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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
35/75

35話 普通の子に戻った日

 ───この物語に”始まり”は複数存在する。

 ある者は「自らの股間に男○器が生えた事」と説明し、またある人は「2000年前のとある出来事」だとも言う。

 そして、また違った少女からは...全ての始まりは『偶然』だった。

 全ては、仕組まれていない完全な天文学的偶然に始まった。


 そもそも、『偶然』とは何を差す言葉だろうか。

 ある者が偶然だと感じたものは別の誰かからは必然に見えるかも知れないし、それを故意に仕組んだ者が居るかも知れない。 

 それは本当に『偶然』と言えるだろうか。


 もし、誰の意思も介在せず誰の目からも因果関係の不明確な事象を真の『偶然』と呼ぶのなら、この物語の始まりはそんな真の偶然に始まった。

 真の偶然───そう、例えば”突然変異”とか...



◇◇◇



 首都郊外と言うには山深い場所でリリア・エグソディアは生を受けた。

 山肌から顔を覗かせれば街を見れたが、そこは本当に小さな集落だった。


 ───1982年の春、リリアが産声を上げた次の日に隣の家屋からもまた赤子の産声が上がる。

 それがメイル・ダカーハの誕生だった。

 二人は双子の姉妹の様に故郷ふるさとで育ち、やがて10歳を迎えた。


 同時に、集落はメイルを神の子とあがめていた。

 メイルが母御ははごの産道から生まれ出ようとしたその時、母御は痛苦に藻掻もがく悲鳴にも似た声を上げた。

 出産時に非常な痛覚が伴うのは正常な反応であるが、その母御の悲鳴はそれとは明確に異なっていた。

 しかし、その理由は苦闘の末に生み出されたメイルの姿を見た誰しもが瞬時に理解した。

 メイルには、小さいながらも頭部に一対の『角』が生えていたのだ。

 幸運か偶然か、集落は角を持つメイルを『異形なる畏怖の対象』としてでは無く『神の子』として特別視し大切に育てた。

 その為か、彼女に雨を振らせて欲しいと乞えば集落には瞬く間に雨が降り、流行り病もその集落にだけは訪れなかった。

 そして、その栄光は異世界暦1992年、二人が10歳を迎えるその年まで続いた───。



 その集落には下に栄える街を忌み嫌う者も確かに存在し、集落内で生活が完結している為あえて街に出る者も少なかったが、決して『街に出てはならない』と言ったおきては無かった。

 だから、集落にはあの日の二人の行動を止める者は誰も居なかった。


「街にさ、行ってみない?」  


 それはリリアの掛けたその一言から始まった。


「街...?」

「そう、メイルも遠くから見たことがあるでしょ?」

「うん。この集落に無い綺麗な物とか、沢山あって...」

「それだけじゃない...!」


 リリアは未知への期待に胸を膨らませた声でメイルに”街”を語った。

 集落内のみで育った10歳の、最も活発な時期の少女には当然の行動だった。

 そして、何処かに『最近メイルに暗い表情が増えたから』と言う思いもあっただろう。


「炎の水、氷の大地、砂の雪原...私達の知らないものが幾らでもあるんだよ!」

「ほ、本当に...?炎の水って矛盾してない?」

「いいから有るの!だから行こう!今から!」


 リリアがメイルの手を取ると、メイルは何か言いたげな表情を見せたが、リリアに連れられ走り出すと同時に彼女もその気になって行った。

 そうして、二人は人生で初めて”街”へと出たのだった...





