26話 簒奪の黙示録(ヴァナナ・ミルク)②!?
ずっと前から、物心ついたその時からだったかも知れない...
私は、自分がどれだけ凄惨な事件を前にしても、どんな規模の災害に見舞われようと......絶対に”死”と言う結果にだけは辿り着かないと、心の何処かで漠然と思っていた。
そう...まるで大きな、とても大きな”何か”に守られているかの様に...
「...ッ! 誰ッ!?」
既に死んだのか、それとも臨死と言うやつなのか。
ともかく私には意識があり、視界はひたすらに黒かった。
女の姿、だと思う。
無限に続く黒の中、更に一際ドス黒い瘴気を放つ何者かの影が幾本も伸びている。
そして、その全てが倒れ伏す私を見下ろしていた。
その者達の放つ、呼吸さえ阻害する瘴気は何かを殺したいほど恨んでいる様であり、しかし闇に紛れる表情に目を凝らすと、それは私を救おうとしている様でもあり。
「...Alicia。.......Alicia...Alicia。」
「Alicia......Alicia...」
「え、私...?」
皆、不気味に口をもごもごと蠢かしているが、不思議と全く意味が理解出来ず。
分かるのは合間合間で私の名を口にしていると言う事だけだ。
何処かで会っているのか、何かしらで私の存在を知ったのか...
それとも、私の方が彼女らを知っているのか...
その時、何かの拍子で、まるで夢を夢と認識した時の様に私の目が開かれた───。
◇ ~簒奪の黙示録~ ◇
どうやら死は免れたらしい...
大衆的な言い方をすると「首の皮一枚」ってやつだ。
別に意識がハッキリしている訳でも、裂傷による出血が治まった訳でも無いが、それでも数秒前と比べれば幾分ましな状況に落ち着いていた。
さっきまでの私はどうかしていた。本気で死を受け入れかけていた。
数ヶ月前までならまでしも、私はあの時から幾多もの決断をして来た。
そして、その結果逃れ得ぬ運命へと足を踏み入れた。
そう、初めから選択肢は一つしか無いのだ。
私にはヴァナナ・ミルクと戦い、勝つ道しか存在しない。
強引な解釈をすれば、私は死ぬと言う選択肢が無い以上死にようが無いのだ。
そして、奴と戦っている限り殺しても死なんのだ。
こいつ無敵か?(ヴァナナ・ミルクを代弁して)
ならば、後は簡単だ...
そう思っている内に、口は自然と魔法の言葉を紡いでゆく。
「『Unlimited...tintin ───ッッッ!!!』」
何の因果か、筋肉が圧迫され一時的に裂傷部位の出血が静まる。
直後、薄暗い室内を白光が切り裂き、発光源たる私は急激に湿度の上昇する股間から糸を引く”それ”を取り外した───。
「湿度100倍!魔法少女!」
私は立ち上がる。満腔の諸々を掲げ...
ようやく、そこで私は視界の違和感に気づいた。
魔法の言葉により先程とは違う意味で痛覚は感じないが、立ち上がって改めて現状を視認すると、私はどうやら腹部に一箇所かなり深い横方向の裂傷と左目を失っているらしかった。
なんだか見ているだけで精神的激痛を伴うので、私はそっと目を背け、その目はただ一点、致命傷を負わせてなお立ち上がる私に関心した様な目を向けるヴァナナ・ミルクを捉える。
「まさか貴様如きが災厄を受け立ち上がるとは...」
無為で空虚な声色、そこに動揺は一切介在せずむしろ嘲笑うかの様な言葉だった。
災厄...?それが何を比喩する語句かは知らないが、災厄があるのなら奇跡があるのも世の条理。
普段の行いのお陰か、今の私には神が付いている。
しかし、痛覚を無理矢理に締め出したからと言って致命傷による身体の異常は確実に現れており、ただでさえハッキリとしない意識に容赦無く降りかかる膨大な情報を前に私はショート寸前だった。
戦闘において明らかに邪魔な無駄に分厚い本を何冊も抱え、片手にあたかも伝説の聖剣じみた刀剣を携えた男... 位置は覚えた。
私は二度と開く事の無い血染めの左目を傍らにした右目をそっと閉じ、邪念と共にあらゆる視覚からの情報をシャットアウトした。
