27話 簒奪の黙示録(ヴァナナ・ミルク)③!?
何故、奴は攻撃の後に必ず姿を消すのか。
何故、奴は未来を予測しているにも関わらず確実に急所を狙わないのか。
───この二つが分かりやすく不可解な点だ。
”未来予測”と言うならば、それが文字通りの意味だった場合既にいかなる幸運が巡って来たとしても私は敗北しているだろう。
無論、奴の言葉が全てハッタリである可能性もある。
だが、確証無しに斬りかかり完璧に見透かされた一撃を貰いでもすればもはや笑い話ではないか。
そして、この二つの点から奴の弱点を導き出せない限り、私はきっと敗北する...。
私はひたすらに駆け、それらに対し逡巡を巡らす。
しかし、仮説の一つも浮かび上がらないのが現状である。
ただ難問と言う事ではない。いつまた奴が姿を現すかという緊迫感、未だかつて無い心臓の鼓動、原始的本能からの純粋な恐怖心...それらがただでさえ震える意識下の思索を阻害する。
50mと言うのは本気で走っていればそう長い距離では無い。そして王女の寝室(中間地点)からともなれば階段までは数秒で行き着ける。
しかし、これまでの闘争から推測出来るが奴は毎回数秒の間を置いて私の前に姿を現す。
瞬間、やはり私が下階への階段へ行き着くと同時に背後から最初の急襲の時にも感じたドス黒い気配が襲う。
数秒の間...?
まずい...今度こそ、躱す手段は尽きた。
背後を振り向けばきっと剣を振り上げる奴の姿があるだろう。
幸運を待つだけなど愚策以外の何物でも無いと分かっている、だがこの状況で他に何に縋れば良いと言うのだ。
ならば───
私はまずは事実確認の為背後へ腰を撚る...そして、そこにはやはり想定通りの光景。
ならば、残る選択肢が一つだけある...。
私は目前の階段の段差へ足を掛け、そのまま勢いをつけすぎず蹴った。
当然、反動で私の身体は階段下へ投げ出され... しかし、それでも後一歩足らない。
剣戟が迫る。これを使えば本気で後がなくなる。奴を追い詰めた場合のとどめの一撃さえ無くなる。だが、やるしかない。
私は性剣を自らに向け───”射光”を放った。
いや、正確には自分へではなく自分に当たるスレスレを狙ってだが。
これでまた攻撃をしのげる...一瞬、奴の双眸が笑みを浮かべた気がした
奴へ放っても躱されるのは知っていた。だから確実に現在の攻撃を防ぐ為、奴の攻撃の的である自分へ放ち防御した...だが、それも全て仕組まれた罠だったのかもしれない。
頭上の、今までのどの敵にも無かった不気味さを持ち、分厚い本を脇に私を見下ろすヴァナナ・ミルクの姿を目に焼き付け......押し寄せる疲労感、脱力感と共に私は階段下、踊り場まで身を落とした───。
○
「はぁ、はぁ...」
一体どれだけの段差を落ちただろうか。3mはあっただろうか。
身体は......動かなかった。
性剣の力なくば私は踊り場一面を血染めにし息絶えていただろう事は想像に難くない。
なるほど、どうやら私はとうとう全ての手札を失ったらしい。
単純な落下によるダメージに加え”射光”の疲労。そして、次第に霧散を始める性欲。
『死ぬ時とは、性欲を失った時だ』と歴史の偉人だかが言っていた気がする。
自分だったかも知れない。
10... 9...
しかし、今の攻撃で何か点と点が繋がった感覚があった。
恐らくこれだろう、と言う結論も見つかった。
謎は───解けたかも知れない。
一つ目『何故攻撃後に姿を消すのか』と言う点だが、多分奴は本当に未来予測を何らかの方法で実現させたのだろう。
だが、それは完全ではない。5秒...いや、10秒に一度対象の少し先の未来を見る事が出来る程度のものだ。
だとすれば次の予測までの空白の10秒間を透過してやり過ごすのは確実さを取るならば理にかなった戦法だ。
一応、私には魔族の下っ端をブチのめしたり、王城乗っ取ったり、本物の魔王軍四天王を一時退けたりと実績があり、オパンツカッターとか言う奇々怪々な技をもてあそぶ頭飛んでる娘を相手取ると言うならば、見たところ異次元のバフで底増ししているものの剣も魔法も然程腕が高い訳では無さそうなヴァナナ・ミルクならばその様な手に出るのにも頷ける。
7... 6...
そして、透過している時間に何をしているのかと言えば...恐らくその無駄でしか無い分厚い本を見ているのだろう。
あれだけ明確に存在理由が謎だ。ならば理解の及ばない部分に必然性があるのだろう。
それが未来予測だ。
あの本一冊一冊に各対象の未来が10秒毎に記される...とか。
故に複数人の未来を同時に見通す事は物理的要因により難しい。実際、奴は一度私への攻撃をオパンツカッターで弾かれている。
『何故急所を外すのか』と言う点も10秒間に未来を見、情報を整理し、そこから急所を狙うとなると少々辛かろう。
5... 4...
しかし、そこから導き出される答えは「だからどうしろと?」と言うものだ。
確かにそれらしい分析は出来たし、弱点らしきものもある。
だが、私は後一回の攻撃も躱せる自信がない。躱せたとて、10秒だろうが20秒だろうが”未来予測”である以上、私にとってはこれ以上無い驚異だ。
もっとも、ボヤボヤした脳内から偶然こぼれ落ちた産物ゆえ、まったく見当違いな事を抜かしている可能性も十分あり得るが。
射光による当然の生理現象として、性欲すらも散って行く。せめて...”性”の力が尽きなければ...
