66話 ナルソシ・アスナイ ②!?
───私が目覚めたのは1999年の暮だった。
約5年前、アリナ・バァラクーダを追い詰めた私はその後いまに至るまで昏睡を続けていたらしい。
時代が異世界歴2000年へ移ろうのに合わせて私は目覚めた。
そう思えてならない。
私の右の首の能力は運命を創る力。
ならば、5年前の出来事の結果として今(1999年末)に目覚めた事もまた『運命』なのだろうか。
私の目的は変わっていない。
完全世界へ至る事……
全ての幸運と、求めて来た答えはそこにある。
始末するのはバァラクーダの血脈。
過去の因縁は何一つとしてあってはならない。
犠牲も厭わない。
何故、エルフは父を殺したのか。
私はそれを知る必要がある………
◇◇◇ ─── 20年前
創設者を失ったナルソシ・アスナイは世間に不満を持つ者の巣窟と成り果てていた。
それはもはや、ただの新興宗教だ。
幸か不幸か、私には関係のない事だが、ロガリア・ヴァーガーという天才を失ったナルソシ・アスナイは勢力的に拡大を始めていた。
皮肉なものだが、本質的に彼らにとっては真に世界の真理を探究する存在など不必要だし邪魔だったのだろう。
ただ『科学に傾倒する自分』に酔いたい連中の集まりだ。そこに何の価値も無い。
奴らの頭にはクソが詰まっているんだろうな。
世間の評判も父の死の後じゃ最悪だそうじゃないか。
これでは歴史の勉強で習う『キョウゾネル』と同じだ。
父が死んで以来、私は信者達からの慰めを聞き飽きて来た。
私の志しは未だ『真理の探究』にある。
ナルソシ・アスナイとは手を切り、そして父の残した仮説を証明する。
恨みや哀しみなんかの、そんな安い感情で動いてる訳じゃないが、エルフの動機も突き止める。
私を満たし、救済するのはこの世の『真実』だけだ。
ナルソシ・アスナイの連中は父の生前の仮説を証明したと大衆に大見得を切っておきながら、実演では魔力の流動が検知されたと言う。
暴露を受けた信者は魔法を乱射し、今は豚箱でこの世の底辺を思い知っているだろう。
そんな事件が、国中に広まった各支部で多発した。
便所のクソに群がるハエのような奴らだ。
私が求めるのはそんな程度の低いまやかしではない。
父の残した仮説は膨大だった。
殆ど証明されているもの、にわかに信じがたいもの。
私はそれらをナルソシ・アスナイから持ち去り、一人、誰の手も借りる事なく向き合った。
自分の中で証明されても、それを公表などしない。
父の過ちは世間への影響を顧みず公表を続けた事だった。
私が日の目を見る事があるなら、それは父の考えからこの世を根底から揺るがすナニかを見つけ、そしてエルフにまつわる闇を暴いた時だ。
父を葬ったエルフ族は今は私を狙っているかも知れない。
私の命に100%の保証は無い。
光へ到達するまでは大衆の中に紛れているしか方法は無い。
そしていつしか、私の恐怖心に応えるように『右の首』は現れた───。
その首の正体、あるいは”持ち主”が誰なのか、その答えはこの世界の何処にも無いのだと直感した。
─── アリシア視点
6月24日(7:54)
受け取った小瓶と共に、少しだが希望が見えてきた。
このワッちゃんの”裏人格”の役割は本体の無際限の魔力で『未来を仕組む』ことだった。
鬼は願いの発露と共に魔法でそれを叶える。
ならば……
「仕組まれた未来の、その全てが『奴の願い』じゃない。」
「……どうして?」
「私がここへ来たのは、ワッちゃんが私を求めたから。でしょ?」
「彼女の表の願いはチーズ・ヴァーガーからあなたを守る事。ただ、無意識的には……」
ワッちゃん(裏)は口をつぐんだ。
その返答はワッちゃんの想いと反するからだろうか。
幼い子供がチーズ・ヴァーガーと対峙し、そして暴力のやり取りを交わしたのなら、普通に考えて願わない筈がないのだ。
そう、助けを願う筈。
両親等ではなく私が来た理由は信頼度と思いたいが、論理で考えれば魔法では奴に敵わないと予測されたからだろう。
私がこの場所に立っている理由。
チーズ・ヴァーガーが右の首で仕組んだ、というのも一つだが、同時にワッちゃんの願いの発露でもある。
そして、ワッちゃんが今現在、無事でいられるのは佐々木が居たからだ。
共に挑むことが叶わなくても、その行動と意思は私へ受け継がれている。
『全ての因果が周り巡り私の幸運として衝突する』とチーズ・ヴァーガーは言っていたが、見方を変えれば奴は自分で運命を仕組む度に袋小路へ追い詰められている。
オオトバネムシから始まった6月24日の出来事の行き着く先はチーズ・ヴァーガーの滅び、そして人類の夜明けだ。
誤った未来を正せるのは、いま確かにここに居る私だけだ。
私はワッちゃんを抱き締め、何度か頬にチューして後、ナルソシ・アスナイ教会本部へアーヴァンレッジ通り22番地を直進した。
その道すがら───
「モシカシタラ前ニモ言ッタ事ガアッタカモ知レナイガ、君ハコノ世界ガドウシテ”明ルイ”ノカ知ッテイルカイ?」
別荘地帯から覗く木々に留まっている”鳥の群れ”が奇妙なことだが人語を発していた。
知能の高い種は人語を喋る、というのは有名な話であり、ペットとしての需要も高いのでそれ自体に驚きは少なかったが……しかし、野生の鳥が人語を喋っている光景はそうあるものではない。
飼育下にあった鳥が脱走し、そのまま群れに馴染んだのだろうか。
「ハハハハハ………明ルイトハ言ッテモ夜ハ例外ダケドネ」
「ワタシハ、アァ──!ワタシハ………『太陽』ノ恵ミ!」
ふと、枝分かれする路地の傍らへ視線を向けると、木々の鳥を見つめる人影が見える。
フードを目深に被り、顔を視認することは出来なかったが、だからと言って別に気に留める必要も無い事柄だ。
しかし、気のせいだろうか………
その人物のフードに隠れていた『耳』が何となく『長く』見えたような気がしたのだが……
まるで、エルフのようだ。
ワッちゃん(裏)
ワッちゃんの思考から生じた『抽象的な願い』を叶える為に魔力を操作する装置。
例えばワッちゃんが『助けて欲しい』と願えば、いつ、どこで、誰に、等の具体的な要素から最も願いに近い形を導き出し、その通りに魔力を行使することが出来る。
もし『母親に助けて欲しい』と願ったとしても、状況的にアリシア・バァラクーダの方が最適と判断したなら魔力を用いてその通りの未来が訪れる。
そんな彼女の存在自体もまた、ワッちゃんの願い(魔力)から生み出されたものである。
ワッちゃんの『願いが叶って欲しい』という至極当然の願望から、いつからか”彼女”はワッちゃんの身に宿り、以来ワッちゃんの願いの手助けをし続けてきた。
使命の全うには、『未来予測』と呼べるまでの計算能力と森羅万象あらゆる知識が必要不可欠だが、魔力とは元来『無から有を生み出す』あるいは『不可能を可能にする』エネルギーである為、鬼の持つ膨大な魔力ならそんな夢の装置を生み出し自分に搭載する事も可能である。
その夢の装置はチーズ・ヴァーガーの望む完全世界に近いものなのかも知れない。
(自己中心的なところも含め)




