39話 顔山街角・大火災!?
「それで、林に入って何をするの?」
「火を......つけるんだよ。この林に。」
あー、言ってしまった。
こんなヒドイ事言っちゃって...わたしの評価ダダ下がりだよぉ。
自然を燃やして、あわよくば焼き殺そうだなんて。
「火?...ふーん......」
しかし、言ったそばからわたしはトンデモナイ事に気づいてしまった。
「あ!?」
「ど、どうしたの!?」
「火ってどうやって点けるの...?」
当然、マッチやその他火付け具は持っていない。
その上でそもそも今は小雨が降っている。
やってしまった。命懸けのこの局面で気が動転してしまった...
やっぱりわたしって駄目だ。いつも、一人じゃ何も...
「もぉ、そんなこと!?そんなの私が何とかするから!!!」
「でも...」
「この林に火を点けるって言うのは結構いい手だと思う。時間稼ぎにしかならなくても、たぶん奴の能力に関する謎が幾つか解ける。いい?火は私が魔法で点ける!この程度の雨、火がつきさえすれば火の火力の方がきっと強いよ。」
リリアぁ...
わたしはただ、そのあまりに男前なセリフに感激することしか出来なかった。
今の天気は”雨”と言うよりどちらかと言うと”霧”に近い。これなら雑木林を燃やせるだけの火力を凌ぐことは出来ないだろう。
一体チーズ・ヴァーガーの能力の何処に謎があるのか、わたしには分からないけど、この雑木林を燃やすと利点が多いと言う事だけを取り敢えず理解した。
「でも木の表面が濡れてると火がつきにくい......だからアリナちゃんは少しで良いから火を点ける木の表面に傷をつけて欲しいの!早く!奴が来ちゃう!」
確かに、木々の隙間から先程までわたしにナイフを押し当てた体制のまま一時硬直していたチーズ・ヴァーガーがこちら向かって来ているのが見える。
時間は無い。未来を創られる。
わたしは目を閉じ、強く念じた。
木の内部を露出させる斬撃のイメージ...
わたしにだって、少しくらい魔法が...
ピシッ!
次の瞬間、念が通じそんな音と共に目前の木にカッターで”シュッ”っとやった様な亀裂が走る。
「しょぼ。」
「『しょぼ』って言うなあぁ!」
「でもありがと!じゃあやるよ、伏せて!アリナちゃん!」
リリアはそう言い、自らもまた身体を地に伏せ(ややわたしを庇う様に)...そして目を閉じた。
すると、木のわたしが傷つけた部分を中心として烈々極まる閃熱が煌めく。
「ティラノ・サウルス!!!」
リリアは叫んだ。
魔法の名前だろうか。
そう言えばそんな名前の古生物?がいた気がする。
だが、その名と同時に爆音が轟き、着火剤となった木が瞬間的に猛火の塊と化した。
その炎は一本の木を焼いた後、けたたましく燃え広がり瞬く間に雑木林中にそれは広がる。
一帯から煙が吹き荒れ視界が遮られる。
チーズ・ヴァーガーの姿が見えない...
(これって、わたしが切り傷つけた意味ないんじゃ...)
「すごい、リリア...」
「持てる魔力、全部使っちゃったよ...もうカツカツ。」
「ねぇリリア、どうして古生物の名前を叫んだの?」
「どうして?...って、別に意味なんて無いけど。殴る時、叫びながら殴ると威力が上がるって言うでしょ?そんな感じ。」
何故だか、妙に合点のいく説明だった。
「じっとしててね?あと煙を吸わないように。」
「...うん。」
「これだけやっても多分チーズ・ヴァーガーは近づいて来る。いや、だからこそ近づいてくる。」
「どうして?」
「奴の目的は”完全”。私達の命は自らの手で、そして死んだところを確認したい筈だからだよ。煙のせいで視界が悪い...きっと奴は至近距離まで近づいて来るよ。」
確かに。チーズ・ヴァーガーの目的は完全、究極、綻びの無い支配......だからこそわたし達を襲っているのだ。
そこで詰めを甘くするとは考えにくい。
『それって全部同じ意味じゃないかしら...』
(うるさいっ!)
またもつまらない指摘だけして消えていくわたしの中の少女だった。
すると、リリアの言葉通り視界の先にチーズ・ヴァーガーの影が近づいた。
やっぱり、あいつ...剛胆と踏み込んで来た!