 ───少しばかりして、二人は異変に気が付いた。

 確かに憧れていた街並みは二人の期待を裏切らなかったが、そこを行き交う華やかな人々の視線にそれはあった。 

 田舎者を嘲笑ってでもいるのだろうか、街の通行人達はしきりに二人へ視線を送るのだ。

 いや、”二人”ではなく、その全てはメイルへ向けられたものだった。

 通行人の全てではないが、時折メイルへ突き刺すかの様な視線が向けられていた。

 そして、そのうち二人へ一人の衛兵らしき人影が近づいた。

 

「君達、少しいいかな...?」


 男はそう言い、二人と道のきわへ移りおもむろに質問を始める。


「君達はお友達?」

「...はい。」

「そうですか、気を悪くされれないで欲しいのですが...君、その”角”はいつからあるのかな?」

「う、産まれた時から...です。」


 その後も続いた男からの質問の数々はメイルの内に秘めたある苦悩を更に刺激するものばかりであった。


「おい、あれってやっぱり...」

「嘘だろ...?」

「やっぱ、”鬼”なのか?」


 そして、それは男に質問を受ける二人を見る通行人達の呟きも。

 メイルの秘めた苦悩、それは...


「君、ちょっと付いて来てくれるかな?」


 男が言った瞬間、周囲に爆発音が轟く。

 男とリリアはそれに激しく慄いたが、メイルはそんなリリアの手を引き街の裏路地へ逃げる様に駆け出す。

 

「い、今の爆発、何なの!?ねぇメイル!?」 

「最近ずっと思ってた。やっぱり、私は変なんだ...」

「メイル...?」


 リリアはこの唐突に訪れた状況について何一つとして理解が出来ていなかった。

 何故あの瞬間爆発が起きたのだろうか、爆発に巻き込まれた者は居なかっただろうか、何故メイルは自分の手を引いて走っているのだろうか、あの衛兵の男は何を知りたかったのだろうか...


「街の人が、私のことを『鬼』って言ってた。リリア『鬼』って何なの!?」

「『鬼』?知らないよ...そんなの!ねぇ何をしているの!?」


 リリアは訳も分からぬまま答える。

 その時の彼女には通行人の口からこぼれ出た『鬼』と呼ばれる存在についてその一切を知らなかったのだから仕方のない応答だった。

 そして、それはメイルも同じ。

 彼女は自分へ向けられた『鬼』と言う言葉に怯えた。自分が何者であるか分からない実情に、自分が”普通の人間”ではないと言う疑念が確信へ近づいていくことに、強く怯えていた。


「リリアは、私の”角”のこと、どう思ってる?」


 メイルは街の裏路地内で足を止めて言う。

 

「どう、って言われても...」

「角だけじゃない。集落の人が私にお願いすると雨が降ったり、流行り病が集落だけを避けて行ったり、ずっとそれが普通だと思っていたけど、やっぱり変なんだよ!」


 10歳。思春期の始まり。自分に対する悩みが増え始める時期。

 しかし、メイルの”悩み”は誰しもが思春期に抱える悩みとしては少し重過ぎた。


「無い人には分からないだろうけど、この角...凄く気持ちが悪いの。」

「そんなことは...」


 言ってしまった後で彼女は気が付いた。悩みを持つ者に『そんなことはない』と言う愚かさを。

 その瞬間、メイルの視線が更にあらゆる負の感情に染まり、彼女は自らの手をひたいの角へと伸ばした。


「こんなものがあるから。私は...普通がいいの。」

「ちょっと、何やってるの...」


 ”メシメシ”と言う物体が壊れゆく音を聞いた。

 そして次に”バキッ”と言う物体の折れる音を聞いた。


「ッ!」


 メイルの両手には根本からへし折られた”鬼”である証とも言える”角”が握られていた。

 『何故こんなことになってしまったのか』彼女にはそう思う事しか叶わなかった。

 何も理解出来ない、自分が『街へ行こう』などと言い出したのがいけなかったのだろうか。

 しかし、そんな二人を一拍置いたのちに到底考えられない事象が襲ったのだ。

 二人が徹底的に『鬼』と呼ばれる存在について無知であった為に。

 

 ───初めに周囲の窓ガラスが砕け、続けて石垣に亀裂が走った。

 そして、その得体の知れない魔力は地を割り、やがて自身への攻撃を始める。


「ヒッ!」 

 

 徐々に刃状となった魔力がメイルの身を削りゆく。

 彼女自身も角を折った事によるのちの事象は何一つとして想定していなかっただろう。

 メイルは一時の負の感情故に発起した行動により全てを失いつつある事を痛みをもってして気付いた。

 そして、眼前の事象を前に静観する事に危機感を覚え始めたリリアはゆっくりと後ずさりを始め...