腹部の裂傷は明確に致死の領域だ。長時間性剣を振るっていれば確実に再び傷口が開き、今度こそ出血と共に絶命するだろう。
私は最初の一撃の威力を追求する様に性剣を大きく横に揺らし、瞬間、傷ついた足取りが暴力的に床を刺激し、反動が私を刹那の内に奴の間合いへ踏み込ませる。
「おっと... ふふ。」
だが、やはり絶望的に全てが足りない。
瞬時に右目を見開き視界の左端に人影を確認し、私は躱されたのだと理解した。
そして、同時に大きく腰を捻り性剣を右方向へ旋回させるが、やはり空気の振動が生む微小の風が傷口を撫でるだけであった。
奴は私の剣戟を躱したにも関わらず、その剣を私に向けはせずにむしろ私から遠ざかる様に後方へ身を弾く。
刀身の鈍い光が既に光の失せた晩刻の廊下を踊り、そして、その身体は次第に深遠な闇の中へ消えて行った。
暗くて見えない...と言う表現は適切ではない。物理的に消失したのだ。
「立ち上がった事への敬意と、貴様の更なる絶望の為言って置こう。私には神々が宿っている。その偉大なるご加護は貴様らの未来を見透かす。絶対にだ。貴様は私の見る運命から絶対に逃れる事は無い。」
深い闇の中から奴の低く空虚な声がこだまする。
それは確かに私を絶望の淵へ叩き落とすには十分なものだった。事実ならばだ。
既に幾つかの矛盾が見られるぞ?
未来が見えると豪語するなら、何故今すぐに私を襲わない?そして、何故最初の急襲で私を仕留め損なった?そんなに神々のご加護はガバガバなんか?
まぁどうせ神々どうこうの部分は嘘八百だろうが。
そもそも、人間如きが未来を見透かすなど到底無理な話だ。
有名な話だが、仮に魔力を用いて”時を止める”とした場合、それには世界最強と言われる魔王3体分の魔力が必要とされる。
つまり魔王にさえ不可能なのだ。
未来予測が時間停止と比べてどの程度のものなのかは計り知れないが、個人的にはそれに匹敵するかそれ以上のものだと思える。
ただでさえ、時間停止や未来予測と言った世界そのものに作用する魔法はそれ以外と比較すると消費魔力が指数関数的に膨張する傾向がある。
何にせよ、そんな代物を貧弱人類程度が扱える道理は無いのだ。
しかし、胡散臭い話だが現に隙だらけとは言え私達は奴が姿を現すと同時に急襲を受けた。
ジュリエルならば私が切られてから自分に攻撃の矛先が向く前にパンツを脱ぎ投げるまでの動作を完了させてしまいそうだが...
「お前ら、生きてるか?」
「...なんとか。」
「私は死にました。」
私の問いかけに王女がかすれた声を返し、同時にむっくりと上体を起こし私へ近づく。
ジュリエルは王女に担がれながら死亡の自己申告をした。
「私は比較的軽傷で済んだみたいで...。あと、恐らく奴は魔法で姿を掻き消して近くに潜んでいます。気を付け...」
「ッ!?」
しかし、王女の言葉を最後まで待たずして、突如、奴が前触れも無く再び姿を現し私に肉薄する。
そして、真っ直ぐ私の首へ向けられた剣身が私の思考を待たずに振るわれ───
だが、その剣戟は私の表皮に触れる直前、何らかと火花を散らし急速に角度を大きく変え、その刃先は私の右足を薄く裂いていた。
そして、火花と同時に視界を舞った黒い何かを私の隣から伸びた手が正確に掴み取る。
───どうやらそれはパンツだったらしい。
改めて、やはり布と刃物が火花を散らすと言うのは怪奇千万だ。
しかし、またしても幸運で攻撃をしのいだとは言え、冷静に過去を俯瞰している暇は無い様である。
「すいません...私はもうこれで限界です...。来世で、また魔王様と会いたいです...」
ジュリエルが私に分かれを言った。彼女も私と同じく重症だが、なんだか元気そうだ。
王女の寝室の出口から私達の居る廊下は垂直に面しており、私とヴァナナ・ミルクの消えて行った左方向とは逆へ、戦闘から逃れる様に二人が壁伝いに傷ついた身体を互いに支えながら引き摺って行く...
