58話 イマヌエル・カント(永遠平和のために)④!?
─── 6月24日(7:13分)
王城を出て南へ。
アーヴァン・レッジ通りに入り更に南へ少し進むと、王都では珍しい緑の生い茂る雑木林が姿を表す。
私は王城メイドの佐々木。
魔王様方の毎日の食事は自分なりに献立から気合を入れて作っているつもりであり、今日も朝早くからこんな雑木林へ繰り出したのも食材の調達が主な動機だ。
突然だが、オオトバネムシの栄養価について一考したことはあるだろうか。
古来より人間が昆虫食を避け続けて来た歴史は、奇っ怪な昆虫という存在を頑張って食べた上で『ご馳走様感』が得られなかった事が主たる要因だと考えている。
昆虫がタンパク源として優秀である事は既に周知の事実と思われるが、それと食味とは別だ。
硬組織のみで構成された昆虫におおよそ”旨味”は存在しない。
だからこそ、私は『昆虫食』について人生を捧げた数少ない先人達の文献を読み込み、そして一つの『説』を発見した。
昆虫類の、それもダルベリア・オオトバネムシのほんのちょっぴりの腸の筋には、人の”頭を良くする”作用があると言うのだ。
あなた知ってました?
知らないですか?どうしようもないですね。
確かなエビデンスがある訳じゃないけれど、ならばその説を己の身で証明すれば良いだけのこと。
まぁでも己の身はあんまり使いたくないので………アリシア様への御献上という感じで、ここは一つ。
私は自分が人の上に立つような人間ではないと知っている。
服従を誓える者につかえる事が自身の幸福であると納得もしている。
いいや、と言うよりも、今は未熟な中坊を家臣として育成することが幸福だろうか。
だからこそ、彼女らの為にこうして朝早くから”頭を良くする”作用を持つオオトバネムシを捕獲しに来ているのだ。
誰も居ないので言ってしまうが、彼女らはどうも頭がよろしくない。
いや、もうちょっとハッキリ言っちゃお。
バカだ。
現状のまま、私が何もしないでいれば、いつか今の不当行為が世間にバレてしまった時、その時に正しい道を歩む事が彼女らには出来ない。
今の内に私が今の不当行為から学べるようにしておかねばイケないのだ。
私はアリシア様が若くして王城占拠をやってのけてしまった事を実はかなり高く買っている。
数多の偶然の産物なのかも知れないが、けれど人と違う体験とはいつか大きな人生の糧となる筈だ。
彼女にとって王城占拠の実績は紛れもない大きなアドヴァンテージなのだ。
私はそれをふいにさせたくはない。
ジョジョ風に言えば、彼女らも『眠れる奴隷』なのだ。
いや、ちょっと使い方が違う?
しかし、8部が一番などと言いおるアリシア様はもはや救いようが無い気もするが。
っぱジョセフ・ジョースターだよなぁ。
私は視線を落とし、昨日即席で作った虫カゴを見る。
うじゃうじゃだ。
カゴ一杯にオオトバネムシが犇めいている。
オオトバネムシは市街地にもよく出現する昆虫だが、こうして一歩林に入るだけで収穫量は格段に跳ね上がる。
ここへ来たかいはあった。
ところで、オオトバネムシの適量捕獲は既に数時間前に終了しているのだが、雑木林というのは思ったよりも面白いものだ。
その一つに、例えば……
私は適当な巨木の傍の枯れ草へ手を突っ込む。
「あった……」
直後、それらしい感触が指先に走った。
紙の材質、程よい厚み。これだ。
枯れ草を払い除けると、それは黒髪の少女のメス顔が表紙を飾るイヤラチイ本だった。
そう、エロ本だ。
それに……こ、これはジュリエル・クリメニアの同人誌ッ!
あれま。大人気ですね。
こんなところにまで。
貴族と言うのは大変だ。
男女問わず、表舞台に立てばその都度カップリングを作られ、絡ませられ、まったく……他人事だけど大変そう。
ま、探し当ててどうするでもないのだが、いざ見つけてしまうと楽しいものだ。
雑木林の古典的な楽しみ方である。
後はまぁ、”木の音”を聞いてみたり。
少し前だが、ふと『音がするだろうなぁ』と思い近くの巨木に耳を当ててみると本当に音が聞こえたので、以来、私は時々だが木の音を聞いてしまう。
でも人の居る所でやっちゃダメよ。
変な人と思われますもの。
それから……
私は、その巨木の上方の枝木へ視線を移す。
あそこに一羽、二羽……三羽いる。
「おはよー。」
「オハヨー」
なぜか人語を喋る周囲の鳥達に話し掛けてみたりだとか。
なぜ人語を喋れるのかは分からない。
飼育下にあった鳥が逃げ出し、ここの一帯で人語と言う文化を広めたのだろうか。
最近の愛玩用の鳥は、そこらへんに生息する鳥と同種でも人の言葉を喋れるらしいし。
しかし、彼らはまだ本当の意味で人語を”理解”している訳ではなさそうだ。
『おはよー』と言われれば『おはよー』と返す、そのパターンを記憶しているだけなのだろう。
しかしまぁ、そろそろ帰り時かも知れない。
そもそも、王城の除臭作業が一段落するまでに深夜まで掛かってしまい、目が冴えて眠れなかったと言うのも理由の一つなのです。
それに、そろそろアリシア様も起きる頃合い。
少し長居をし過ぎた。
帰って朝食の支度を済ませ、少し睡眠を取り、そしてまた除臭作業へ取り掛かる……
よし、今日の段取りが決まったぜ。
「ニゲテー!ニゲテー!」
「ニゲテー!ニゲテー!」
………?
