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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
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48話 暗闇の世界(ザ・フィールド)!?

 王城へ続く大通りの更にド真ん中。私達は7日振りに視線を交えた。

 その異様な容貌にまずあったのが”恐怖”。

 一時ひとときの心の平穏が音を立てて崩れ去るのを感じる。


 堂々と私の前に現れたって事は右の首は復活しているのだろうか。

 どちらにせよ、チーズ・ヴァーガーは確実に私を始末出来るから現れたんだ。

 直感的に、今夜どちらかが『負ける』のだろう。

 

『さっきの本の事だけど、チーズ・ヴァーガーの力の本質は未来予測なんだと思う。ただ見える未来が自分本位だってだけ。まるで自分が世界の中心であるかの様に。』


 語りかける”少女”の言葉が私の鼓動を加速させる。

 そんな事分かってるって。


『いいや。”勝つ”のはアリナちゃんの方だって事だよ。』

「え……?」

『アリナちゃんの時を止める能力。本当に不思議な力だけど、解釈を変えればそれは自分だけの時を創っているって事。未来は未来であって現在じゃないんだ。つまり、アリナちゃんだけに許されたその時間は……』


 右の首の影響を受けない……?




『アリナちゃんの方が強い!勝つのは、アリナちゃんの方だ!』


 それはまるで、定められた運命の様で。───


 絶対に、ぶっ倒してやるッ!

 方法はシンプルだ。ただ接近し、時を止め、このナイフで刺し貫くだけ!

 息の根を止めてやるッ!私が!


 私は通行人達の流れのままに一歩を踏み出す。確かな殺意をって。

 そして、私に合わせた様に一歩後退さるチーズ・ヴァーガー。

 奴は私が接近する程に通行人を縫って私との距離感を一定に保つ。


 きっと逃げる訳ではないのだろう。

 奴の瞳は既に勝利している。

 チーズ・ヴァーガーもここで、この場所で私を始末する気だ。



 自分に都合の良い未来だとか、何かを”待っている”とか。

 いいや、そう言うのはもうさせない!


『距離を詰めろ!一気に!幾ら策を弄しても時を止められるアドバンテージには敵わない!』


 私が地を蹴ったその瞬間、チーズ・ヴァーガーが距離を離すその直前。

 刹那を闇が硬直させる。

 停止した私だけの時間。



 だが、そこで初めて、私が”追い詰められていた”事実が浮き彫りとなった。

 チーズ・ヴァーガーがこの場所で私を待っていたのは既に仕組まれた罠だったのだ。

 夕方から夜に掛けてのこの時間帯、王都の大通りは一日で一番の賑わいを見せる。

 当然の事として、人が一番多いのだ。

 

 チーズ・ヴァーガーは……何処に居るんだ?


 視界が闇に阻まれようと、対象の位置を覚えていれば問題は無かった。

 だが、一定の距離内に多くの人が居る場合、それは大きく確実性を欠く。


 まずい… 残り5秒…


 チーズ・ヴァーガーが居ただろう位置に手を伸ばせばそこに人影がある。

 そして『もう少し左だろうか』と、手を動かせばまたそこにも人影がある。

 刺すか、刺さないのか。

 チーズ・ヴァーガーを確実に倒せる状況が今ここにある。

 刺すか、刺さないのか。

 

 残り1秒……




 苦悶の果てに闇が晴れる。



「うあああ─────ッッッ!!!」


 頭上から男の悲鳴が降り注いだ。

 だが、声帯がチーズ・ヴァーガーのと違うッ!

 顔も一つしかないッ!無関係の一般人だ!

 確実にチーズ・ヴァーガーを倒せる状況の中で、私の手は動いてしまった。

 

 焦りはつのる。

 だからと言って、最優先はチーズ・ヴァーガーだ。

 そもそもチーズ・ヴァーガーは何処にッ……

 そんな私の、血に染まった右腕を背後の何者かが握る。

 

「アリナ・バァラクーダ。今のは君が自発的にヤった行いだ。」

「ッ!?」

 

 それは脳に焼き付いたチーズ・ヴァーガーのささやきだった。

 

「君がただ、土壇場で刺し殺す対象を間違えただけの事だ。それを私の創った都合の良い未来だとか、そんな不当ないわれはやめてくれよ?」


 鼓動が加速度的に、そして如実に私の恐怖心の上昇を現した。

 私に首を刺された男は地面を這い、悲痛な悲鳴もかすれながら逃げて行く。

 当然、周囲の視線は私達に集中した。


 なんだ、これは。

 まただ。私がその男を刺し殺そうとした様に……

 いや、今回こそ言い逃れは出来ないんだけど。

 そして。

 突然男の首をナイフで刺した私と、その私の、よりにもよってナイフを持つ手を咄嗟に掴んだチーズ・ヴァーガー。

 絵面だけ見れば、チーズ・ヴァーガーはまるで狂人を押さえつける善人。

 法に当てはめてもそれは紛れも無く善人の行い。


「君がヴァナナ・ミルクを退ける事は知っていたよ。だが意味のある過程だった。おおよそだが、君には”時を静止”させる力がある。方法や論理は分からないがね。」


 ───ッ!?

 何故だ。どうしてチーズ・ヴァーガーがそんな結論に辿り着ける!?

 奴にとって、まだ私の能力は謎である筈なのに!?