後2~3秒後に再び奴が姿を現す。
もはや全てを覆す策など後回しだ。まだ数分と経っていないが、既に自分を数十秒延命させる為に命を賭けなくてはならない局面らしい。
3... 2...
瞬間、血塗られた踊り場へヴァナナ・ミルクの姿が現れる。
これをしのいで何になるんだ?と言う議論はある。本当、起死回生の策を練る時間が10秒増えたから何になるのだろうか...
(股間へ戻れ...)
『アリシア...?』
突然の私の指図に”それ”が当惑を見せる。
しかし、私の中の密かな覚悟を読み取り、渋々”性剣”としての姿を解除し男○器として私の陰部と同化。”それ”も現状に置いて他に策が無い事を分かっているのだろう。
息を殺し、死にかけを装い(現にそうだが)、奴の目の前で最期の抵抗の様にかすかに腕を股間の位置へ移動させる。
同時に、注意を外せばいつ瞬きをするか分からない右目も根暗特有の無駄に伸びた前髪を揺らし隠す。
そう、『死んだふり』だ。
「...ふっ。」
ふと、奴が笑みを漏らす。
そして、想定通り手にした刀剣を私の首筋へ突き立てる。
私はそれを想定していた。きっと私は10秒後の未来でも微動だにしていないだろう。
そんな相手にする事は一つ。首を切断し確実な死を与える。(心臓を一突きと言う説もあるが剣なら首の方がやりやすいだろう)
もちろん首を切断されたくはない。では、どうするか...
私には、これから自分の身に起こる事象を全く想像出来ない。
未知であり、危険であり、成功率すら絶望的だ。
脳内からはあらゆる思索を網羅的に締め出し、後には微かに息を吹き返しつつある性欲への増進作用が期待できる私の十八番、エロエロでエロティックな妄想だけが残り、それがスカスカの脳内で指数関数的に肥大化を始める。
私の性欲はたった一度の射出や恐怖心で抑え込める程度では断じて無いのだ。それだけが私の誇りだ。
私はこの戦いにたった一つの誇りと尽きかけの命を賭けると誓い、”それ”の真上に位置する左手にほんの少し...スカートに少しだけ”それ”の形が浮き出る程度の微小の力を込める。
既に刀剣は私の首を容易く切断出来る程に振り上げられていた。
私は───”それ”を引き抜かず、性剣を顕現させた。
性剣は物理攻撃には向かない。だが、それの一突きは物理法則を無視し全生命体の身体を貫く。
つまり、この太くて硬い物体を原理的に身体の中にしまい込む事が可能なのだ。
左手に勃○時とは異なる金属質の硬さを感じ、それと同時に私のナカを圧倒的な性的快感が襲う。
女の子には生物学的にれっきとしたチ○コを挿れる為のポケットが身体の一部として存在する。そこは女性を代表する性感帯であり性剣が触れれば危険な快楽を伴うのだが、そこまでならまだ許される。
何故なら、その行為は生命として許される範疇に留まっているからだ。
しかし、性剣は顕現と同時にあらゆる臓器類による物理障壁を概念的に突破し、その道筋を性感帯へと変貌させ、蠢く刀身の一部が体内を構成する物質の一粒一粒を蹂躙し尽くす。
それは生命として許される範疇を明確に逸脱しており、その代償はあまりに破壊的だった。
だが、現状はそれに耐えるだけと言う甘えた思考を全面否定する。
これはあくまで『死んだふり』。生命活動を悟られては狙いの状況を生み出せない。
すると、私はこの純粋な快楽の極地を微動だにせず耐え抜かなくてはならず、その結果どうなるかは火を見るより明らかであり───脳が死ぬ。
喘ぎたい欲求、身体の痙攣、それらを必死に押し殺し、挿入による全ての現象を身体の内部で完結させる。
もはや思考、呼吸さえもままならない。
分類上は○慰に当てはまるのだろうが、この身を駆け巡る衝撃の連鎖は既に死にかけの肉体へのとどめの一撃ともなり得た。
一秒が数時間にも感じられる...。その時、真っ白く照り付ける視界が微かに刀剣を振り下ろす奴の姿を捉えた。
(私にはもう無理だから... ”それ”の技量でどうにか...して。)
私の心の中にも関わらず掠れ切った声の直後、性剣が自らの意思を持って僅かに左へ傾く。
私の体内にギリギリ収まっていた性剣はその僅かな傾きにより一部が体外へハミ出した。そう、奴の狙う首筋から僅かに性剣がハミ出し、首筋の一部が硬質化したのだ。
「───!!!」
奴がゴルフでもする様に振った一撃は私の首を吹っ飛ばすには十分な威力があった。
だが、それは見事に私の首筋、縦方向8cm程度の硬質化した部分へと当たっていた。
耐えた───その事実だけを理解した。
そして即座に先程と同様、性剣を男○器として股間へ戻し、体内からは挿入による破壊的快感が姿を消す。
この瞬間を待っていた。奴が剣から伝わる予想外の感触に動揺を走らせるこの瞬間を。
反撃は...今しか無い...ッ!
───無理だ。
しかし、私の直感は無情にもそう告げた。
身を動かす事はまだ出来るかも知れない。だが、奴に出来た隙きは一瞬だ。
その間に今の私が何を出来る? 無理だ。
立ち上がったところで、奴は再び剣を構え、私が性剣を振るうより早く私を貫く。
......やはり、無理だ。
限界間近の肉体と限りなく低い可能性による諦めの感情が私にそう思わせる。
後一つ。奴が動揺しているこの一瞬の合間に後一つ、何か反撃の隙きとなり得る何かが起きれば...
でなければ、無理だ───。




