50話 ハイビスカス・ローズヒップ ①!?
ハイビスカスローズヒップ、スーパーで売ってるので皆さんも飲んでみてはいかが?ちと高いけども。
2000年6月 その日、アリシア(大)は───
玄関の扉を開け、吹き抜ける風が一際心地よい朝だった。
そんな日、私は行き付けの喫茶店で一日の始まりを過ごすようにしている。
”優雅な瞬間”と言うのは、これが結構バカにならない。
それは忙しい働き詰めの人程忘れてしまいがちな時間だが、休日の朝、休日だからと言い訳をしてダラダラせず、少し早めに家を出て優雅に茶を飲んでみて欲しい。
それは紛うこと無き至福である。
また、そう言った体験から得られるインスピレーションも大きい。
一応、私も創作で日銭を稼いでいる類の人間なので、恩恵は多いのだ。
え?ニートではないのか?ですって。
失敬な。これでも崇高な底辺官能小説作家ですことよ。
「マスター。『ハイビスカス・ローズヒップ・ティー』を一つ。」
「かしこまりました。」
私はかねてより名前の気になっていた紅茶をオーダーする。
それはオーダーから数刻と待たぬ内にテラス席へ持ち運ばれた。
私はテーブルの下で小さく足を組み、ティーカップの持ち手を優しく摘む。
そして、読みかけだった小説(読むのは二周目なのだが)を開いた。
まず、ティーカップを口元にあて、鼻孔に広がる優雅を味わう。
次に、ティーバッグを小皿へ移し、一口、口に含む───。
私はティーカップを受け皿へ戻した。
「あれェ、君もしかして……いいや、人違いだったら本当に申し訳なく思うんだけど、アリシアじゃあないか!?」
そんな至高の一時に男の声が割って入った。
誰だろう。私は声の方向へ向き直る。
「ハハハ……!憶えてるかな。俺だよ。」
「え───っ!ジスクール兄さん!?何で!?」
『優雅』は『出会い』を生む。そして、『再会』を生む。
そこには懐かしい顔があった。
彼の名は”ジスクール”。
ユニオルの実の兄に当たる人物である
彼は私が10の誕生日を迎えた日に職の都合でたった一人遠くの地へ引っ越しており、それは実に、時を超えて17年振りの再会であった。
「嬉しいな!やっぱりアリシアだ!あっと、そうそう、今は姓が変わって”2015・ジスクール”って言うんだ。結婚したんだよ。」
「あっ、それはおめでとうございます。」
「今回久しぶりに帰省したのも妻の妊娠が理由なんだ。」
「あらあらあら!それは重ねておめでとうございます。そうだ、何か奢りますよ!祝わせて下さい!」
私は思わぬ再会に高鳴る気持ちを抑えられなかった。
幼い頃はよく遊んで貰ったっけ。
17年前(6年前)と変わらず長身でイケメンだ。
まぁ、キッチリと決まったヘアスタイルに引っ付いているヘアピンが少々癇に障るが、そこはご愛嬌という事で。
「ここ、座っても良いかい?」
「えぇ勿論ですよ!」
彼は小さなテーブルを挟んで向かい側の席へ腰掛ける。
溢れんばかりの祝いの気持ちを胸に、私はメニュー表へ再度目を向けるが……
「あ、じゃあこのハイビスカス・ローズヒップ・ティー、飲んで下さいよ。」
「え、良いのかい?君が頼んだんじゃ……」
「大丈夫ですよ。私はさっき一杯飲んで二杯目なんです。」
「……んじゃあ、有り難く頂こうかな?」
ジスクールはハイビスカス・ローズヒップの入ったティーカップを優しく摘み、口元へ運ぶ。
私とジスクールでは利き手が異なる為、口の付いたところに触れる事は無かった。
「へぇ、この茶酸っぱいんだね。上品な味わいだよ。」
「そうですよね。これぞ『優雅』って感じで。」
「……だが、やっぱり悪い。自分で何か頼むさ。」
ジスクールはハイビスカス・ローズヒップを受け皿へ戻し、私の方へ優しく寄せた。
だが、私としては何としても飲んで欲しいところだ。
それ程までに、大好きなお義兄さんの幸せを祝福したかったのだ。
「いえいえ、良いんですよ。あ、口に合いませんでした!?」
「いや!そう言う意味じゃあないさ。」
「じゃあ是非受け取って下さい!私は『私の気持ちだ』と言っているんです。」
「そ、そうかい…?なら、まぁ……」
「………。」
「しかし6年振りかぁ、アリシアも何か結構大人っぽくなったんじゃないか?」
「え、やっぱそう思いますぅ──?いやーそれがですねぇ……信じられないと思うんでけど…」
「何だよ、何かあるのか?勿体ぶらず言ってくれよ。」
「実は私、17の時に10年前にタイムリープしまして、今27歳なんですよね。」
私はそんな衝撃的事実でさえも彼には喜々として打ち明けてしまえた。
ジスクールには昔から些細な嘘でさえも看破されたものだ。
「な、なんだって────っ!い、今”タイムリープ”って言ったのかい!?」
「えぇ、『たっぷりと』……タイムリープしたんですよ!」
「スゲェ───!大好き♡ジョジョリオン!名言だものォォ──!」
「あれぇ、ジスクール兄さんも8部イケる人ォ!?」
『ジョジョリオン』───それは簡単に言えば、呪いを解く物語である。
大人気『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの第8部。
バトル物から一変、ミステリー物への路線変更が要因か、はたまた序盤の伏線を丸々投げ捨てる蛮行故か、シリーズ1の不人気を誇るが、私はこれを至上の名作と信じて疑わない。
私が言葉の合間に引用したジョジョリオンネタをいともたやすく検知するとは!流石ジスクール兄さん!やはり尋常の者ではないッ!