「もし能力の正体が”瞬間移動”とかだったのなら、今の一撃を私が受けていた筈だからな。君は暗闇で私と一般人との区別がつかなかったんだ。」


 こ、こいつ……

 どうしてだ!?静止した世界が暗闇に覆われている事を知っている!!!

 

「ヴァナナ・ミルクを差し向けた事には二つの意味がある。一つは君の能力の謎を探る事。そして二つ目はあの場で傷害事件を発生させる事。どうだね?今日一日の中でこの近辺で二件の傷害事件が発生した。二つ共犯人の特徴は一致している。もし私がこの手を掴んだまま、君を衛兵に差し出せば……衛兵は私に感謝し君の身柄を拘束するだろう。私が首を二つ持った不気味な風貌であっても、そんな事とは関係無くね。」


 完全にチーズ・ヴァーガーが上手だった。

 それだけの事なのだろう。

 チーズ・ヴァーガーには何故か私の能力に対し正確な推論を立てる事が出来た。

 そして、私は筋書き通りこの大通りへ”追い詰められ”、じきに衛兵達がここへ来るのだろう。


『奴がどうして、静止した世界が暗闇である事を推測出来たのか、私はそれが分かる。』

(……!?)

『いい、これはもし、これから貴女の覚悟が道を切り開いたとしても、絶対他の誰にも言っちゃイケない事。』


 ”少女”は重々しい口調で私に厳重に釘を刺した。

 何か、私の知らない所で世界に何が起きているのだろう。

 少なくとも、この”少女”とチーズ・ヴァーガーはそれを知っていて、私だけが知らない様な……

 

『それは、世界に”光”があるから。』

(光?)

『そう。世界には昼があり、夜がある。昼が明るいのは”太陽”と呼ばれる天体から降り注ぐ”光”がこの世界を照らしているからなの。そして、時が止まれば降り注ぐ光の動きも停止する。だから夜の僅かな光さえ消えて世界は暗闇に閉ざされた様に見える。』


 何を言っているの?

 今なにを説明したんだ!?

 

『私はただそんな事実を知っているだけ。貴女がどうして時を止められるのかも、チーズ・ヴァーガーが何故その事を知っているかも分からない。もう私にはチーズ・ヴァーガーが何者なのか…… もしかしたら、チーズ・ヴァーガーは私が思っていたよりも遥かに邪悪に、計り知れない存在なのかも。』


 分かるのは、チーズ・ヴァーガーは全てを利用し私を完璧に追い詰めたって事。

 大通りのずっと向こうから衛兵達が寄って来る。

 

「私は今ここで君を絞め殺そうとはこれっぽっちも考えていないぞ?痕跡が残るから魔法だって使わない。弱っているからだ。今の私には君を殺せる程の未来を創り出す事は出来ない。だが、私の能力とは無関係に君が衛兵から追われる身であったなら、それを助長する事なら出来る。切っ掛けさえあればね。さっきの男の叫び声がまたしても衛兵達を引き寄せるぞ?」


 計画的……

 もし衛兵に拘束されたらどうなるだろう。

 時を止めれば逃げる事は出来る。だが、それは結局のところ徒労だ。

 私を取り巻く状況をより深刻化させるだけの事。

 それに、さっき教会から逃げる時、既に時を止めて逃げる所を衛兵に見られている。

 もはや、どうしようもなく追い詰められている。

 そして、衛兵から逃れる事に必死になれば、その間にチーズ・ヴァーガーが右の首を復活させる。


 私達はとっくに法を超越した存在だったんだ。

 法と言う視点で見れば、チーズ・ヴァーガーは私に何もしていない。

 チーズ・ヴァーガーを法で裁く事は出来ない……


 

 やる事は始めから何も変わってはいない。

 それなら、二件の傷害事件に後一件の殺人事件を加えてやる。

 私に害を及ぼすものは法の裁きだけだ。

 それは、なんて素晴らしい未来だろうか。




「止まれ!時よ─────ッッッ!!!」

 

 叫びは、”後悔”だった。

 この力でリリアを救えた筈だと言う後悔。

 ただ、もっと一緒に居たかった。

 もう、私だけの”時間”なんて要らないのに……

 

 リリアと会って、ずっと忘れていた大切な何かに触れた気がした

 でも、それが何なのか知る前に、それは唐突に終わりを告げ……

 後に残ったのはその何かを追い求めたい衝動だけ。


 リリアの真実に辿り着こうとする意思に、大切な何かが見えた。

 私の中の、私では無い部分……とでも言うべきものがそれを無性に追い求めている。

 ふとそう考えた時、私はそれと似た存在が私の中にある事に気が付いた。

 

 そう、私にそんな事を思わせるのは、あなただったのね。

 

『………。』


 そして、静止した闇が覆った。───

現在公開可能な情報


暗闇の世界


最大で10秒間程展開される光の動きさえも停止した世界。

その中ではアリナちゃんの生命活動のみが行われ、他の何者でさえ動くことを許されない。

アリナちゃんの持つその能力を、自身は『時を止めている』と認識しているが、実際はより複雑である。

そもそも、地球の科学で言うなら、光が停止しているなら呼吸に必要な空気さえも停止している筈だ。


より正確には、アリナちゃんの生命活動に最低限必要なものだけに”時”を与えていると言う解釈になるだろう。

その正体が何なのか、誰の意思であるか………それは未だアリナちゃんにとって最大の謎である。

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