47話 5年前、蝸牛の傍観!?
とある街のとある教会で、ある少女が血を流した。
そして、目前の男もまた首から血を流す───。
その一種異様な光景をさながら監視カメラの様に無機質に瞳に記録する存在があった。
建ち並ぶ邸宅の一つ、その庭木に鎮座する一匹の蝸牛。
それは、蝸牛の目に映った光景をその視点から綴ったものである。
◇ 蝸牛の傍観 ① ◇
少女と男が教会内で血を流し合う傍ら、少し離れた地点からその光景を観察する者が居た。
その”首を二つ”持つ男の存在を教会内の少女が知る由は無いが、しかし背後の邸宅にじっと男に視線を合わせる蝸牛が一匹。
男は目に映る光景を前に、何を考えているのだろう。
仲間かも知れない者が首を負っているにも関わらず、ただ、その瞳はまるで傍観する蝸牛の様に無機質である。
「キャ─────!!!」
ふいにそこを通りかかる婦人が甲高い絶叫を上げるが、それに対しても彼の無機質な瞳は変わらなかった。
ただ、『計画通り』だとでも言うように口元を緩ませるだけである。
そして、その顔の横、もう一つの顔はと言えば、青白く生気の無い表情で不気味に何かを呟いている様であった。
「......。」
一瞬、男は何かに気づいたように教会から数10m程度離れた街路に顔を向ける。
釣られて蝸牛もまた触手をひねるが、その目にはつい先程まで教会内に居たであろう少女の姿が映し出される。
何故そんな不可思議な事が起こるのか、それは蝸牛には関係の無い事柄である。
目の前のその男にとって、非常に重要な事柄であったとしても。
蝸牛はただ瞳に映りうる光景を傍観するだけである。
そして、二つの首を持つ男は通りの脇道へと姿を消して行った───。
◇ 蝸牛の傍観 ② ◇
何かとても恐ろしいモノを見たように顔を非常に引きつらせた婦人が街路を駆ける。
その姿を追う蝸牛がまた一匹。
「はぁ… はぁ…」
婦人は庭木の蝸牛の目前で息をつかせ、足を止めた。
「どうなされました?大丈夫ですか?」
すると、偶然そこに居た、いつも近辺の見回りをしている衛兵の男が婦人に声を掛ける。
「通りを二つ曲がった先に… はぁ… 廃教会があるじゃないですか!そこで! はぁ…」
「あの、一旦落ち着いて…… 何があったんですか?」
「お、落ち着いてなんてらんないよ!女の子が男の首を刺してたんだだよッ!ナイフでッ!」
婦人は声を荒らげ衛兵に対しまくし立てる。
よっぽど彼女にとって衝撃的な光景だったのだろう。
しかし人語を理解出来ない蝸牛にはまるで分からなかった。
「あんな10歳くらいの女の子が!あぁ恐ろしい!手に血の付いたナイフを持ってるの見たんだよ!」
「この先の教会ですね?犯人の特徴は?」
「特徴も何も今直ぐに教会に行けば分かるんだって!」
「で、では…」
「ねぇ!どこ行こうっての?あんたは私を守ってくれるんじゃないの?あんた衛兵でしょ!?」
理不尽な言いように衛兵は戸惑うが、やはり蝸牛には理解が出来ない。
すると、衛兵の男は立ち止まり、手から何やら魔法で液晶の様なものを展開する。
そして、それに向かい……
「アーヴァン・レッジ通り22番地、傷害事件発生。」
とだけ告げると、その液晶の向こうからは『了解』と、また男の声が聞こえる。
それだけの言葉を交わし、通信?は途切れた。
「もう一度聞きますが、犯人の特徴は?」
「はぁ… はぁ… 一瞬だったから正確じゃないかも知れないけどね?確か茶髪で、背はこれくらいで、顔はよく見えなかったわ。犯人の男の人!首を刺されてたのよ!あれじゃ死んじゃうんじゃないかしら……あぁ怖い怖い!」
息を切らした声で受け答える婦人に衛兵は真摯に頷く。
「分かりました。直ぐに仲間が来ますので安心して下さい。何かあっても私が守りますので。」
「あぁ安心するわぁ!あんな恐ろしいのあたし初めて見て……」
その情景にもはや飽きてすらいた蝸牛だったが、次の瞬間、婦人が『あ───!!!』と指を指して絶叫するものだから蝸牛は指差す方向へ触手を揺らす。
そこには、こちらに背を向けて走る一人の茶髪の少女の姿があった。
「あの子よ!絶対にあの子だわ!」
「え…!?今言っていた犯人がですか!?」
「そうよ!ほ、ほら走って行っちゃう!早く捕まえて!」
「い、いや、しかし…」
「何よ!早く捕まえなさいよ!あんた衛兵でしょ!?」
やはり身勝手極まりない言い分である。
つい今しがた自分が衛兵の男を引き止めた事を忘れたのだろうか。
衛兵はそう言われてしまった以上、しぶしぶ過ぎ去って行く少女の後を追った。
蝸牛はただ傍観する。
角の先へ消えた少女と衛兵がその後如何なる行く末を辿ったのか、それは蝸牛にとって取るに足らない事象であり、それについて夢想する事も無いのだろう。
そして、蝸牛はまた新たな情景を瞳に映し出す───。
◇ 蝸牛の傍観 ③ ◇
①、②から少し間を置き、日が落ちた頃。
教会のあるアーヴァン・レッジ通りを抜け、高く聳えた王城の下に栄える街並み。
露店と露店の隙間のジメジメとした空間にもまた、次第に強まる小雨を無機質に歓喜する一匹の蝸牛がいた。
行き交う人々はどこかで気付いているのだろう。
気付いていながら誰も触れようとはせず、楽しげなショッピングに勤しんでいた。
『邪魔だ』と言いたくともその触れ難いオーラは決して人を寄せ付けない。
人通りの一際多い大通りのド真ん中に立ち尽くす男が居た。
男は数分前からその場を動こうとはせず、そして何より”首を二つ”持つその風貌は不気味そのものである。
左の首(つまり普通の人の顔をした方の首)の目は前方の一人の少女をじっと見つめていた。
脇道から分厚い本を片手に姿を現した少女は、一頻り周囲を見渡し行き交う人々の内の一人───黒髪の歳の近そうな少女に本を手渡す。
黒髪の少女は困惑した表情を見せるが、茶髪の少女は無理矢理と言った風にそれを押し付け、他に何をする訳でも無く踵を返した。
そして視線を交える少女と二つの首を持つ男。
少女の瞳には、覚悟と尋常ならざる殺気に満ち満ちていた───。
蝸牛はただ傍観する。
彼らにとって二人の決着の光景も、そこに生えた少しの雑草の光景も皆等価値である。
蝸牛は何を思うでもなく視線を逸らし、露店を重力に抗い上り始める。
そこから見える曇天空の景色も、傍で行われる決戦も、全ては等価値であり全ては無意味な事柄であった。
しかし、ある少女にとっては何よりも重要な、命を、人生を賭けた夜だった。




