63話 ゴーアヘッド・シンドローム ①!?
『ミッシングリンク』……それは、生物の進化過程を連なる鎖として見た時に連続性が欠けた部分、つまり”ある生物”と”ある生物”を繋ぐ中間期の化石が発見されない状況を指すものである。
チーズ・ヴァーガーの見た夢、それの場合は猿から人間への進化の過程であるが、地球科学で考えれば、そこにはアウストラロピテクスやホモ・エレクトス等が当てはまる。
しかし、地球人類とほぼ同様の進化を経てはいるものの、やはり異世界人であるチーズ・ヴァーガーにその知識は無かった。
代わって当てはめられたのが『禁断の果実』である。
古来、さらなる進化を求めた一匹の猿人は神(そう仮定した者)から一つの果実を授かった。
それを口にした猿人はやがて急速に知能を発達させ道具を使うようになる。
世界の目覚め。世界に『人類』が誕生したのである。
どこかキリスト教の『創世記』と似通った筋書きだが、しかしそれとは明らかに異なってもいる。
”右の首の持ち主”の夢も混同されていたのかも知れないが、『創世記』中での『原罪』とは様々な解釈がなされているものの、その殆どは『禁断の果実』を口にした事に端を発している。
夢は記憶が形作る幻覚……チーズ・ヴァーガーは『禁断の果実』を食す代償に何を設定したのか。
何にせよ、進化の遍歴に混ぜ込まれたものとは人類の『原罪』である。
─── 6月24日(7:48)
アリシア死亡まで……残り30分
「もし、私に何かしようと考えているのならやめた方が良い。アリシア・バァラクーダ。」
私の言葉と共にアリシア・バァラクーダは慌てふためく芝居を取り止める。
ただ鬼の子の腕を握り、鋭い眼光はこちらへ向けられた。
「君はいま自分がどれだけ追い詰まった状況か分かっちゃいないんだ。たったいま発動した現象なんかとは別に、君には私が右の首の力を取り戻した異世界暦2000年の4月からずっと『誤った未来』に包まれているんだ。」
二人の始末、と言う意味合いでは確かにもうアリシア・バァラクーダがここに居る必要性は無い。
ただ、違った見方をすれば、あの二人こそが私と”彼女”とを繋げる偶然の運命だったとも言える。
思えば下らない理由で逢って始末したいにも関わらず避け続けて来た私に天が痺れを切らしたのかもな。
「今年の4月……君に何があった?ん?教えてくれないか?いいや、ひょっとしたら5月にずれ込んでいるかも知れないが。」
「……王城を乗っ取ったが?それが?」
警戒心を敢えて隠さない物腰である。
しかし、まぁ良いかな。
「そう、そしてその原因たる魔族との戦争だ。……全て、私が君の為にやった事だよ。万全を期するとはそう言う事だ。」
その事実を告げてしまえば、私も彼女ももはや後には引けない。
そう言えば、目覚めたばかりの時には重要な物事の決定をしやすいと何処かで聞いたことがあるな。
「つまり、もし君が全く想像も及ばない技で私を攻撃しようと考えているのだとしても、それは回り回って自分の人生の為にならないんだ。私が死ぬかあるいは再起不能に陥るって事はつまり、君を取り囲む運命が無くなるって事だ。王城占拠の罪にもはや言い逃れはあるまい。」
私は過去に学ぶ。
そして、無敵であるからこそどんな些細な事に対してでも万全を期する。
アリシア・バァラクーダは放って置いてもこの場で私に始末されるし、例え私を打倒したとしても、その身には人生を玉砕せし大罪がのしかかるのだ。
魔法は封じた。
今は見えないが、残る第2の現象もある。
私に敗北は無い、そう確信するに足る状況と言える。
「………普通なら起こり得ない『誤った未来』。……って訳か。」
「ンフフフ………あぁそうだ。」
「でもな、少なくとも今、私はお前の話の中に『運命』を感じたぞ?お前の仕組んだ運命なんかじゃない。お前がいつどのように運命を仕組むのか、それさえ織り込み済みの運命だ。」
アリシア・バァラクーダは天を仰ぎ見ていた。
「運命に選ばれたのは、どうやら私みたいだな。」
「……何?」
「仕組まれたの運命の指す事柄はお前の勝利なんかじゃないんだ。」
「では、君は何だと思うのだ?」
「───『夜明け』だ。」
朝空へアリシア・バァラクーダは宣言する。
少しは唖然とするかとも思ったが、顔色を変えるでもなく妙な事を言う女だ。
「お前は………仕組まれた未来の”裏側”で何が起きていたのか、知らないみたいだな。」
「(奴までの距離、5m!)」
「(……3秒。3秒でかたはつく。)」
その一瞬、私には黄金の剣がアリシア・バァラクーダの股間部から顕現したように見えた。
魔法で隠していた訳では無い。
ならば精神内のオオトバネムシが拒絶し、正気を保ってはいられない筈だ。
「うっ、うああああああッッッ!」
なぜ、それは私に命中したのか……
右の首は新たに発動した能力とは別に、既に私の身を守るよう運命を調整していた筈……なのにッ!?
