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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
43/75

43話 巣食うモノ ①!?

 ───首都の中心、王都。

 私はただ一つの手掛かりをもとに、顔山街角から河を下りそこへ行き着いた。

 そこはプロモセラ区や顔山街角とは全く異なった人々の華やかな活気に彩られていたが、一方、私の目前にそびえる教会からはそれとは似ても似つかぬ鳥肌の立つ異様な妖気が立ち込めていた。


 『ナルソシ・アスナイ』...それが今現在、どの様な活動を行っているのかは分からない。

 薄ぼんやりと、20年くらい前に大事件を引き起こした組織だと言う情報を聞いた気がするけど。

 この教会はその本支部であるらしい。

 王都へはリリアと別れたその日に着いたのだけど、この教会を探すのに一日掛かってしまった。

 

「だ、誰か......いませんか...?」


 あれ、誰も居ないの?こんなに大きな教会なのに。

 震える手で扉を押し開き、私はその教会へ一歩を踏み入れた。

 誰かが出てきてくれるだろうとばかり思っていたけど、誰も居ないのだから仕方がない。

 許可無く立ち入るなんて育ちを疑われてしまうけど、右の首がいつまた力を取り戻すか分からないんだ。

 時間は無い。手段は選んでいられない......ッ!


 内部は誰しもが”教会”と言われて思い描く様な構造だった。

 白を基調とした壁にステンドグラスが輝き、二列の長椅子の先に祭壇。

 左奥部に螺旋階段があり、祭壇上部の上階へと繋がっている。

 その先は教会関係者の宿舎だろうか。

 人気ひとけの無い一階から、私は上階への螺旋階段に足を掛けた。


「え、どういうこと?」


 上がり付いた上階、その光景は”教会”の内部と言う前提条件を踏まえると一種異様であった。

 それは人が住まう為の家であるかの構造であった。

 

「あの......本当に誰も居ませんか...?」


 私は再度、念の為に言った。

 どんな窮地に陥ろうと、私は出来る限り失礼な人にはなりたくなかった。

 

「......ぁ。」


 だが、すると家構造の更に扉の向こうから小さく何者かの声、あるいは物音が聞こえる。

 私はそれを気のせいだと決め、家構造の探索を始めた。


 この場所にもし本当に人が住み着いているのなら、きっとそれは産まれたばかりの子を持つ家族なのだろう。

 子供用の小さな遊具を始め、子育てに必要なのであろう雑多な用具に満ちている。

 

「...わ。.......ぁ。」

「...?」


 やはり何かが聞こえるような気もするが、しかし外の無関係な物音のようにも感じられる。

 きっとそうなのだろう。

 またしても私はそう納得し、周囲を見渡しながら一つの扉に手を掛けた。

 そして、開閉する。


 ───そこに、ソレはいた。瞬間に視線が交わった。


「わ!...わぁ!」

「...こんにちは。」


 赤ちゃん?

 私の侵入したその小さな部屋、そこには窓辺に置かれたゆりかごから顔を覗かす一人の”赤ちゃん”が居た。

 きっとあの育児用具群はこの子の為の物なのだろう。

 だとすれば、やはりここには人が住んでいる。この子の親が住んでいる筈だ。

 しかし...


「わっ......わぁ。」


 もし、いやそんな事は絶対にしないけど、もし私がこの子に”殺意を持って向かって行ったのなら”私は大変な目に(要は死んでしまう)だろう...

 視線は、私に何故だかそう直感させた。

 そして、その理由は恐らくコレだろう......


 パッと見では普通のかわいい女の子の赤ちゃんだけど、この子、頭部に二本小さいけど『角』がある。

 これだ。私の探していた存在ッ!

 この子は『鬼』だ。『子鬼』なんだ。


「か、勝手に入ってきてごめんね。...ねぇ、名前は何て言うの?」

「うぅ...わぁ。」

「うん。うん。そっか。」


 どうやらまだ会話をするには早い年齢らしい。

 まだ0歳~1歳と言ったところだろう。


「わっあ!」

「うん、じゃあワッちゃんって呼ぶね?」

「う。わぁ...」


 それは犬を『ワンちゃん』と呼ぶのと同じ感覚だった、と思う。


「あ、そ...ぼ?」

「え?『遊ぼ』って言った?」

「う。」

「えーと...」


 困ったなぁ。赤ちゃんをあやすなんてやった事ないし。

 今の私にはこの子が必要だ。出来るならこの子と一緒に遊んであげたい。

 でも。


「あのねワッちゃん...」 


 その瞬間、脳裏をよぎったのはいつも私を助けてくれた、私が助けを求めたお姉ちゃんの姿だった。

 今は見る影もない頼れるお姉ちゃんの背中。

 幼い頃からお姉ちゃんに助けられて来た私は、きっと何処かでお姉ちゃんに頼り切っていたんだ。

 そしてそれは、お姉ちゃんが”あんな”になってしまった今でも少しだけ残っていて...