しかしその姿はあまりにか弱く、強者の目を引きそうであり、そして後一撃でも奴からの攻撃をまともに喰らえば確実に二人共絶命するだろう。
私の足はひとりでに動き出していた。奴の潜んでいるであろう暗闇へ自ら足を踏み入れていた。
まるで二人から距離を離すように、奴の注意を引き付けるように。
少し痛い事を言わせて貰うが、私は感情をあまり重んじず、論理的で(その論理が正しかった憶えは無いが)ややサイコ味の見え隠れするタイプだと思っていた。
そしてこの状況、この勝機の欠片も無さそうな状況を論理的に思考すれば、生き残る為に使い物にならない奴らを肉壁にでも利用すべきなのだが...いつだって私は最後の最後、一番の土壇場でサイコパスになり切れない。
その果てしなく無益な思索の最中、身体は自分の意識と言う獰猛な視線を掻い潜りふと意味不明な行動を開始する。
これが、ワタシ?
それではまるで唾棄すべき自己犠牲のヒーローではないか。それらの類は私が彼氏持ちの次に軽蔑して来た人種ではなかったか?
......そう言えば、前にもこんな事があった気がする。
確か、あの時も私は愚かにも巨大看板の倒落を身に受けた...その結果得たものは何であったか、幼女の無垢な笑顔と果てしなきゲームの延長戦。
そんな自分に酔っているとでも言うのか?この私が?
「ッ!」
知っていた事だが、その時、私の視界に突如再び奴の顔が出現する。
次の攻撃...恐らく私はそれを躱せない。協力は無い、傷ついた身体、そして”未来を予測”しているかも知れないと言う疑念が私の身を固くした。
先程までどれだけ追い詰められようと運良く豁然大悟するだろうと信じて疑わなかったが、それが現実となるとやはり直感的に無理だと認識してしまう。
私を見下ろしている様であり、しかし何も見ていない様でもある虚ろな瞳が一瞬僅かな光を走らせ、刹那的な静寂を打ち壊しながら長い刀身が振り下ろされる。
だが、それは私の胸の谷間辺りをやや深めに切り裂くだけに留まり...そして、同時にヴァナナ・ミルクは一度目二度目と変わらず闇へ姿を溶かし、姿無き相手に反射で私の振るった性剣はまたしても微小の風を生んだだけであった。
一瞬、私が二度目に死を悟りかけた時、私の身体が全く別の何らかの意思で無理矢理に動かされた様な感覚があった。
それにより私は今度も幸運的に奴の攻撃を退けたのだが...これは、”それ”の意思なのか...?
その廊下は長さ50m程であり、仮王女の寝室はその中間に位置する。
私が進む左方向には突き当りに分岐が存在し、一つは階段を降り一階へ下りる道。
一つは角を曲がり廊下の延長を進む道。しかしその道の先は行き止まりである。(右方向も同様の構造)
多方面的に追い詰まるのはなんだか嫌である。つまり、私の行く先は下階。
考えたい謎は幾らでもあった。しかし、それらを考える時間が欲しい。
奴に打ち勝つにはこの謎に挑むほか無い。そして、その結果やはり奴を倒すのは不可能と思い知るかも知れない。
なら全てを覆す起死回生の策を講じる時間が要る。
私は攻撃をしのぐ事が出来た... また一つ傷が増えたが、痛みは感じずその為身体は動き腕も振れる。
しかし、それでもこの身体に秒読みで終わりが迫っているのが分かる。
多角的に死が迫る中、私はその死にかけの身体を必死に階段へ走らせ、ヴァナナ・ミルクに関する数多の謎と奴の次なる剣戟に挑む───。
魔法について ①
魔法とは基本的に想像出来るものなら全て形に出来るとされており、その為同じ様に見える魔法でも人により必ず差異が生まれ、それら全ての魔法に固定された名称は無い。
そもそも命名が追いつかない程にその種類は種々雑多である。
魔法の展開に必要とされるものは主に「イメージ」と「魔力」の二つ。
思い描いたイメージを魔力を用いて形にするのだが、どちらかが洗練されたものであったらどちらかがその分カバーされる。しかし大抵は微小である。
アリシアのような凄まじい妄想力の持ち主ならば、もしかしたらいつかとてつもない(残念な)才能を開花させてしまうかも知れない...
魔法は威力、効果の高いもの程消費魔力が多いのが常である。
また、”魔法”と言う概念の汎用性は高く、武器の技でも現実世界(地球)の物理法則で説明出来ないものは分類的には魔法であり、動力源はイメージと魔力である。
この世界における現実世界(地球)の物理法則で説明のつかない事象は全て魔法によるものであり、逆に魔法以外は存在しない。
オパンツカッターに関してはあくまで”技術”であり、あれはある種の人間の到達点である。




