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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
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42話 断末魔!?

 かすむ視界からアリナちゃんの影が遠のいてゆく。

 大丈夫だ、あれならきっと逃げ切れる。


 低い岩の上に一人たたずむ私。

 そこへ忍び寄る一つの黒影。

 もう一歩も動けはしない。情けなく這い回ったってしょうがない。

 


「...うん?アリナちゃんは......逃げてしまったのか。まあいい。」


 3年前の決着はアリナちゃんへ預けた。

 私に残された役目は、せいぜい足止め程度だろうか。


「私は追い詰められたが、その点に関して彼女の功績など塵芥ちりあくたにも等しいのだからなあ。」


 かすめた喉から捻出したかすれ気味の声。

 全身に火傷、負傷痕を隠せずにいるのに、しかし奴の声は未だ自信に満ち溢れていた。

 当然と言えば当然だ。

 相対するのは全てを使い果たした私なのだから。


「追い詰められる、と言えば、君は確か3年前にも私に同じ屈辱を与えた事があったな。さながら鬼の形相で私をボコボコに殴り倒してくれた事が。」

「フッ、フフフ......」


 ふいに、私の口から嘲笑ともとれる笑みが漏れ出る。

 あざわらい、お前なんて大した奴じゃない、とでも言う様な。


「フフ、フハハハ......」

「...貴様の精神力は何なのだ?その目、命などとうに捨てた顔だ。13の小娘には到底出来る筈の無い事だ。少なくとも私には出来ないな。」


 そう捉えられるとなかなか快い。既に目元を腫らしていて不格好だと言うのに。

 そうしていると、少しでも自分が誇り高く思えるから、それだけなんだ。


 物語を読んでいる時とか、いつも思っていた。

 死の間際に感情を剥き出して吠え立てる奴ほど情けないって。

 アリナちゃんを庇って負傷して、アリナちゃんに全てを託して自分は......なーんて、かっこいい死に方が出来るんだ。

 せめて最期まで誇り高くありたいものだ。


「だがね、いくら笑っていられる気概があっても君はこれから死ぬよ?私に殺されるんだ。」

「知ってるよ。」

「それに言っただろう。私の求める完全世界『イマヌエル・カント』......そこへは私の如何なる因縁をも持ち込む事は許されないのだ。だから...」

「ッ!」


 その一瞬、チーズ・ヴァーガーの右拳がひどく並外れて見えた。

 それもそうだ、勢いを持って私に近づいたのだから。

 そして次に、私の頬へ鮮血を帯びた衝撃が走る。

 殴られた反動で私は岩の上に身体を仰向けにした。


「私は無敵となった。そして、無敵であるからこそ、こういう小さな幸福やスッキリ感に目を向けていかなくてはいけないと思うんだ。」

「......小さいな、お前は。」


 それでも私は精一杯の強がりを吐く。

 奴がピンポイントで嫌がる事柄を知らず、言ってやれないのが、私にしてみれば何とも悔しかった。


「君には一度、私と同じ目に遭ってから死んで貰うよ。殴られ、全身を焼け焦がされ、再び殴られ、喉を裂かれ、そうして徐々に私の前で死んで行くんだ。アリナちゃんはその次だ。」


 しかし、私は今、確かに人生のどんな瞬間よりも人生を嘆き、報復と未来を祈った。

 衝撃が、未だに靄のかかっていたものを現実としていく。

 アリナちゃんもメイルも大好き。

 でも、どんな人も結局は自分が一番大切なんだ......


 ───その時、自分の中で何かが繋がった気がした。

 いや、”接続された”と言うべきか。

 自分の中の深い絶望と、他の誰かの同じ深い絶望と哀しみが。

 リンクしていく。

 全く知らない『誰か』。でも、とてもよく知っている『誰か』。


 私の中に入ってくる『誰か』。

 お前は、誰だ?



 奴が再び拳を振り上げる。

 そして、それをまた私の頬の同じ場所へ。 

 大人に殴られるッ!今度は歯が折れてしまうかも知れない......


「ッ!」

「な、なに...」


 咄嗟に私の腕が動いていた。痛みから逃れる為に。

 防いでもあまり意味は無いし、誇り高い行動にも見えないからやりたくはなかったんだけど。

 それでも、意思を介さず反射的に私の腕がチーズ・ヴァーガーの差し向けた拳を捕らえていた。

 強い力を込めて......いや、握り潰す程の力で奴の前腕を握った。


 しかし、瞬間気がつく。

 私の腕は右腕左腕ともに全く動いていないのだ。

 つまり、チーズ・ヴァーガーの拳を防いだ『腕』は私の『第三の腕』とでも言うべきものだったのだ。


「こ、これはっ......」


 これはどう言う事なんだ?分からない。

 私の胸部分から突如生えてきた。

 それに......物凄い力だ!

 掴んだ部分が瞬時に血流を止め青黒く変色して行く。

 何か砕ける音まで微弱だが聞こえてくる。


「なんて......ヒドイことをするんだ──────ッ!!!この私にぃ!」


 だが、込み上げて来るのは後悔だった。

 これだけの力。

 この腕の生えたあの一瞬、少しコントロールが狂ってさえいれば、奴の首を絞め殺せたかも知れないのにッ!


 いや、だからどうだと言うんだ。

 現実はそうはならなかった。

 笑え、リリア・エグソディアよ。

 ”してやった感”を演出するんだ。


「フハハハ!フハハハハハハ......」

「ぬ、ぬァァァ......ッ!!!」

 

 強烈な力でチーズ・ヴァーガーの前腕を絞める『第三の腕』。

 そこからは次第に血が流れ出し、砕く音は一層強まる。

 奴にそれを振りほどくすべは無かった。


 何かに共鳴し、何らかの因果により生えた『第三の腕』。

 それについて興味はある。

 でも、それについて調べたりする事は私にはもう叶わないだろう。

 アリナちゃんに私の人生の意味を託した。だからそれはもういい。

 もう打つ手は無い。だから笑ってやるんだ。

 奴の瞳に誇り高きリリア・エグソディアを焼き付けてやる為に。


「フハハハハハハ......!」

「貴様なんぞにィィィ───────ッ!!!」


 奴の額に黒く深くしわが寄り、私のもとに凄まじい”気”が押し寄せた。

 魔法展開直前の魔力の流れ。

 次の瞬間、一際ひときわ鮮血を帯びた衝撃が駆け抜け、そして、私の全てが止まった───。

現在公開可能な情報


完全世界 (イマヌエル・カント)


右の首の力を用いて、描いた完全世界へと到達したチーズ・ヴァーガー。

だが、まもなくして彼は予測不能の不慮の事故により記憶の断片を失ってしまう。

それは右の首の事、幾つもの闘争、そして......これから訪れる未来に関する記憶。


目を覚ましたチーズ・ヴァーガーの身には天文学的とも言える幸運の数々が目まぐるしく降り掛かった。

彼の進む如何なる道の先にも幸運が待ち、何歳も歳下の妻を手にした。

彼の知りたいと願った真実が望むままに見えた。

彼は訪れる幾千万もの幸運にいつしか醜悪なる心を忘れた。

それらを形造るのは、人々の行いの全てが巡り巡って彼の為に作用する因果だろう。

その作為にまみれた一つの因果こそが、記憶を失う前にチーズ・ヴァーガーの完成させた”完全世界”である。

それはなんと自己中心的で、なんと素晴らしい世界だろうか。

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