45話 ザ・クリエーション・ワールド(機械仕掛けの奇跡)➅!?
異世界歴1995年6月1日 16:30
その日は、雨が降っていた。
リリアと分かれたあの日以来、ずっと続く曇天の日々。
その雲は今日も雨を降らせていた。
「誰だろう......あの人。」
ワッちゃん達鬼の家族の持つ無尽蔵の魔力が周囲の人には不気味なオーラとして感知され無意識にここへ近づく意思を削ぐのか、普段、この教会(鬼の家)へ立ち向く人は殆ど居ないと。
その教会の入り口扉の傍に、男の影があった。
少し前に鬼の両親は教会を出ている。それが彼らの日課だ。
何処へ出向いているのか定かじゃないけど、毎日少しの間彼らは家を空けるのだ。
私にとってはそれがチャンス。
私には時を止める能力があるみたいだけど、私の目的は鬼を倒す事じゃなく”共闘”する事。
その為には鬼と交渉する時間が必要だ。
両親は人間を視界に入れただけで無意識に魔法を展開しちゃうから、私は予め両親の興味を引く手立てを持って両親の不在中に教会へ侵入し、先手を打つ必要があるのだ。
ワッちゃんとは色々な話をしたけど、肝心の両親との交渉に関しては今日まで失敗続き。
両親の激昂と同時に時を止めて教会から脱出を繰り返していた。
それというのも全て彼女の出す案が子供騙しなせいだ。
『私のせいなの!?』
...。
その男は、そんな私を待っているかの様だった。
扉の前にただ佇み、分厚い本を開いている。
何となく近寄り難かった。
そして、そう思いつつ時間は経過して行き。
10分が経ち、20分(体感)が経過しようとしていた。
これじゃ両親が帰ってきてしまう。
タイムリミットがいつかも分からない。既に5日無駄にしていて後が無い。今日と言う一日を無駄には出来ない。
でも人前で堂々と不法侵入する訳にも行かないしなぁ...
一階の窓には全て鍵が掛かっているのは前回までで確認済み。
ああ...どうしよ......
あ、そうだ。
時止めてその内に侵入すればいいんじゃん。
どうしてこんな簡単な事に今まで気が付かなかったんだろう。
やっぱまだ子供だな、私って。
そう気づくと私の身体は独りでに物陰から姿を現した。
ここから教会まで10...いや15mくらい。
時は最大で10秒程度止めていられる。ここからなら...
「時よ...止まれっ」
「......ッ」
目を閉じ、小さく呟き念じると視界が黒に染め上げられる。
この力を自覚してから、自由意志で時を操れてしまうようになった。
この力ならばリリアを救えたんだという強い後悔はあったけど、だからこそなんだ。
その後悔と執念がきっとチーズ・ヴァーガーを打ち倒すんだ。
闇を駆け進み、教会の扉(らしき物)と接触する。
手触りの感触からは教会の扉を想像出来るけど、暗闇故に見当違いの方向に進んでいても気づけない。
だが、左方に人の感触を発見すると、そこが目指していた方向だと確信出来た。
私は前方のそれを押し開き、時が始動すると共に男に気付かれないよう閉める。
そこで暗闇は晴れた。10秒で出来る事はそれまでである。
あの男の人、何だったんだろう。
あんな所に居たんじゃ、きっと、鬼の両親が帰ってきたら魔法で酷い目に遭うんだろうなぁ
変に両親の感情を刺激して交渉に支障を来さなければ良いけど(たぶん今日も失敗するんだけどさ)......
だが、瞬間、私の閉めた教会の扉が強烈に開け放たれる。
振り向いた私の瞳が一瞬映したモノは、何かを振り上げた黒い男の姿だった。
───「うああああああああ!!!」
気付けば訳も分からず悲鳴を上げ叫ぶ私。
肩が猛烈な熱を発した。いや、それは痛みなのだろうか。
そして、そこから連なる異物感。
そうか......何かが、刺さったんだ......
突如とした激痛に身体は激しく痙攣し、足は縺れ私は教会の床に倒れる。
あの男......やっぱり私を狙い、待っていた!
まずい...ッ!
