55話 イマヌエル・カント(永遠平和のために)①!?
異世界暦2000年6月24日、プロモセラ区を起点として突如発生したダルベリア・オオトバネムシの軍勢は、同日”塊”の状態を維持したまま北上し、王都を襲来。
その後、”塊”は霧散。
残されたのはプロモセラ区から王都へ続く一本の凄絶な惨劇の痕跡であった。
それは翌日の新聞記事にも大々的に取り上げられたのだが、結局その発端に関しては謎のままお蔵入りとなった。
物語はこれより一つの『境目』を迎える。
”彼女”が王城を占拠して一体どれ程の歳月が経っただろう。
”彼女”にとって、それは日常となっているかも知れない。
だが、閑散とした王城に”彼女”が佇む情景は、やはり『不可解』だ。
王城を退いた国王やその側近達は魔族との有事であるにも関わらず、一体何処で何をしているのだろうか。
そう言う意味でも、やはり『不可解』である。
境目とは、保たれていた均衡が崩れ、そうした『不可解』さの溢れ出る時。
あるいは、『誤り』の『正される』時とも言い換えられるだろうか。
ただ一つ、その始まりは”オオトバネムシ”だった。
南風が吹き、オオトバネムシの軍勢が流れ出た事がこれの始まり。
それが原因である事に必然性は無い。
均衡を乱す『偶然』がたまたま”オオトバネムシ”だったと言う、ただそれだけの事である。
───アリシア(小)視点
ひと月程前だろうか。
ワッちゃんは”お引越し”をしたそうだ。
それは唐突に決定され、ワッちゃんにはその理由さえ明かされていないと言う。
私はその引っ越し先も、元の家でさえ知りはしないのだが、ある日、ワッちゃんは散歩の帰り道を迂回し、元の家へ立ち寄った。
時系列的には、私とワッちゃんが出会った少し後、と言う具合になる。
好奇心か、あるいはノスタルジーか。
しかし、元家でワッちゃんが目にしたのは明らかに見覚えのない地下への階段であった。
いかにもな趣を醸し出す階段をワッちゃんは『魔女が居そうな感じ』と形容した。
カツン… カツン…
ワッちゃんが階段を覗き込むのと殆ど同時だった。
階段のその先から、何者かが上へ登り出る足音が響いた。
いかにもな地下空間を我が物とする人物とは一体如何様か。
ワッちゃんは物陰に隠れ潜み、その実体を伺った。
地下から伸びる影。
それがまず『不可解』だった。
特に頭部の形状に違和感を覚えた。
そして、それは徐々に露わになる。
その身に鳥肌が立つのが分かった。
地下より現れた人物には”頭が二つ”存在していたのだ。
人体として誤った構造、それはワッちゃんの未発達の心を強く刺激した───。
「それでね、気付かれないようにそっと家へ帰ったの。」
「あ、ごめん。全然聞いてなかった。」
窓から朧気な月明かりが差し込んでいた。
そんな時間帯。
今しがたまで私達はカードゲームを享受していた。
私はそこでVICTORYとは程遠い戦績を晒していたのだが、ワッちゃんは『お姉ちゃんは寝てた方が良い』と言い出し、現在の添い寝に到る。
そもそも私の傷は完治しているのだが、治した当人は無意識ゆえ、それに気付かんのだろう。
『寝てた方が良い』と言いつつも布団内を目まぐるしく這い回るワッちゃんのせいで寝るに寝れないのだが、ともかく、私はワッちゃんと添い寝をしている。
「三行で要約して。」
「あたしがお引越しして、ちょっと前に元のお家に遊びに行ったら、顔が二っつある人が居たって話!」
首が二つで身体が一本って、それもうチ◯コやんね。
あ、このネタは前にもやったっけ?
