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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
37/75

37話 仕組まれた偶然(クリエーション・ワールド)④!?

 わたしは暗闇の世界の中、ただ微動だにせず立ち尽くしていた。

 姿をあらわにした『二つの首を持つ男』の放つ暴悪とも言える瘴気に、姿は見えずともすくむことしか出来ずにいた。 


 やがて、わたしの視界を奪う闇は晴れてゆき...

 再び、瞳は男の姿を映し出した───。



◇◇◇



「うん?......君はリリア・エグソディア。憶えているよ。」 


 酷く一本調子な声だった。

 男は扉から双顔を出すと、四つの瞳は始めにリリアへ向けられた。

 

「君とは3年と1ひとつき振りになるな。しかし、君の目はあの時と何も変わっていない。」

「アリナ...ちゃん...」


 3年前...

 それがきっと全ての始まりだったのだろう。

 わたしは3年前、リリアと『二つの首の男』の間に何が起こったのか、何も知らない。

 けれど、リリアの怯えと憎しみの溢れ返る様な瞳からそれの凄惨さは伺えた。

 そして、それだけの事を”奴”ならばいともたやすく行ってしまえるだろうと言う変な確信もあった。

 わたしの瞳も今、酷く怯えているんだと思う。


「そのわきまえの無い瞳...言っておくが、君が勝手に私を敵視しているだけなんだからな?これでは君の私への用と言うのもたかが知れているのかもなあ......例えば、私を殺すだとか私に報復するだとか、そんな程度の低い、安っぽい感情任せの用なんだろうなあ。」


 淡々としているのにこちらの思考は見透かせれているような声。

 咄嗟に身の危険を覚えるような、恐怖心を煽る声。 

 わたしはこの部屋から逃げ出したくてたまらなくなった。

 リリアは恐らくこの男に3年前の報復を望んでいる。

 でもわたしにはそれを手伝えない。リリアには恩を返さなきゃイケない。でも直感はそれに『無理』だと告げ返す。


「しかし君は確かまだ13歳。そう思えば真っ当な思考なのかも知れないがね。」 


 だが、同時に奴は絶対にこの世界から葬らなくてはいけない存在であると、そう告げる部分がわたしの中にある。

 とても恥ずかしいけど、わたしの正義の心とでも言う場所が...

 それでもわたしには奴に立ち向かう勇気なんて無いんだけど。


「だがこの3年間で気づきはしなかったのかね?若干13歳の君がこの私を打ち破る方法なんて何も無いんだと。」


 そして、それはリリアも同じだった。

 次の瞬間、リリアはわたしの腕を掴み...


「アリナちゃん!!!」

「ッ!」


 間近の窓を開け広げ、わたしを引き連れそこから身を投げた。

 外にはこれからのわたし達の行方の暗示であるかの様に、雨雲が小雨を降らせていた───。 





「あいつ、追ってくるかな...」

 

 リリアの部屋は宿舎の二階。

 ただでさえ、建物の二階から落ちたら痛いのに、追い打ちをかける様に窓の外は小さいが崖になっていた。

 顔山街角かおやまがいかくとはそもそも川沿いに造られた、崖を含む自然の凹凸を利用した建造物の目立つ非常に立体的で小さな街なのだ。


「......分からない。」


 そこは土や細かな砂利の広がる河原だった。

 そう、4日前わたしの埋まっていた河原。この土と砂利の中にわたしは居た。


「ねぇ、リリアはあいつと会って何をするつもりだったの...?」

「あいつと...3年前の決着を付ける。あいつを殺すんだよ、アリナちゃん。」

「...方法は、あるの?」


 殺しはイケない。それは分かっている。

 それでもわたしにリリアの意思を否定することは出来なかった。 

 あいつはこの世界に存在しちゃイケない人間だ。

 あいつに何かされた訳でも、言われた訳でも無い。

 3年前の出来事だって、わたしは知らない。

 だけど、それはあいつの姿を見た瞬間にどんな人でも確信出来てしまう事だった。


 でも、それは同時に... 


「無いんだよ。奴を殺す手段なんて私には。3年間、次に会ったら絶対殺してやるって思ってた。誰よりも多くの知識を得て、奴を絶対この世から葬り去ってやるって。でも今さっき3年振りに奴の姿を見たら、3年前と全く同じ様に立ち尽くしちゃった...」


 リリアはそう言った。

 しかし、人一人殺すというのはそんなに難しい話なのだろうか。

 あんまりこういう事って考えたくないけど、例えば闇討ちとか、寝込みを襲ったりとか、関係無い人を装ってすれ違いざまにブスリとか。


『それって全部闇討ちじゃないの?』

(変なとこでツッコミだけするのやめて。)


 わたしの中の”少女”はそうとだけ言うと、直ぐさま再びわたしの深層世界へ消えてしまった。


「だから、取り敢えず今は奴から逃げることを考えるの。」


 言いながらリリアは立ち上がった。

 だが、その姿は片側に重心が傾いており、どう見ても片足を庇って立っている様に感じられた。


「大丈夫なの?」

「ん?私なら大丈夫だけど...アリナちゃんこそ大丈夫?」

「うん。わたしも大丈夫だよ...」


 嘘だ。

 さっき窓から飛び降りてこの河原に落ちた時、右腕を下敷きにして倒れてしまった。

 そのせいか、右腕が言う事を聞かない。 

 それに視界も何だか白く照り付けていて、時折意識が揺らぐ。

 