 

 


「なにか、困っているのかな?」


 何故、『奴』はそこに居たのだろうか。 


 リリアが後ずさると、その背に何者かの身体が触れた。

 頭上から降る低い声。

 異常に邪悪なる声だった。恐ろしいことを言っている訳でもなく、怒りの声色でもなかったが、その声には真に人を恐怖させる凄みがあった。


「私の名前はチーズ・ヴァーガー。そこの彼女...何だかのっぴきならない事態に陥っている様に見えるが。私で良ければ、何か力になれないかな? うん?」


 その時、リリアは突如現れたその男に恐怖で竦み動けずにいた。

 発せられるどこか醜悪しゅうあくな瘴気だけでなく、男の容貌もまた幼い少女の身を固くするに充分なものだったのだ。

 男の姿はまさに”異様”そのものだった。

 神父の様な風防をした下半身、上半身...そしてその上に付いた”二つに首”。

 一つは一般成人男性の人間の顔。

 だが二つ目はどうだろうか。およそ精気の欠片も無く蒼白とし、左の顔へ何かをささやくその顔は人間のものと言えるのだろうか...


 しかし、リリアには既にその男の言葉にすがる道しか残されていなかった。


「...大丈夫だよ。君は安心していい。私が動かずとも、今にこの事態は収まってくれる。」


 チーズ・ヴァーガーと名乗るその男はリリアの肩に置いた右手で彼女をメイルから遠ざけるよう自分のもとへ寄せながら言う。

 まるで”未来を知っている”かの口振りで。


 ベキッ


 だが次の瞬間、リリアの上空、チーズ・ヴァーガーからすれば少し上の方で破壊音が鳴り響いた。

 メイルの額の破断面から放出される暴走した魔力が間近の建造物の一部を穿うがったのだ。

 そして、崩れ落ちる建造物の一部はメイルの頭上一点へ目掛けて降下し、やがてメイルの頭部を強打し再び地面にて崩れた。


「......!」

「大丈夫だ。死にはしないよ。気を失っただけさ。」

 

 声も上げず地面に横たわったメイルに唖然としたリリアに、チーズ・ヴァーガーは酷く一本調子な声で落ち着きを与える。

 先程まで無秩序むちつじょに垂れ流されていた魔力もまた、落ち着きを見せていた。 

 チーズ・ヴァーガーの言ったように。

 

「あ、あの...」

「それで、君達はここで何をしていたんだね?随分な惨状だが。」


 リリアは今一度周囲を俯瞰ふかんした。

 地面が割れ、一帯の建造物は崩れように濃淡はあれどみな損壊していた。

 一体メイルの持つ何がこの様な事態を引き起こしたのだろうか。

 リリアにはようとして知れなかった。


「メイルが...角を折ったの。そしたら、こうなっちゃった...」

「...角?」

「そう。」


 チーズ・ヴァーガーは目を細め、気を失って倒れ伏すメイルへ視線を落とす。

 そこには見紛うことなき一組の角と、それが彼女の額にあったことを決定的とする破断面。


「『角』...と言うと、彼女は『鬼』なのかね?」

「さっきもメイルは『鬼』って言ってる人が居た。『鬼』って、何なの...」

「......。」

 