「髪の毛がね、金色で、背が小さいお姉さんがいるんだけどね?その人がきっといつか遊んでくれるよ。」


 でも、だからって何言ってるんだろう私。

 バカなんじゃないのかな。


「うぅ。分ぁった。」

「偉いね、ワッちゃんは。」


 さてと。

 取り敢えず”鬼”は見つかった。

 都市伝説とも言える”鬼”の存在がこんなにも近くにあって、こんなにも呆気なく見つかるなんて驚きだけど。

 産まれたばかりだというのに......既にこのオーラ。

 やっぱり、”鬼”は現状でたった一つチーズ・ヴァーガーを倒し得る可能性なんだ。

 となれば、私の考えるべき事は、いかにして”鬼”にチーズ・ヴァーガーへの敵対心(もしくはチーズ・ヴァーガーを倒すメリット)を創り、チーズ・ヴァーガーに出会わせるか、という事だ。


 私は部屋にあった特に特徴な無い椅子に腰掛け、大袈裟に考えるポーズを取った。

 形から入ると言うのは案外肝心だ。

 そうする事で精神が”考える”という方向に無意識にシフトするのだ。

 と、リリアが得意気に語っていたのを思い出した。

 そして、体感では半日程が経過し、ワッちゃんの視線が次第に痛く突き刺さり始めた頃。


 ガチャ


 と、部屋の扉がふいに音を立てる───。

 

 

「貴様...ッ!また性懲りも無くッ!!!」

「今日も娘をたぶらかしに来たのね!?」

「昨日まではゴキブリを払い除ける感覚だったがもう我慢しておれんッ!」


 背後、雑言が私を容赦なく刺し貫いた。

 ワッちゃんの親が帰って来たんだ。あれ、でも何か怒ってる?


「今日という今日は二度とここへ近づけんようにしてやるッ!!!」

「マッマ、パッパ...?」


 振り返ると、そこには二人の大人の男と女の姿があった。

 二人共、頭にやはり角が生えており、そして何故だか二人共ものすごい形相だ。

 頭が回らなくて、言っている事が理解出来ないけど。


『ね、ねぇ...『今日も』って、まさか...ッ!?』


 その時、私の中の”少女”が鬼の親の言葉を理解したのか、何かに怯えたかの表情を見せた。(表情を見る事は出来ないけど)

 そして瞬間、私は思い出す。

 そうだ、私、不法侵入してたんだった......


 その罪悪感と鬼の親の怒りに歪んだ表情がリンクし、私の中で瞬時に『これから怒られる』という恐怖心が湧き出し、同時に私の視界は黒く黒く塗りつぶされた。

 しかし、その恐怖心の裏には全く別の、言語化には早すぎる恐怖が隠れていたようにも感じた...


『もしかしたら、私達、今かなりヤバいかも知れない。い、今直ぐこの部屋...いや、この教会から逃げて!』

(え、逃げるって......でもどうやって?)

『ワッちゃんのそばに窓があった筈!早く!』

(そんなこと言われても、ここ二階だよ?)

 

 私は渋々、暗闇の中ワッちゃんが居たであろう方向に手を伸ばし、手探てさぐりでその窓の鍵を外し開け放つ。

 この”少女”は何にそこまで怯えているのだろう。

 確かに怒られたくはないけど、私はこれから鬼達と協力関係を結ばなければならない。

 なら、ここで逃げ出すのは誠実さに欠けるダメな行為だと思うんだけど...


 だが、とは思いつつも私は窓へ足を掛ける。

 これは直感だ。今直ぐここを離れた方が良い。

 ”少女”がこれだけ恐怖しているんだ、理由は分からないけど。


 飛び降りる恐怖はあった。

 でも、安全な時間がいつまで続くか分からない。

 経験から、この暗闇は長時間展開されるものではない。

 私は”少女”の意思に押されるように窓から飛んだ。

 暗闇によって景色が見えない事が幸いし、飛ぶことに対しあまり躊躇ためらいは必要としなかった。

 


 ───幼い身体に容赦無く叩き付けられる衝撃。

 もちろん私は涙を流していた。物凄く痛い。

 でも行かなくちゃ。取り敢えず、今はこの場所から距離を......


「お、おい消えたぞ!?」

「どこへ行ったの!?」


 そんな声が開け放たれた窓から小さく聞こえた。


(...どうしよう。)

『とりあえず誰か人を探して。そして...』


 この”少女”の思っている事は言葉にされなくとも何となく分かっていた。

 私は少しの間うずくまったのち、駆け出した......が、やっぱり足が痛いので歩く事にした。


 首都、そこでは視界に人が居ない事の方が珍しいけど、何故だかこの教会の周囲には人の気配がしない。

 きっと、皆どこかでこの教会の異様な妖気にすくんでいるのだろう。

 でも、通りを二、三回曲がればすぐに通行人の姿はよみがえった。


「あの!」


 発見した男の後ろ姿。

 普通の優しそうな風貌。

 私は足取りを早める。


「あ、あの!」

「ん?どうした...怪我、したのかい?」

「あ、大丈夫です。あの、今日の日付って...」

「今日?今日は...『5月30日』だけど。」


 5月30日......


「はぁ、はぁ... あ、ありがとうございました。」

「あの、本当に大丈夫?」

「あ、はい...」


 私はその男の人と別れ、力無く路肩に腰を下ろす。


(ありがとう、あなたの洞察力に救われた。)

『やっぱり...』


 5月30日。

 その日付は、私がリリアと分かれた『5月25日』から既に5日経過したものだった。

 つまり、私はリリアと分かれた次の日、そしてその次の日、更に次の日、更にその次の日にも今日と同じ様にあの教会へ訪れていたのだ。

 もちろん、私にそんな記憶は無かったが───。

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