「じゃあ...走るよ。」


 だが、そんな負傷よりもどんな事よりもわたしは早くこの場から逃げ去りたかった。

 まだあいつが近くに居る。そんな気がする。

 邪悪な気配。吐き気。


 わたしとリリアはその場から同時に駆け出した。

 絶対の悪から逃れる為に。

 それはとても不格好な疾走だったと思う。

 リリアは片足を庇い引きずりながら走り、わたしは痛みに耐え時折揺らぐ意識に踊らされながら。

 それでも人生で一番必死に、心臓を赤くして河原をわたし達は駆けた。



「奴の名前はチーズ・ヴァーガー。」


 そんな中、リリアは男についての情報をわたしに語り始める。


「右の首で自分の望んだ未来を予測して、その通りに世界が奴に仇なす存在を退けるのが奴の能力!」

「えっと...え?どう言うこと?」

「だから!奴を殺せない理由の話!奴が如何に最強かって事だよ!自分の望んだ様にあいつは未来を操れるの!」


 なんだか言いたい事が分かるような気はするけど、でもやっぱり何が言いたいのか分からなかった。

 やっぱりわたしって駄目だなぁ。

 

「もうちょっと分かりやすく説明してよ。」

「要は!チーズ・ヴァーガーは未来を自分で創っちゃうの!」

「そ、それってどのくらい先の未来?」

「それは...分かんないけど。」

 

 リリアがわたしの為に噛み砕いて説明したチーズ・ヴァーガーの能力。

 わたしの考えが合っていれば、それは途轍とてつも無く途方も無い力だ。

 確かに、殺す手段が3年考えて出て来ないのにも頷ける。

 

 て言うか、それって世界がチーズ・ヴァーガーの手に落ちるのも時間の問題なんじゃ......

 もしかしてたら、わたしは今、自分の思っているよりも巨大な歴史の分岐点に立たされているのだろうか。


「分かった?ね?最強でしょ?」

「...うん。確かにそうだね。」

「それで聞くけど、倒す方法...なんかある?」

「無いよ、そんなの。」


「でしょ...?どうすれば良いんだろうね...」


 疾走しながら、息を切らしながら、リリアは独り言の様に漏らした。 

 しかし何故だろう。

 いくら不格好な疾走と言っても、もうリリアの宿舎からはそれなりに距離を離した筈。

 それなのに、チーズ・ヴァーガーから感じたあのドス黒い気配が一向に消えない。




「私が君を追う理由は二つある。」


 その時、酷く淡々とした男の声が静寂しじまに響いた。

 

「ッ!」

「ッ!」


 一度聞けば脳にこびり付く。

 それは間違いなく、”チーズ・ヴァーガーの声”だった。

 わたし達は進む足を咄嗟に止めた。


「一つは3年前君の犯した粗相に対する心からの謝罪を聞く為。二つ目は君が私を殺意を持って追っているからだ。」

「アリナちゃん!」


 姿は見えない。がしかし、声だけが聞こえている。

 どこからか近づいてくる......いや、そうじゃない。既に居るんだ。

 少なくとも、半径10m以内の何処かに。


 周囲にあるのはわたし達の立つ砂利の地面と浅い河。

 崖、そして対岸に茂る木々。

 だが、木々に紛れていると考えるには声の距離が近すぎる。


「『支配者』や『世界征服』だとかに憧れて生きてきた訳ではないが、天は私にそれが出来る力を与えた。人は全てを凌駕する圧倒的な力を手にした時、何を望むと思う?...半端な力では叶う望みにも制約がある。だが完全な究極を手にした時、人の望みは『世界征服』に集約される。」


 やはり...

 リリアと周囲一帯を見回したが、何処にもチーズ・ヴァーガーの姿が無い。

 何故?隠れる場所なんて無いのに...!?


「全ての望みが思うがままに叶う世界。それは全人類の究極的な悲願だとは思わないか?」

「世界征服?バカじゃないの!?そんな世界、望みが叶う事の”有難み”が皆無じゃない!」


 リリアは周囲の景色から奴の姿をあぶり出す鷹の目をそのままに、チーズ・ヴァーガーの言葉を否定した。

 でも、本当にチーズ・ヴァーガーは何処に居るんだろう。

 明らかな危険思想を振りかざす者が周囲でわたし達を狙っているにも関わらず、その姿を視認出来ない恐怖。

 姿が見えないのだから抵抗のしようも無い。......追い詰められているんだ、わたし達は。


「世界征服とは何も全人類を奴隷と化する事だけを指すわけではない。この世の全てが私の為だけに動き続ける......それこそが世界征服というものだ。この違いが君に理解出来るのかね?......まぁ私にはひれ伏す人民達を見て一生涯いっしょうがい楽しめる自信もあるがね。」


 ザッ... ザッ...


「ッ!」  


 その時、何者かの足音と共にわたしは視界の端で足跡を確認した。

 恐らくチーズ・ヴァーガーのものだ。それは、およそ5m程の距離だった。

 だが、それでも肝心の本体の姿を確認出来ない。

 隠れられる障害物は無い。と言う事は、何かしらのトリックが......?


「せっかく天より授かった能力。......私はそこへ行く。そして、そこには如何なる私に相反する因縁は無く、そこへ辿り着くまでにそれを妨げる可能性のある因縁もまたあってはならない。」


 ...。


「故に、本当に自分勝手な理由だが、私は君達を始末しておかなければイケないのだよ。」

現在公開可能な情報


右の首 ①


本体チーズ・ヴァーガーの望んだ瞬間に望んだ未来を予測する首。

予測後は何の因果か世界は予測された未来へと収束を始める。

予測可能な未来は今は1~10秒後に限られているが、それは成長傾向にある。

また、この首が生えた経緯は本人ですら知らない。


しかし、未来を思うままに創造出来るにしてはチーズ・ヴァーガーの手法は回りくど過ぎるように思える。

何か理由があるのだろうか......

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