 チーズ・ヴァーガーは一度口をつぐみ、一拍置いた後に。 


「彼女が『鬼』と知れれば世界中の研究者達が彼女を付け狙うだろうな。」

「どうして...」

「それだけ希少性と有用性があるってことだよ。現代に『鬼』が存在しているのなら。」


 しかし、自分でそう言っていながらもチーズ・ヴァーガーの口振りは決してメイルに関心を持ってはいないように思えた。

 抑揚よくようが無く、考えている事の見えない声。


「あ、あの...だったら、メイルを世界から隠したいんです。メイルが言ってた『私は普通が良い』って。だから...」

「それを、私に頼むのかい?」

「は、はい... やってくれるんですか...?」


 そうして、リリアは『奴』に頼んでしまった。

 自らの身が果てるその時まで悔いた、生涯の業となる選択をしてしまった。 

 リリアとチーズ・ヴァーガーとの、最初の因縁。

 やがてアリシア・バァラクーダへと継承される因縁。


「分かったよ。」


 奴の口は意思とは無関係に不気味な歪曲を見せていた───。



◇◇◇



「あの、もう道分かります...」  

「いつまた彼女が暴走するかも分からないだろう。いいんだ。付いていて上げるよ。」


 街と集落とを結ぶ道幅の乏しい山道。

 一旦の落ち着きを見せ、破断面を含む額に厚く布を巻いた(効果の有無は定かでない)メイルを連れたリリアのそばには未だチーズ・ヴァーガーの姿があった。


 本音では、リリアは今直ぐにでもチーズ・ヴァーガーから離れたかった。いや、逃げ出したかった。

 メイルの暴走時に居てくれたこと、そして必死の頼みを聞いてくれたことには至上の感謝の念を持っていたが、しかし、リリアの人生でこれほど恐怖を覚えた人物もまた存在しなかった。

 リリアには長い山道の中、奴の発する言語化困難の恐怖感にただすくむことしか許されずにいた。


「ごめん...」


 さなか、メイルが小さく口を開く。

 だが、その短い謝罪もこの場の一種異様な雰囲気の中独りでにかき消えて行く。

 そのまま、メイルとの会話も弾まず不気味とも言える雰囲気を維持しリリア達は山道を突き進み、やがて視界には集落の入り口部が姿を現す。 

 しかしそこには妙な静けさがあった。


 「嵐の前の静けさ」とよく言うが、この場合は「嵐の後の静けさ」だっただろう。

 既に終わった後だったのだ。何かが起き、それが最悪の終幕を迎えた後。

 

「え...」


 鼻孔を抜けた空気に異変を覚えたのはリリアだった。

 それは血液に香る鉄の臭いだったか、物の焦げた臭いだったか。


「「ッ!」」


 更に歩を進めた先に待っていたのは、凄惨な現場だった。

 なぜこうなってしまったのか。

 街へ出てみたいと言う好奇心、メイルを元気付けたいと言う気持ち、それらの何処にイケないものがあっただろうか...

 リリアとメイルの生まれ育った集落。そこの家屋は一様に燃え果て倒壊していた。

 家屋の木材の隙間からはみ出す人体の一部、そして流れ出る鮮血。

 生存者が居ないことが容易に見て取れた。


 故郷の変わり果てた姿に声も出せず沈黙するリリアとメイル。

 そして、二人より少し高い視点から四つの瞳でそれらを静観するチーズ・ヴァーガー。

 その時、リリアの中で奴の発する恐怖感と目前の光景が繋がった感覚があった。

 こんな異様な妖気を垂れ流すこいつならば、いともたやすくこれくらいの事をやってしまいそうだ...と。


「お前が...」

「うん?」

「お前が、やったのか...?」


 リリアは震える唇で恐ろしい疑問を口にする。

 

「いいや。私の右の首が招いた事だ。君の願いを聞いてね。」

「やっぱり、お前が...... ッ!」


 リリアの目が血走り、殺意が込み上げる。

 それでも10歳の子供としては冷静な反応だっただろう。


「鋭い視線だ。心外だなぁ。君は私に『彼女が鬼であることを世界から隠して欲しい』と頼んだんだ。集落の人々は彼女の角を持った姿を知っている。バレるのは時間の問題だ。だから今の内に全員始末しておく必要があった。ただそれだけのことだ。」