「アリナちゃん、あいつの能力は右の首があってこそ...そうだよね?」
「うん。そうだと思うけど...」
「あの右の首ってさ、”呼吸”してるのかな。」
「え?呼吸?」
煙たい視界の中、徐々に姿の見え始めたチーズ・ヴァーガー。
それをジッと見つめながらリリアは妙な疑問を投げかけた。
「してるん...じゃないかなぁ。」
「そう?そうなら良いんだけど。」
何だろう。リリアはなぜ急にそんな事を...?
突然投げかけられたその疑問はあまりに深遠で、わたしには到底理解が出来なかった。
呼吸...
呼吸...
呼吸...
「13歳にしては見事な火力だ。しかし、たかだか炎で私を打ち破る事なんて出来ないと、君なら分かっていると思ったんだがね。......少し熱いんじゃないのかね?君達の行為はだ、断末魔を更に絞め殺されるアヒルの鳴き声の様に!薄ら醜くするだけのものだ。」
猛る火炎を避けながら...いや、炎に避けられ登場したチーズ・ヴァーガー。
火災で最も恐れるべきは”炎”ではなく”煙”であると言う事はわたしでも知っている。
奴もまたわたしと同じ様に左手で自分の口元を覆ってはいたが...
「ハッ!まさか...」
奴は...右手で右の首の口元を覆ってはいなかったのだ。
呼吸...
「小娘、貴様さっき何をしたのだ!?全く未知なる現象だ。アレさえ無ければ、貴様は既に!この世に居ない筈だ!言え!何をしたのだッ!」
「ヒッ!」
「私にはあの時、貴様ら二人が”瞬間移動”した様に見えた。だが、リリア・エグソディアはそれに対応出来ず君に引き摺られていた......君だけが”瞬間移動”に対応出来ていたのだよ。」
こいつ、何を言っているの?
わたしはただ...あの時、閉ざされた視界の中で必死に足掻いていただけ。
でも世界が暗闇に包まれていた、だなんて言ってもそもそも暗闇の世界の存在をわたし以外は知らないのだから...
ん?
そこでやっと、わたしの中にある一つの当然の疑問が湧いた。
世界が闇に包まれている間、わたし以外の人は一体何をしているのだろうか...?
「言わないのならそれでも良い。ただ、それを踏まえた上で世界に君を殺させればイイのだからな。」
「チーズ・ヴァーガー...」
奴がわたしに二度目の死亡宣告をした時、リリアがふと声を上げる。
「燃え移ってるぞ。」
「ハッ!なにッ!?」
チーズ・ヴァーガーはきっと右の首の力で自分が炎に焼かれない未来を創り、わたし達の傍まで来たのだろう。
しかし今、チーズ・ヴァーガーの神父の様な服に火炎は燃え移っていた。
つまり、それの指す意味は...
「そう、やっぱり”呼吸”してたのね。その首。」
リリアの狙い。それは奴の右の首に火災から生じた煙を吸わせる事だったんだ。
リリアは自分の持つ全ての魔力を使ってまで、チーズ・ヴァーガーの右の首が”呼吸”している事に賭けた!
やっぱり、リリアは凄い!
予想外の事態に呆気にとられ、慌てて燃える服を叩くチーズ・ヴァーガー。
その姿からは先程までの邪悪なる覇気が薄れているように感じられた。
「よく立つのよねぇ......小雨の日ってやつは。」
「ぬ、何を...したのだ!?こ、こんな事が...私の右の首に...弱点はァ......」
勢いを増し続ける炎は次第にチーズ・ヴァーガーの身を包んで行く。
そして当然、それと同時に煙もまた激しく吹き荒れた。
それにはこの微妙な小雨も影響しているのだろうか。
と言うか、これって......
「これって...わたし達も呼吸が難しいんじゃ...」
室内じゃないのに、雑木林内に激しく籠もる煙。
こういう煙って、確か少しでも吸うと人体に悪影響が出るって...
そうでなくとも空気が熱くて辛いのに。
「大丈夫だよ、アリナちゃん。私達は”二人”いる。」
だが、その不安さえもリリアは微小な空気しか吸わずに出した少し震える声で解きほぐした。
リリアは手で口を覆いながら、一度大きく空気を吸い...
「いい?怖く...ないからね。」
「...?」
そして...
