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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
61/75

61話 イマヌエル・カント(永遠平和のために)⑤ !?

─── 6月24日(7:32分)

 

 

 たった今創られたばかりの運命が、蒼白い光に崩れ去って行く。

 水道管からひり出すオオトバネムシはその全てが大空へ羽ばたき、鬼の身を刺す個体はもはや存在せず、仕組まれた運命より解き放たれた鬼はただ私へ悪意を募らせる。


 見上げれば、そこに今しがたまでの蠢く黒光りの暗雲は霧消していた。

 幾億ものオオトバネムシは僅か数秒間の内にどこへ消え去ったのか、しかしその事実が示すのは、鬼が『オオトバネムシを退ける』という発想を取り戻しているということ。

 今の衝撃圧で右の首は一部コントロールを乱し、創られたばかりの運命は掻き消えてしまったのだろう。


 場は既に、かなり”温まって”いる。

 鬼は後一度か二度、私に言葉を投げかけた上で始末の攻撃を始めるだろう。

 鬼と言葉を交わしてはいけない。

 質問を投げ掛けられた時点で私は魔力による強制力で返答を吐露せざる終えなくなってしまう。 


 う、後ろを振り向きたくない……

 きっと恐ろしい形相をした鬼と”妙な膨らみの女”が私の方へ詰め寄って来ているに違いない。

 反撃のスキは限りなく小さい。

 今にでも攻撃は始まり、こうしている間にも残り時間は目に見えて消耗している。

 どうして私ばかり窮地に見舞われるのだ。

 爆圧で内蔵が衝撃を受けた。口内中血の匂いがしっぱなしで、何よりも痛い。


 今直ぐにでも全てを忘れて教会に戻りたい。

 皿洗いをして、そしてまた『実験』をするんだ。いつものように。

 でなきゃあ今直ぐにこの焦りの感情をノートに書き殴りたい。


 焦りは募るばかりだが、それは結局のところ脳が『焦り』の信号を発しているに過ぎない。

 ”妙な膨らみの女”が放った蒼白い光に当てられた事による因果の結果。

 そう、私は追い詰められた時、自分が焦りの原因、因果関係を俯瞰ふかんする事で心を落ち着かせようとする習性を知っている。

 冷静に今を俯瞰するのだ。

 例え5秒後に攻撃が始まろうと、今この瞬間は平穏だ。

 右の首が鼓動している限り、勝利の道筋を考える事に意義はある。


 奴らには一つの”共通点”がある。

 それを突けば、最後の最後で私は勝利出来る。

 問題はその時間稼ぎにある。

 右の首は無から有は生み出せない。

 『幸運』を引き寄せるには、引き寄せるまでの時間を要する。

 だが、相手は鬼。

 無から平然と有を生み出し、有を無へ還元する魔力の使い手。

 その差は命取りだ。



「………う、うぅ…」


 流れ出る血液が共に思考力を奪い去って行く。

 脚の力も弱まり、石垣に手を擦りながら地に膝を付いた。

 ド餓鬼のチクショーなんぞに……どうして私が地に膝を擦り付けなくちゃいけないんだ。

 今日という一日を”リセット”したい気分だ。



 そんな私の目は、赤色に煌めく小さな石ころを捉えた。

 道端に転がっていて、手を伸ばせば届く距離にだ。

 何故だか分からないが、希望を感じる光。

 私の右腕は無意識にその石ころへ伸びていた。

 触れたからどうなるとは考えていなかったのだが、赤い石ころに触れた指先から脳へ突き抜ける光景が見える。


 な、何なんだ。

 見えたものは小さな小さなミクロの生命体の姿だった。

 それは姿形、大きさの变化を繰り返し、ある時から海を抜け出し地上での生活を始める。

 四肢を得、知能を得、それは火を起こし、次に道具を使った。

 前のめりだった姿勢が徐々に上向き、四足歩行は二足歩行へ。

 建築を覚え、魔力を覚え、次第にソレの住む陸上世界も発展していく。

 都市が栄え王国となり、そしてソレはその時、教会に居た。


 私は理解した。

 その生命体が『次の自分』なのだと。

 目覚める朝。

 私は教会のベッドで目覚めると共に彼の『オハヨー』という甲高く愛くるしくも不気味な声を聴く。

 しかし、私は知っている。

 彼が以前まで”ポールモッカットニ”という奇妙な名で呼ばれていたことを。

 それがリセットなのか、あるいは次の世界なのか、しかし私が6月24日の7:00時点に居るという事実があった。

 今日の朝に外へ出る事はしない。

 不毛なトラブルはただただ不毛なだけだ。

 いいや、いっそのこと鬼と精神を入れ替えてどこか遠くへ行かせてやろうか。

 そもそも、鬼と精神を取り替えて”彼女”のところまで行けば私はとっくに”彼女”に出会えていたのではないか。

 何故今までそれをしなかったのか不思議だ。

 これで全て丸く収まってくれるじゃないか。

 全て。

 全て。

 全て…………?





─── 佐々木視点




「こ、こいつ……眠っている…?」

「寝ちゃったの!?」


 殺してしまったかと危惧したが、奴にはまだ呼吸があった。

 不可思議な話だが、この男はこの状況下で眠ってしまったのだ。 

 動かなくなる寸前、何かに向かって手を伸ばした様に見えたが、しかし右手には何も握られてはいなかった。


 なんでしょう……一種の薄ら気味悪さを感じる。

 気絶、というのも違う。

 傷つき、追い詰められた状況で眠る奴があるだろうか。

 そもそも”追い詰められている”という認識から違うのか……?



「ところで、あなた誰なんです?アリシア様のなに?」


 まさかまさか友達だなんて言わないでしょうけど。

 『アリシア・バァラクーダ』の名が出た途端にこの子は確かな悪意で奴に噛みついていた。


「あたし?あたし”ワッちゃん”だよ?お姉ちゃんのお友達だよ?」


 なるほど。

 知らぬ間にこんな子供の手下に成り下がっているとは、やはり変な人だ。



 何と言えば良いだろうか。

 場が”冷めた”とでも言うべきか。

 アーヴァンレッジ通り22番地に取り残された私達は半ばどうしていいのか分からない状態となり、このまま帰るのもどうかと思い、互いについてを話し始めた。

異世界暦2000年6月24日(晴れ)



5:59 佐々木が王城を出る


6:21 アリシア、ワッちゃん起床


6:43 ワッちゃん王城から帰宅


6:48 恋バナ対決開始


7:00 チーズ・ヴァーガー起床


7:17 教会近くにワッちゃんが現れる


7:21 おっぱいバズーカ発現


7:32 オオトバネムシが霧散する


7:34 チーズ・ヴァーガーが眠る


7:34 アリシアが王城を出る


7:46 王城占拠が暴かれる 




8:08 アリシア死亡

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