 奴は平然と言葉を羅列する。

 だがリリアには分からなかった。

 チーズ・ヴァーガーとはメイルが暴走を起こした街の裏路地から今に至るまで片時だって離れてはいなかったのだ。

 しかし奴は自分の”右の首”がやったと言う。

 この明らかな矛盾に対し、リリアは答えを出せなかった。

 そもそも、何故、奴が”二つの首”という空恐ろしい容貌を持つのかすらリリア達には全くもって不明確なのだ。


「良かったじゃあないか。これで君は晴れて平穏に”普通の子”として暮らしていける。」


 奴は立ち尽くすメイルの肩に手を置き、四つの瞳で二つの瞳を覗き込みながら言う。

 恐ろしい妖気、不気味な視線、不自然な容貌、それらに間近で囁かれるのはどんな感覚だろうか。

 きっと、卒倒する程の吐き気を催すことだろう。


「ヒッ」

「君の平穏を妨げるものは何も無くなった。親離れすることになるけど、二人仲良く協力し合っていくんだよ。」


 それは当然、二人を想っている声色ではなかったが、皮肉を言っているようなよこしまなものも感じさせなかった。

 そもそも本当にメイルへ向けた言葉なのかも疑わしい。どこか全く別の物事に気を取られているかのような声色だった。


「わ、私が...角を折ったからなの?」

「違う。こいつの頭がおかしいだけだよ。」


 メイルの言葉をリリアが冷静な声で否定する。

 だが既に遅かった。メイルの顔が深い闇に染まりゆく。 

 そう、先程の角を折った時の様に。


「私が普通がいいなんて願ったから...」 

「だから違うの!全部あいつのせいなの!!!」

「でも...」


 

 哀れなのか、愚かなのか...その後もメイルがリリアの必死の説得を聞き入れる事はなかった。

 ───結果から言えばその時その場でメイル・ダカーハという存在は消滅した。

 再び破断面より無秩序に放出された、自らの魔力をもってして。


「フフフ、ハハハ...」


 チーズ・ヴァーガーはメイルが消滅したことに関し、なにか言うでも無く、そもそも視線すら向けずただ集落の惨状を目にし静かに笑っていた。

 二人の哀れな姿を面白がっている訳でも、目前に広がる現場を面白がる狂人的な笑いでもない。

 どことなくこの場から浮いた笑い声だった。


「君は、どのようにして私がこの集落に手をかけたのだろうか...と考えただろう。」

「......。」

「その答えを教えてあげるよ。」


 双眸そうぼうを絶望の一色に染め、ただ立ち尽くすリリアにチーズ・ヴァーガーは独り言の様に語る。


「集落を滅ぼしたのは私ではない。世界なんだ。」

「...世界?」

「私に右の首が生えたのは2ヶ月程前。本当に突然生えていた。だが、だからと言って私の生活はどうも変わらなかった。しかし少し経ったところで、私はふとした瞬間に”未来が見える”ことに気がついたんだ。」


 チーズ・ヴァーガーは喜々とした顔で語るが、リリアにはその言葉の一つも聞こえてはいなかった。

 思考停止で短く相槌を挟むだけ。


「それに気付いた時、同時に私は自分の望んだ瞬間に少し先の”未来を予測”出来る事を知った。天が私に授けた能力!」


 今日という一日の中で故郷、親、友...全てを失ったリリア・エグソディア。

 彼女にもはや内なる憎悪を更に溜め込めるだけの器量は無かった。  

 

「そして今日だ。私はまた右の首の持つ能力を解明したぞ。私が予測した未来...それは私が望んだ未来なのだ。つまり!私の一任で未来は創られる!私が世界を創造するのだ!」


 吹き出す憎悪は衝動へと名を変える。

 衝動はリリアの身を突き動かす。例えそれが、全くの無駄であったとしても。


「だから君には感謝しているんだ。君の願いを聞いて本当に良かったと思っている。」


 瞬間、リリアは歯を食いしばり尖らせた視線に奴の姿を焼き付けたままに駆けた。

 その衝動は「奴に予測されているかも知れない」だとか「奴の創り出す未来で殺されるかも知れない」と言った疑念、思索では到底抑えきれないものだった。


 しかし...