「...ッ!?」
そのまま、口を近づけ...わたしの唇に押し当てた。
どことなく濡れていて、柔らかい感触。
ほんのちょっぴりだけ甘い香り。
ファーストキス...だった.......。
わたしの中に熱くはない、リリアの生々しい吐息が流れ込んで来る。
小説とかでこういうシーンを見たことがあるけど、本当に呼吸が出来ていた。
わたしと、リリアの中の空気で......
そう言えば、どこかで吐いた息を吸っても少しなら呼吸が出来るというのを読んだことがある。
出来る限り二人で身体を縮こませていたけれど、炎に焼かれないかは賭けだった。
「ほうは!ひょうふひへひふへもふふは!(どうだ!両首でキスでもするか!)」
「ぐ、ぐああ...み、未来が...創れない!だとォ!?」
一人で未来の創造が出来ず図体のデカいチーズ・ヴァーガーと、わたし達との耐久戦。
恐らく勝つのはわたし達の方だ。
けど、勝った後はどうするんだろう。
この灼熱の檻からわたし達はどうやって脱出を...
そんな疑問が脳裏を過ったけど、今の状況でその疑問について考えられる程の精神力はわたしには無かった。
だって、キス...されているんだもん。
そんな風に考えちゃイケないんだけど。
「ぬぐ、ぬぅぅ......ぐああ───────!!!」
暫く耐えた後、遂にチーズ・ヴァーガーが最後の断末魔とも言える唸り声を上げた。
追い詰めた...
でも、無敵の力を持つあいつが本当に倒れてくれるだろうか......
ポツ... ポツ...
「...?」
その時、上空から重みのある雨粒が降った。
今降っているのは小雨な筈なのに...
ザアァァァ────────
「ッ!」
直ぐにそれは記録的な豪雨と変わる。
そう、この雑木林中に燃え広がる火炎すらも凌駕する程の。
一帯の炎と煙がそれに打たれ次第に勢いを弱める。
やっぱり、あのチーズ・ヴァーガーがそう簡単には倒れてくれない。
奴は最後の力でこの一帯に局地的なゲリラ豪雨を降らせたんだ。
でも、それで本当にチーズ・ヴァーガーは負けた。
たくさん煙を吸った右の首は再起不能か、最低でもしばらくは使えない筈。
そして、フラつく足元。
ふと、唇を離したリリアを見ると...その瞳は怪しい輝きを見せていた。
「まさか...全部計算ずくだったの!?」
チーズ・ヴァーガーの右の首が呼吸をしていて、そのせいでチーズ・ヴァーガーは能力を封じられて、耐久戦に持ち込んで、最後の足掻きで豪雨を降らせ逃げ道を確保する......その全てを計算した上で、リリアはあの木に火を......
「アリナちゃんのアイディアがあったからこそだよ!」
やっぱり、リリアは凄すぎる。
何故なんだろう、わたしと3つしか違わないのに...!
「耐えたかいがあった。行くよ、アリナちゃん!」
頭を抑え足元をフラつかせたチーズ・ヴァーガーを見つめ、立ち上がったリリアは力強く言う。
そして、地を蹴った。
わたしもそれに続く。
全ては───この瞬間の為!
「「今度は、お前が地に伏せる番だああ!!!」」
わたし達は同時にチーズ・ヴァーガーの間合いへ踏み込み、握った拳を奴の腹部に叩きつけた。
フラつくチーズ・ヴァーガーにはもはや、少女二人の攻撃にさえ耐える事は出来ない。
わたし達の同時攻撃を正面から受けたチーズ・ヴァーガーは、勢いを失いつつも沈下はせずに燃え続ける炎の中へ身を転ばせた───。
ティラノサウルス(異世界ver.)
遥か昔、人間を含む種族が栄えるずっと前。
異世界に生息していたとされる恐竜の一種。
地球でこそメジャーな恐竜であるが、異世界ではそもそも古生物学がそれ程盛んでは無い為、「ティラノサウルス」と言うのも一種の業界用語のようなものである。
また、異世界におけるティラノサウルスは未だ一部の骨格しか発見されておらず、詳細な生態は謎に包まれている。
(異世界の場合それは全ての古生物に言えることだが)
魔法の展開時パッとその名が出てきたのは博識なリリアだからこその芸当だろう。




