奴とはいえ、女子に見せられるものではない。

 そう、開かれている十数個のタブ全てが。

 というか待ち受け画面から既にヤバい。


 ... 11.18%


 それに、姉ちゃんの『スマホ開く度にパスワード入力するなんて生産性の無いことやめなよ』という言葉に感銘を受けた僕はスマホにロックを掛けていない。

 それはLINE等も同じ。ロックが無い。

 流石にOS2のアプリにはパスワードが必須だから(他人からOS2を操作されない為)掛かっているけど、姉ちゃんは既にそのパスを知っている。


 ... 24.1%


 つまり、全てがつまびらかだ。

 どうせ姉ちゃんは検索履歴を端から端まで舐め回してニヤニヤしてるに違いないんだ。

 ならこっちだって見てやるさ。

 流石、豪語するだけあって姉ちゃんのスマホにもロックが掛かっていない。




 ... 75%


『とうおるるるるるるる、るるうん』

『とーるるるん、るるるるるるん』


 数時間が経過し、彼氏とのLINEを覗いてニヨニヨしていたところに、不意にスマホが着信音を発する。

 彼氏からだ。


「もしもs...」

「あー、退院終わったからすぐそっち行くよ。あと5分くらい。」

「あ、そう。」

「みたらし団子を食べよう。94円(税込)の。3つ。」


 なるほど、それは大層なお祝いをしてくれるらしい。

 そこにプラス+で88円(税込)のわらび餅なんかあったら泣いて喜んじゃう。

 ソーダ味が良い。


 ... 82.15%


『とるるん、とうおるるるうるるん』

『てるとるるるん、るーるるるるん』


 またしても着信音。

 今度は......え、僕から着信?

 あ、姉ちゃんからってことか。


「はい、もちもち。」

「...........あ、あのさぁ...」

「うん。何?」

「..........いや、えっとね.......?」


 電話越しの姉ちゃんの挙動が少し妙だった。

 そして、


 ... 89%


「......あ、いや、なんとなく声が聞きたかった......的な?」


 次の瞬間、姉ちゃんはそんな付き合いたての彼女みたいな事を言ったのだった。

 

「......はぁ。」

「いや、違くて。もうすぐに着くから。わらび餅を食べよ。ソーダ味の。」

「ぃやった!」


 ... 96%


 そこで通話は途切れ、そして数刻と待たずに扉の奥からは人二人分の足音が近づいた。

 いつも通りのワイワイとした声。

 この様子だと彼氏の方も体調はもう完璧なのだろう。

 