「当然さ!俺はアレがシリーズで一番大好きだよ。そう言えば、君が今読んでたそれも……もしやジョジョリオンじゃあないか!?」
「そうなんです!ドゥービー・ワゥ!の回!」
「ゥお───!『イチゴorハシゴ』か!」
それから暫くの間、タイムリープの話題はもはや遥か忘却の彼方……私達はジョジョリオンの話題に夢中になった。
ジョジョリオンの連載開始はそう、1994年の1月だった。
それは私と彼との別れの年。
私が10の誕生日を迎える前日、それがジョジョリオン第1話の連載開始日だったのだ。
私と兄さんは圧巻を覚えた。
あれから7年(17年)、いまや完結したジョジョリオンを兄さんと語ることこそ私の生きる希望だったのだ。
ジョジョリオンをこよなく愛する私だからこそ分かる。
彼のどんな些細な一言であろうと、そこに知ったかぶりは少しだって無かった。
知識、考察、愛……どれを取っても私と同等かちょい下くらいと、想像を絶する水準の高さ!もう好きっ♡!
「いやはや、ちょっと話が逸れ過ぎちゃったかな?まぁ何しろ17年だからな。積もる話もあるだろうさ。」
「そうですよ。もっとジスクール兄さんと話たいこと沢山あるんですから。」
「じゃあどうだい?まずは俺と『恋バナ』でもしないかい?」
「おぉ!良いじゃないですか『恋バナ』!『恋バナ』しましょうよ。」
つい長引いてしまったジョジョリオン談義から閑話休題、議題は”恋”へと移ろう。
しかし、それこそ長引いてしまう気もする。
およそ20年分の一途な想いを相手の実の兄へ語る訳であるのだから。
だが、なんだかウキウキしてきたなぁ。興奮してきたなぁ。
湧いて出た情事的興奮は瞬時に私の表情を女のそれへと変貌させた。
「よし、決まりだ!ルールは簡単!」
「( ん?ルール……?)」
「三本勝負。互いの想い人に対して、より愛の深かった方の勝ちさ。」
「え、えっと……あっ、はい。」
それは私の知っている『恋バナ』と多少異なっている気がしたが、彼の爽やかで、そしてキラッキラした顔を見ると突っ込むのも野暮に思えた。
「『勝ち』…って言うなら負けた側に”何か”…やっぱりあるんですかね?」
「敬語はよそう。もう君の方が年上じゃあないか。そうだな……確かに”賭け”は必要だ。俺は真の幸福とはサスペンスにあると思っている。どんなに下らない事に対してもサスペンスは必要だ。手に汗握るハラハラ感の末に勝ち取った勝利にこそ”意味”があり、”意義”がある。」
確かに。例えば、朝目覚めてから行き付けの喫茶店へ行くその道すがらにさえ迸るサスペンスを孕んだ人生なんてかなり楽しそうだ。
ま、そんな事を思えるのも毎日が夏休みな、やる気のない自由業民族だからかも知れないが。
「じゃあ負けた方は『眉毛を片方剃る』なんてどうだ?ジョジョリオンのクワガタムシ対決を彷彿とさせる良い罰ゲームじゃないか?」
「いや、流石に丸パクリってどうよ。」
「うむ……ならアリシアには何か案があるか?」
「じゃ、じゃあ───負けた方がこの”ハイビスカス・ローズヒップ”を飲み干す……なんてどう?」
私はテーブルに寂しげに鎮座する、ティーカップ満杯の冷めたハイビスカス・ローズヒップを見つめながら言った。
「な、なるほど。」
「でも、どっちかと言うとご褒美のような気もする?」
「いや……俺は丁度いい”罰ゲーム”だと思うぞ。」
風に漂うハイビスカス・ローズヒップの饐えた香りが場に一種の緊迫感を生んだ。
口一杯の酸味はどちらの手に渡るか……ッ!
口に禁ずるあの香りは一体どちらの手に……ッ!
そうして世にも奇妙奇天烈な『恋バナ対決』は幕を開けた───。
ジョ◯ョの奇妙な◯険(異世界ver.)
皆んなは何部が好き?
アリシア→8部
ジスクール→8部
ユニオル→4部
ジュリエル→7部
王女→7部
佐々木→2部