「あたし怖かったの。お姉ちゃんの居るこの街に、あんな怖いのが居るのが凄い怖かったの。お姉ちゃんは気を付けてね?絶対だからね?」
その事柄について、ワッちゃんは必死に私へ訴えた。
ワッちゃんの言う『怖い』とは、自身への驚異に対するものではなく、大切な人への驚異に対して感じるものなのだろう。
自分は何処かで強大な力(己の魔力)によって守られている事を潜在的に知っているのだ。
「んーっ、偉い!その年で他者を慮れるワッちゃんはとても偉い!誰しもが出来る事じゃないよ!感動した!」
私は涙ながらに小さな身体を抱きしめた。
男と女、巨乳と貧乳、上付きと下付き………二つで一つ。
森羅万象は対極する二つで成されるが世の道理。
その時、瞳に潤んだ涙もまた、対極する二つの意味があった。
『感動』と『戒め』だ。
幼くありながらも私を慮れるワッちゃんの心に対する感動。
私自身のワッちゃんと同じ年齢の記憶を思い起こし、そして今の私自身を思い、溢れ出る戒め。
私は戒めた。それはもう深く戒めた。
ベッドの中で密着しながら戒めた。
生態系的に最強でありながら、慮る精神を持つワッちゃんはもう何と言うか、生命として秀逸。
「………!」
ワッちゃんは抱きしめる腕から液体の如く抜け出し、またも布団内をガサゴソと徘徊した。
好奇心旺盛なのも小さな身体を最大限に活かすのも構わないが、それをベッド内でやられると少々参るな。
私のネグリジェの裾に潜り込んだりだとか。
太ももを抱く様な姿勢でネグリジェ内部に潜られると、顔が骨盤の少し上……お腹の辺りに来る。
その下腹部で吐息を感じると、何かこう、ゾクッっとしちゃう。
「ちょっ……ワッちゃん…っ!そこは……」
「んー、だってお姉ちゃんの匂いするんだもん。あたしお姉ちゃんが大好き。」
私の”色んなところ”をスリスリしながら言う。
もう少し頭の位置を下ろした方が、『私の匂い』は濃いと思うのだが……そんな事は決して言わない。
「でもね、ほんのちょっとだけ”顔が二つの人”にまた会いたいって思うの。だって、どうして顔が二つあるのか知りたいもん。」
そんな様な事も言っていた。
私達はもうしばらくイチャイチャしたが、気付くとワッちゃんは私より先に寝ていた。
◇◇◇
翌日(6月24日)、ワッちゃんは『今日も寝てて』と私に言い残し、颯爽と王城を後にした。
本当なら家まで送って行くのが人情と言うものだが、大階段を思えばその気も失せ、ワッちゃんの言葉に甘えた私は颯爽と二度寝をした。
しかし、昆虫類の羽音に似た妙な耳鳴りにたちまち目が冴える。
それだけではない。下民の阿鼻叫喚が聞こえた。
窓を開け放つと、それが耳鳴りでない事は容易に理解出来た。
「これは地獄か………」
城下町は黒々と蠢く”霧”の様なものに覆われていた。
方角的には南から、けたたましく街を侵食していた。
それが、夕刊にて大々的に取り上げられた”オオトバネムシの進撃”であった。
この場合、『偶然』か『必然』か、どちらだろうか。
私が人を慮る精神に目覚め、ワッちゃんを自宅まで送りに行けば、私はあの地獄へ身を投じる事となっていた。
それは、私の選択による『偶然』だ。
だが、もしワッちゃんの『大切な人を驚異に近づけたくない』という想いが無意識的に運命へ作用していたのだとすれば、それはワッちゃんによる『必然』だ。
ワッちゃんにとってみれば、あの阿鼻叫喚の地獄絵図も”好奇心の対象”でしかない。
何にしろ、ワッちゃんなら喜々として身を投じるだろう。
『首が二つ』の男───。
ヴァナナ・ミルクの襲撃、そして、この王城から発見された妹の”予言書”。
何か、私の知らなかった『悪』の実態が今になって浮き彫りとなって行く感じ。
ワッちゃんが目撃したと言う『首を二つ持つ』男が私にとって『不吉』なのか、それは分からない。
しかし……カタチの無い焦燥が駆けるのが分かった。
仁王像(異世界のver.)
異世界に置いて二大宗教と呼ばれる『タバスト・ヘイヴス教』に関連する二人の神を象った肖像。
エイヘルム教会の門部分に安地されているが、その意味合い等については謎が多い。
また、両者共に大変個性的な面立ちをしており、そう言う意味でマニアからの人気が高い様だ。