突然だった。
その時、一帯の鳥達が南の方角から徐々にこちらの方へ飛び立ち、そして一斉に『ニゲテー!』と叫んだのだ。
意味は分からないが、どうにも胸騒ぎのする挙動だ。
何故、突然『逃げて』と喋ったのか。
そこに意味はあるのか。
あるいは、彼らは危機が迫った時、仲間に『逃げて』と言うのも覚えているのだろうか。
しかし、その場に少し留まっていると、私も”予感”が”実感”へと変わった。
何か、途轍も無い”モノ”がこちらに迫っていると。
上空を飛ぶ鳥達の逃げる方向が恐らく安全な方角だろう。
私は虫カゴを片手に疾走しようと、足を踏み出したのだったが………その刹那、南の方角…いや、私の背後から凄まじい躍動音と共に黒く蠢く『闇』が進撃した。
◇◇◇
胸が、”疼く”……
四方をオオトバネムシの大軍勢に覆われた私は、辛うじて木を背に縮こまり、ほんの一時の安静を手にした。
しかし、これから先はどうすれば良いのだろうか。
いつまでこの嵐が続くのか、杳として知れない。
そろそろ私も危機感を覚え始めていた。
そして、それが強まる程に、胸が疼く。
20年前より変化の無いこの三対の胸に、何の因果か……オオトバネムシの群れが現れると共に脈動を始めた。
「うぐっ……あっ…!」
全身のエネルギーが胸部へ集中する感覚。
7歳の頃の胸部の成長は私の無意識的な魔力によるものだ。
『おっぱいバズーカ』がシタいと心で願ったから、それが魔力を通して少しだけ実現した。
しかし、経験の無い子供では当然魔力の扱いを上手く出来ず、結果として中途半端におっぱいが6つになった。
『火を起こす』など、基本的なものは馴れれば簡単に『火を起こす魔力回路』を作る事が出来るが、『おっぱいバズーカ』という前例の乏しいものに関しては、そう簡単に回路は築けない。
だが、今この時、私の中で急速にそれが組み上げった行くのが分かる。
オオトバネムシに逃走経路を封じられた危機感と、『おっぱいバズーカを放つ』という私の生きる目的とが結びついたのだろうか。
しかし、それだけとは思えない……
「ッ!」
私の内部で”覚醒”は進行する。
上から一段目の左側の乳房一点に集中した高エネルギー体は偶然その部分に置かれていた私の右手へ……いや、人体の末端部分へ。
魔力は末端部分からしか放出されないと言う基本原理に当てはめれば、おっぱいバズーカのエネルギーがまるで外へ出たがっている様だ。
それは私の意思とは無関係に、無秩序に……
それとも、潜在意識で私はそれを願っているのか。
───次の瞬間、何かが手のひらから零れ出るように、スルッと、なめらかに、ソレは放出された。
集約された右手が青白く眩い閃光を解き放ち、それは直線上の全てを飲み込んだ。
雑木林を抜け、そしてその先の家屋を飲み込み、直後、閃光は激しく迸り消失。
私自身、自分の身の突如とした覚醒に追いつけてはいなかった。
あれが……おっぱいバズーカ?
開放感と消失感、その二つを感じた。
鳥の群れは先頭を飛ぶ個体が右へ曲がれば、続く群れも右へ進行する。
オオトバネムシもまた、閃光を避けた一匹のオオトバネムシにつられて私の周囲を避けるように舵を切りながら、変わらず北を目指して飛行した。
それが、危機から逃れた開放感。
だが、代償として私は乳房を一つ失ったらしい。
原作でも確か一度放った部分からはバズーカを消えてしまう設定だった。
と思う。
その記憶が反映された今の魔術は、正確に代償をも再現してしまったのだろう。
それ故の破壊力。そして、消失感。
私は立ち上がり、閃光がもたらした逃げ道へ駆け出す。
また再びこの場はオオトバネムシの通り道となってしまうだろう。
この先は……恐らくアーヴァン・レッジ通りの『22番地』。
ナルソシ・アスナイの教会の辺りだろうか───。
異世界暦2000年6月24日(晴れ)
5:59 佐々木が王城を出る
6:21 アリシア、ワッちゃん起床
6:43 ワッちゃん王城から帰宅
6:48 恋バナ対決開始
7:00 チーズ・ヴァーガー起床
7:17 教会近くにワッちゃんが現れる
7:21 おっぱいバズーカ発現
7:32 オオトバネムシが霧散する
7:34 アリシアが王城を出る
7:46 王城占拠が暴かれる
8:08 アリシア死亡