時が止められない!一度時を止めたのなら、再停止まで少なくとも2、30秒間を置かなきゃイケない!
敵が居る!来てしまっている!
チーズ・ヴァーガーの仲間なのか!?
もう、”時間”が来てしまった!
「何を...したんだ......?」
血を流し倒れた私へ、男が静かに呟く。
逃げなきゃ... 逃げなきゃ...
時を止められなきゃ私はただの子供!大人の男なら簡単に殺せてしまう!
幸い傷は急所を外れているし、直接刺されたのではなく、投げられたナイフに当ってしまった為そんなに深くは刺さっていない。
13... 12... 11...
だが、床を這う私に敵は一向に殺戮の手を下さなかった。
背に回した手にはきっとナイフが握られているんだと思うけど、むしろその顔は、私への攻撃を躊躇っている様にさえ見える。
『あいつは瞬間移動したあなたを見ている。恐れているのよ!あいつは得体の知れないあなたの事を!』
そうか。まだ私に超能力があると匂わせられれば、残り約10秒!決して稼げない時間じゃない!
覚悟が、向ける視線を鋭利に研ぎ澄ます。
8... 7... 6...
ナイフを引き抜き、立ち上がる私に男は一瞬後退るが、ふと何か思い出した様に片手の本に目を向ける。
この状況で、私ではなくその本に書かれた内容の方が気になるのだろうか...
ハッタリだ。後数秒間...
何をすれば良いのかよく分からない。
きっとリリアならこう言うの上手くやれるんだろうなぁ。
ただ私に出来るのは、本へ視線を釘付ける敵に対し、強気に近づく事だけだった。
4... 3... 2...
「ッ!」
その時、敵は本から私へ意識を急転換させ、再び右手のナイフを私目掛け投げ掛ける。
そのコントロールは正確であり、私に死の直感を与えたが、しかしそれが引き金となり世界は静止した。
......間に合った。
私だけの、時間だ!
暗闇に手をかざすと、表皮に鋭利な感覚が奔る。
私...後ちょっとで死んでたのかな。最近そんなのばっかりだなぁ。
そのまま感覚をなぞり、ナイフの柄を取る。
そして、直進方向の何処かに静止する男へそれを振りかざし...
やはり、一瞬躊躇いがあった。
人に刃を向けるのなんて初めてだ。
でも刺さなければどうなる?再び30秒を耐え抜く事が出来るのか?
10秒あまりという時間的制約がその行いを無理矢理に論理で正当化する。
───。
「うッ!!!」
時の再始動と共に男は首を押さえ膝を付かせる。
人が硬いのか、単に私が弱いのか、ナイフは全然思い通りに刺さらなかった。
想像じゃもっとブスリと行くと思っていたんだけど...
けど、傷を与えたのは首だ!深く刺さらなかったとしても身体に深刻なダメージがある筈!
これなら、私でも比較的安全に再停止までの約30秒間をやり過ごせるかも知れない。
例えば、私に近づこうとする敵に一定の距離間を保ちながら逃げて30秒毎に時を止め、このナイフで一発ずつ確実にダメージを与えて行く。
思い通りに刺さらなくとも、それでも二度か三度で決着は付く。
均衡が崩れない限り、私の勝ちだッ!───
現在公開可能な情報
予言書
ヴァナナ・ミルクが携える分厚い本の正体。
10秒毎に対象の未来(運命)を記すが、その内容は持ち主に都合の良い未来ではなく”本当の未来”という事実である。
その為、10秒後に対象が持ち主を殺すという未来を記す場合もあり得るが、その未来を知った持ち主には未来を自らの行動で書き換える事が可能である。
無論、10秒後の対象の行動が分かるのなら、それに合わせた攻撃を仕掛け対象を確殺する事も可能である。
だが、ナイフを投げる等の遠隔攻撃の場合は持ち主の行動から対象に命中するまでに時間のズレが生じる為、その間に対象に悟られるリスクがある。
持ち主の未来(運命)から逸脱した行動に対しては、対象もまた行動次第で自分に攻撃が当たるという未来を回避する事が可能。
その為、5年後のアリシア戦に置いてヴァナナ・ミルクはナイフではなく刀剣を使用した。