「うっ ...!」


 小さな小石。意識しても、していなくともつまずく事のない小石。

 しかし、気付いた時にはリリアはその程度の小石に躓き地に倒れていた。

 それが...チーズ・ヴァーガーの能力(右の首)の本質。

 自らにあだなす存在を世界がまるで”偶然”かの様に退ける。


「君は、私に仇なす存在なのかね...?」


 チーズ・ヴァーガーは片膝を付き、二つの顔をリリアに近づけ、静かに問う。

 

「何で...私を殺さなかったの...?」

「うん?」


 ...。


「質問を質問で返すなよ小娘。...右の首が君を殺さなかったのは、君が決して彼女が『鬼』であると口外しないという実に硬い意思を持っていたからだ。君の確固たる意思を私は知らなかったが世界は知っている。だから君は生かされたのだよ。いや年の割に硬い意思を持つものだ。」


 間近に奴の双顔が迫る恐怖、吐き気。

 だが、答えを聞けた...ただそれだけでリリアには充分だった。

 その答えがどんなものであろうと。リリアには関係が無かった。


「ッ!」 


 リリアは再び拳を握り、それをチーズ・ヴァーガーの左の顔へ振り上げる。 


「無駄だ。リリア・エグソディアの3秒後の未来を... ッ!?」


 『予測しろ』... 

 奴は右の首にそう言いたかったのだろう。

 しかし瞬間、奴の視界はふいに揺らいだ。


「な、なに...ッ!?こ、これは... 目眩めまいが...」

「ッ!」


 リリアは予想だにしない拳の感触に一瞬呆気にとられた。

 衝動に任せ振り上げたリリアの右手は、何故か奴の右頬へ炸裂していたのだ。


「───ッッッ!!!」




 ───その後、何が起こったのかあまり覚えていない。

 頭に血が上りきっていたんだと思う。

 何故あの時、奴が目眩を起こし一瞬隙きが出来たのか分からない。

 奴の顔面を殴れるだけ殴って、ひたすら駆けて、わけも分からず再び街へ飛び出して...

 

 ともかく、それが私の過去であり境遇だ。

 色々な偶然が交差して生まれた非現実的な物語。

 でも、今思えばあの時の奴はただの狂人でしかなかったんだと思う。

 私の願いをわざわざ聞いて、そして一つの集落を滅ぼすなんて普通の人がする事じゃない。

 狂った人間。多少紳士面をしたゴロツキと言ってもいいかも知れない。

 訳は分からないけど、きっとあの時はチーズ・ヴァーガー自身もまともな思考が出来なかったんだと思う。

 狂人は恐ろしい。けど、もし最強の能力を持つ奴がまともな思考を持つと考えると...私はそれが恐ろしくて仕方がない。

 

 早く───奴を殺さなくてはいけない。

現在公開可能な情報


鬼の角


『鬼』と呼ばれる人間の頭部(額、側頭部など)に生える円錐状の突起物。

多くの場合は二本であるが、一本や三本の角を持つ個体もいると言われているが、角の本数変化の因果関係は肝心の鬼の存在が500年以上発見例が無いため謎が多い。


鬼の人間離れした潜在魔力を司る部位として考えられているが、それが折られた場合に如何なる事態に発展するかは、これもまた実例に乏しいため判然としない。

ある者は破断面から半永久的に魔力を垂れ流し周囲に無差別に災厄を撒く存在になると言うが、またある者は鬼ではなくなり一般的な人間に戻るとも言う。

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