 ...98.2%


「あ、ちょっと待って。俺トイレ。」


 足音が扉の目前にまで迫ったところで彼氏の声が聞こえた。

 そして、同時に彼氏の足音だけがその場を離れていく。

 早く食べたいのに。みたらし団子。3個。


「お前の分無くなるぞ?わらび餅。ソーダ味の。」

「しょうがない。くれてやる。」


 どうやら彼氏の方は花摘みで遅れるようだが、姉ちゃんは待たせられない。

 僕はノック音を待たずして0499号室の扉のロックを解除。


「入るよー。ちゃんとシ○ティー捨てたぁ?」


 やっぱこの人最低だ。

 そもそもシ○れる身体じゃねーっつーの。




 ───そして、扉は開かれた。

 僕にとって、全く予想し得ない結末。

 それは0499号室とその先の廊下との隔たりが僅か1mmでも繋がった時点で始まっていたのだろう。

 姉ちゃんの視点から、0499号室の扉が少しでも開かれた時点から。


 本当に信じられない出来事。

 0499号室の『床』が、その一瞬、音も無く『消え去った』のだ。

 ただ、床が消えて、その下に広がっていたのは......本来あるべき筈の下階の病室などではなく......そう、それはまるで───異世界。


「えっ.........!」


 声を上げる事さえ忘れ、僕はただ、その大穴へ、大穴の先のアンダーワールドへ落ちた。

 座っていたベッドごと、病室内にある棚やテレビごと。

 激しく風を切る音。

 未知の世界の上空およそ2000m程の空から、僕は落ちて行った。

 落下すれば間違いなく骨も砕けて死に至る高度。


 その世界からは、0499号室は大穴のようにしか見えなかった。

 大穴の先に数秒前まで僕の居た0499号室の風景が見えるが、それは『大穴の先』でしかなく、穴の『先』と『中』とでは世界が違うのだろう。

 そして、落ちゆく僕の姿を見下ろす姉ちゃん。

 その目が、何を思っているのか......僕には分からなかった。



「想いが回転し、落下したのなら......きっと、そこに幸運がある。」



 視界内に地面が迫り、無慈悲に、僕の身体はただ叩きつけられた。



 100% インストール完了 漆畑うるしばたいずる → Alicia

 西暦2023年9月29日(異世界暦1995年5月20日)

 漆畑出・・・死亡




◇ 〜便所から始まる性剣の伝説〜 ◇



 それは誰なのだろうか。

 いいや、それよりも、ここは何処なのか。

 最初に見えた景色───金髪で小柄で、顔はかなり整った美少女。

 僕と目線が交わり、彼女はそれは恐れおののいたかの表情を見せる。


 何を見てそこまで驚くのか、それに関しては察しがつく。

 きっと僕を見て驚いているんだ。

 そして、何故、僕を見てそこまでこの世の終わりのように顔を引き攣らせるのか、それも察しがつく。


 僕は冷静に、今現在の自分の姿かたちを俯瞰ふかんした。

 もう変に隠すのはやめよう。チ○コだ。僕はチンコになっていた。

 成り下がっていた。

 冗談なんかじゃなく、この目線の高さは間違いなく、人体の構造上”性器”に当たる部分だった。



 そんな客観的事実を踏まえ、こんな時だからこそ僕は論理的に考える。

 鮮明に憶えている。

 具体的に現在から何時間前の事だかは分からないが、僕は確かに死んだ。

 あの無慈悲に肉体が崩壊する感覚と痛みを憶えている。

 それは確かな事実である筈だ。


 一度死んだ僕が何故、美少女のフタナリチンコへ転生しているのだろう。

 そんな時、不意に思い出されたのは、OS2を用いてホホジロザメの記憶をインストールしたという海洋研究家の男の話だった。

 彼は後日、歯が生え変わる、というサメ類に見られる特徴と似た現象を訴えた。


 僕は死んだ───。

 なら、今ここに存在している僕は本当に0499号室に入院していた余命半年の僕なのだろうか。

 それとも、死の間際、OS2で僕の記憶の全てをインストールされた......この女の子の一部なのだろうか。


 サブリミナル効果(潜在意識効果)


 瞬間的に僕の生きて来た17年間という膨大なデータをインストールされた女の子。

 その女の子の一部として、生前、唯一元気だったチンコとして、再び僕という人格が形作られた。

 多重人格という形で。

 それが.........OS2の本質なのだろうか。

 どうして、姉ちゃんは......この美少女に僕の記憶の全てをインストールしたんだ......

 僕の記憶がインストールされたのだとすれば、それは9月29日に僕のスマホを持っていた姉ちゃん以外に有り得ない。

 あの時0499号室に開いた大穴は......

 この子は一体、誰なんだ?



 しかし、今は勝手に自己完結している場合ではない。

 この女の子をいつまでも困惑させたまま放って置く訳にはいかない。

 と、とりあえず挨拶でもしてみますか。


 と思ったが、口が無かったので、僕は脳内に直接語りかけた。




『あ、こんにちは。』



異界の門(境界線)



ペンの蓋を”開ける”、本の表紙を”開く”、0499号室の扉を”開く”......

漆畑霧華は自分がそんな動作を行う事で、『異世界』への境界線が開くことに気付いた。

それは9月25日に成田空港で何者かからインストールされたソフトウェアの及ぼす影響だろう。


OS2とユートピアシステム......


これはどこにも確かな証拠がある訳ではないが、数々の事実から予測される謎のソフトウェアの正体───それは、扉の向こう側という”未観測の事実”に”異世界”を代入するというものなのだろう。

そんな効果を植え付けるソフトウェア。

その為、この世界が本当に地球の地下にある地下世界という訳ではない。



異界の門へ飲み込まれる弟を見つめ、漆畑霧華は呟いた。


「想いが回転し、落下したのなら......そこにきっと幸運がある。」

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