しかし妙だった。
振り切られた彼女の剣戟は軌道的に私の身体を二つに切り分けるに相応しいものだ。
な、なのに……
妙な感覚だ。
足腰を支える力が弱まっているが、しかし……
そもそも、これは攻撃なのだろうか。
剣戟を受けた箇所から何かが切れたり、失われたり、そう言うんじゃないぞ……ッ!
むしろ、湧き上がってくる……のか?
「実際にお前の言葉を聞いて分かったが、佐々木の言う通りだったな。お前は滅却されるべきこの世の外道だ。」
まさかこの女!突き進むと言うのか!『夜明け』へ!
私へ剣を差し向けるその姿勢……
「捨て去ると、言うのか……自らの栄光を………」
「虚栄より事実だ。私が重んじるのはな。」
んなにいィ……!
たった数十年と生きていないガキのくせに何故そこまで達者だ!
やはり……やはりバァラクーダの血筋!
これ以上無く追い詰めたと確信したにも関わらず、未知不可思議の技でこの私を退ける。
だから引き寄せたくなかったのだ!
「そして、入っているな。射程内に。………秘剣。」
怯む私を見据え、アリシア・バァラクーダは剣を向ける。
その刃は妖艶に輝いていた。
しかし、右の首……
次の攻撃は必ず私には当たらない。
「イソギンチャク!」
肉体的行動としては無様に背後へ飛び退く事しか叶わなかったが、既に完了されている。
仕組まれたの運命が私を護る。
刀身から幾多に分岐した白き閃光が放たれるが、しかしそれら全ては”仕組まれたの運命”をまるで顧みず私へ突き進んだ。
「───ッッッ!?」
どうなっている……
何故、仕組まれたの運命を無視して突っ込んだ?
直後、電撃の様な駆け抜ける快楽が私を襲う。
幸運と言うべきか、この身を刺し貫いた”触手”は僅か数本に留まったが、しかしこれは……ッ!
ただの刃でない事は容易に分かる。
これに物理的な攻撃性は皆無だ。全く無い。
だが、貫かれ、圧迫された部分が圧迫を受けた分だけ衝動を放つ。
もはや思考力さえ奪わんと”欲求”がひしめくのだ。
だが、何とか耐え凌いだぞ。
「佐々木!」
「なにッ!?」
『秘剣』を放ち終えるなり、アリシア・バァラクーダは私の背後へ叫ぶ。
視界の端にかすかにだが蒼白い光が映る。
振り返れば、オオトバネムシの拒絶を受けなおも魔力弾を向ける”妙な膨らみの女”がそこに立ちふさがっていた。
挟み撃ちの構図、と言う訳か。
「うああ!く、来るな……ッ!」
馬鹿な。
私はなんて間抜けなセリフを吐いているんだ……
少しばかり予定と違っているが、だがそれだけだ。
まだ私の有利に少しだって変わりは無い。
奴は鬼とは違い、自分の意思で魔法の制御を行う。
ならば、覚悟次第では一度だけオオトバネムシの拒絶を振り切り魔法を放てるかも知れない。
だが、それが元々の威力そのままである筈が無いのだ。
きっと拒絶を振り切るのにエネルギーの大部分を削ぎ取られる!
「い、いやめてくれ!あああァ……ッ!」
この状況を俯瞰するのだ。
なぜ無様に吠え面をかく必要がある!?
確信した勝利の誇りに傷がついたからと言って……ッ!
人間が最も恐怖するのは痛みや哀しみなどでは無い。
『謎』だ。
不確定なものに人は最も恐れる。
確かにアリシア・バァラクーダの剣は私にとって未知。
だが、それが右の首にも勝る訳が無い。
「お前が引き寄せた『王城占拠』という運命の為に、私は性剣を手に入れた。お前がくれた私の幸運だ。性剣が無きゃ私に運命の通りに行動する事は出来なかったんだからな。………お前は自分の能力を分かっていない。運命を引き寄せていながら、そこに行くまでの過程を全く知りもしない。幾ら新たに能力を開花させようと、”砂上の楼閣”なんだよ。」
「き、貴様なんぞに───ッ!」
「UNLIMITED TINTIN!」
「異乳・爆!」
まるで断末魔の悲鳴と共に、双方向から攻撃は放たれた───。
異世界暦2000年6月24日(晴れ)
5:59 佐々木が王城を出る
6:21 アリシア、ワッちゃん起床
6:43 ワッちゃん王城から帰宅
6:48 恋バナ対決開始
7:00 チーズ・ヴァーガー起床
7:17 教会近くにワッちゃんが現れる
7:21 おっぱいバズーカ発現
7:32 オオトバネムシが霧散する
7:34 チーズ・ヴァーガーが眠る
7:34 アリシアが王城を出る
7:44 ヴァーガー・キング発現
7:46 王城占拠が暴かれる
8:08 アリシア死亡




