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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
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38話 仕組まれた偶然(クリエーション・ワールド)⑤!?

「ところで、先程から君の後ろに引っ付いているのは誰だ?」

「ヒッ!」


 その言葉と同時に、視界外のどこからかチーズ・ヴァーガーの四つの瞳がわたしへ向けらた感覚があった。

 背筋に鳥肌が走り、全身に冷や汗とも脂汗とも言えない妙な汗が吹くのが分かった。


「ん?君だよ、私は赤髪の君に言っているんだ。」


 だが、締め付けられる様な恐怖は手に触れた温かいモノの温もりによって和らぐ。

 リリアの手だ。

 リリアが咄嗟にわたしの手を握ってくれたんだ。


「アリナちゃんはお前とは無関係に知り合った友達だよッ!お前の目的とは何の関係も無いッ!」

「ふぅーん。アリナちゃん......ねぇ。」


 握る手に力を込め、リリアは姿の見えないチーズ・ヴァーガーに叫ぶ。

 その背中はあまりに男前で...


 いや、やっぱりわたしって駄目だ。

 あいつに立ち向かう勇気なんて無いのに、それなのにリリアに庇わせちゃってる!

 

「なら、彼女は私に仇なす存在ではないと。見逃してなんらデメリットの無い存在であると...」

「そうだよ!!!」

「んー、アリナちゃん......アリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃんアリナちゃん......ふぅん、『駄目』だね。」

 

 チーズ・ヴァーガーは何かを考えているように額に指を当て、一拍置いたのちにわたしへ死亡宣告を突きつけた。


「なんでだよ!無関係っつってんだろ!

「なんだ、随分と大切そうに庇うじゃないか。」

「だから!お前が私利私欲で無関係のアリナちゃんを巻き込むからだよ!」

「......知識を持ち、情に厚い...ん────君は実に尊い人間だ。」


 わたしも、何かしなくちゃ...

 わたしへの死亡宣告。そうだ、わたしにも抗わなくてはいけない理由が出来た。

 もう引くことは許されていない。

 わたしもリリアと、チーズ・ヴァーガーを追い詰めるんだ。

 姿が見えないチーズ・ヴァーガー...

周囲に利用出来そうなもの......砂利、土、泥、河、対岸の林。


 林...


「ごめんね、アリナちゃん。最初に私利私欲でアリナちゃんを巻き込んだのは私なのに......」

「リリア...」

「4日前、私がこの場所でアリナちゃんを...」

「リリア、わたしも立ち向かうよ。チーズ・ヴァーガーは今わたし達が打ち破らなきゃイケない。」


 チーズ・ヴァーガーの能力。それはわたしの解釈が正しければ確かに強すぎる。

 お姉ちゃんが考えたトンデモ能力くらい強大だ。

 強大過ぎて、たぶん人はチーズ・ヴァーガーの驚異を認識さえ出来ずに『世界征服』に巻き込まれて行ってしまう。

 何かの偶然で運命に絡め取られた人しかその存在を知らない。

 世界の裏側の存在。


 奴を食い止められるのはわたし達だけなんだ。

 わたしが逃げる事に成功しても、リリアがチーズ・ヴァーガーを倒せなければいずれわたしも奴の言う自己中心的な理想郷の一部になってしまう。



「君達は、先程から私は何処に居るのだろうか?と考えているんだろう。」

「ッ!」

「その答えを教えて上げるよ。」


 依然として姿の見えないチーズ・ヴァーガー。

 リリアと周囲を見渡しているのに、奴の声はわたし達の周りをしきりに動いているように聞こえた。

 そして、今の言葉は...丁度わたし達の真後ろから聞こえた。


「「ッ!?」」


 同時に振り向いたわたし達。

 そこにはいつの間に忍び寄ったチーズ・ヴァーガーの双顔が目と鼻の先に迫っていた。

 間近で感じるチーズ・ヴァーガーの異様な妖気、それはせっかくのわたしの決意を粉々に砕くに充分なものであり、その妖気に弾かれた様にわたし達はまたも同時に地面へ倒れた。


「私がこの世のなによりも信じられることはだ、私の右の首に不可能は無いという事だよ。私はずっと君達のすぐそばに居た。君達が私を見ていなかったんだ。クックック......君達は必死に私を探していたつもりだったかも知れないが、君達は私の居るただ一点を見ることが出来なかったのだ。そうなるように私が仕組んだのだからな。」


 なんなんだよ、その能力。

 本当に無敵。隙きなんて何処にも無い!

 

 そして、チーズ・ヴァーガーはすかさず、立ち上がろうとするわたしの首元にナイフを突き付けた。


「ヒッ!」

「アリナちゃん!!!」

「フハハハ...アリナちゃん、君の命はいま私の手にある。君はリリア・エグソディアの友達だ。それだけで始末する理由には充分なのだよ。さぁ......情に厚いリリア・エグソディアは君を助ける為に何をするだろうね?」


 わたしを嘲笑あざわらっている筈なのに、どこか空虚な声。

 徐々に首筋を貫き、血の滲み出すナイフ。

 死が隣り合わせに居る感じ......怖い。

 怖い。


「いや......ッ!」 


 ───その時、わたしの視界が再び暗闇に閉ざされた。

 何も見えないけれど、押し当てられたナイフの感触だけはある。

 でも、そこからは押し付ける”力”を感じられず『ただそこにある物がわたしに当たっている』って感じだった。


 だが、わたしにはそれらに注意を向けられる余裕は無く、ただこの状況から抜け出す為に藻掻もがいた。

 暗闇の中、ナイフを払い除けリリアの腕(と思われるもの)を掴み、立ち上がる。


「林は...多分こっち。」


 走り出して5秒後くらいに暗闇は晴れた。

 けど、さっきからリリアが一緒に走ってくれない。ただ、何かを引き摺る様な感覚だけがある。

 別の何かを掴んでしまった?いや、それは違う。

 視界が晴れたから分かる。わたしが掴んでいるのは確かにリリアの腕なのに...



「え、へ......?」

 

 リリアが素っ頓狂な声を上げた。


「何が...起こったんだ...」


 続けてチーズ・ヴァーガーまでもが戸惑いの声をあらわにした。

 

「今、瞬間移動が...ねぇ何なの!?アリナちゃん!」


 なに?何を言っているのリリア。

 『瞬間移動』って... 

 わたしは全然そんなこと。

 

「いや、いい。この話は後で!」


 リリアはわたしに引き摺られる姿勢を起こし言う。

 浅い川の中心。引き摺られていたリリアは右半身がビショビショになっていた。


「林に向かって走って!ちょっと思い付いたことがあるの。」

「分かった......!」

「早く!」 


 生命の危機を感じた断末魔の一瞬。

 わたしの脳内に一つの策が浮かんだ。とても卑劣な策が。

 ほんと...嫌んなる。


 何か分からないけど、チーズ・ヴァーガーが何かに驚いてほんのちょっとだけ隙きが出来た。

 やるしかない.........!


 わたし達は川面かわもに波紋を打ち付け、対岸へ疾走した───。

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