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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
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23話 異世界暦2000年!?

 『異世界暦2000年は特異点になる』...と、誰かが言っていた気がする。 

 何故、突然そんな事を思い出したのかは分からない。

 だが今年は異世界暦2000年。───妙な胸騒ぎがした。



「まさかこんなに手が掛かるとは...」

「ほれ見たことか。やっぱり魔王様には無理だと思ったんですよ。」

「ワン!」


 はぁ、はぁ... 私はエロティックな吐息を漏らした。

 犬とは人間の従順な三下だとばかり思っていたが、まさか人間を外界をあまねく連れ回るご主人様だったとは。

 

「こんな事してたら運動不足が解消されてしまう...」

「良い事じゃないですか。」

よどんだ世界でくすぶってるといつしか自分の欠点が誇らしく見えてくるのだよ。」

「うわぁ、知りたくない世界。」


 お貴族様はそう言って私の人生を否定して見せた。


 私は各種情報網を駆使して犬の適切な散歩量を模索した。

 するとどうか、一日に一回以上の2、3kmの散歩が適切と出てくるではないか。

 と言う訳で、私は現在ポチンチンと暇そうにしてたジュリエルを引き連れ首都の高級住宅街を練り歩いていた。

 こうしていると何故だか私だけが風景の中で浮いている気がする。おい!誰が貧困層育ちだ!


「あ、私ちょっとトイレ行って来ますね。」

「といれぇ?」

「ワン?」

「好きにしやがれ。」


 私がそう言うとジュリエルは足早に私の元を離れて行った。

 トイレねぇ... 私は少し、かなり疲れて来たので、高級住宅街の道のど真ん中で魔王としての威厳をこれでもかと発しながら座り込む。

 そろそろ暑くなって来る季節だが、今日は曇天も手伝いこうしていてもなかなかに涼しげだった。

 ポチンチンが歩けば歩く程喜ぶので帰るに帰れなかったのだが、もうじき引き際かもしれぬ。

 そう言えば、本物の貴族って「お花摘みに行ってくる」って言わないんだなぁ。


 私がそんな脳内お花畑な思考を巡らせていると、何やらこちらの方に近づいて来る少年が一人...


「あ、あの...すいません。これ、お姉さんに渡してくれって言われて...」

「むぅ?」


 見ればそれは何の変哲も無い封筒入りの手紙であった。

 少年とは面識は無い。もっと言えば私の知り合いなどリアルに片手に収まる程度しか存在しないのだが...


「ご苦労。」


 私は無愛想に頬を膨らませながらそれを受け取る。


「ところで差出人は?」

「し、知りません。さっき突然知らない人から渡されて...」


 どう言うこった?そりゃ。

 まさか遂に私の王城侵略が日の目を浴びたんじゃあるまいな?

 大階段を好んで登る奇特な人が少ない事と強運で何とかやって来たが、それも遂に...?

 だが、知り合い以外からの手紙でないのなら、自分で言うのもアレだが普段の行い的に私の益にはならない内容だろう。今更だけど私ってろくな奴じゃないな。


「じゃ...僕はこれで。」


 そそくさと過ぎ去って行く少年など気にも留めず、私は指先がプルプルとしてはいたが心の中で『何とかなるだろ』と思いながら手紙の封を破った。


『何て書いてあるんだ?』

(お前、文字も読めんのか?良いだろう。アリシアお姉様が読んでしんぜよう。)


「”ジュリエル・クリメニアが傍を離れた”。」


『なんじゃそりゃ。』

(私だって『なんじゃそりゃ』だよ。)


 しかし、これで差出人はハッキリとした。

 『トイレ行って来ますね』なんて言って置きながらとんだしょうもない悪戯を働きやがる。


「おーい、ジュリエルぅ?」


 私はそこから立ち上がり、彼女が去って行った方向へおぼつかない足取りを進めながら言った。 

 まさか、こんな面白くない悪戯をやって置きながら本当にトイレに行ったんじゃあるまいな?

 いや、面白くないなんて言っちゃ可哀想か。と言うかトイレって何処だね?

 私は一度立ち止まり、そこらの風景を俯瞰ふかんして見ると同時にジュリエルのディスティネーションを思案してみた。



蝸牛カタツムリ......」


 何故雑多な物体の入り混じる風景の中でそれが目に留まったのか。

 それが私を見ているからだろうか...?

 その住宅の黒々とした葉を揺らす庭木には一匹の蝸牛がポツンと鎮座ましましていた。

 それの不気味に蠢く触手は、何故だか私をあざ笑っているかの様だった。


 ふと横を見ると、そこには柱に貼り付けられた先程と同様の封筒入りの手紙。

 二枚目...?

 ほとほと呆れ果てた阿呆である。そのよく分からない発想力は私も実に欲しい限りだ。

 私は見ないのもどうかと思うので、その二枚目を引っ剥がし、中に目を向けた。


『空を見た 雨が降った』


 いよいよもって意味不明である。

 雨...?確かに小雨でも降りそうな空模様だが。

 私はそれらの確認の為、一度空を見上げる。


 だが、その瞬間...


「うっ...」


 私はその冷たい衝撃に反射で目を閉じた。

 私が空を見上げた瞬間、私の鼻先に一滴ひとしずくの雨粒が当たったのだ。

 そして、その一滴を皮切りに空は更に黒々と蠢き、渦を巻き、次第に小雨を降らせ始める。

 同時に、私はそれの不可解さに気づく。


「これって...」


 奇怪だ。これではまるで... まるで、彼女が未来を知っていたようではないか。

 一枚目についてはジュリエルの悪戯として説明が付く。だが二枚目は不可解だ。

 彼女が未来を予知出来るとは思えないし、それを唐突に披露するのもまた不可解である。

 そもそも、これはただの悪戯なのか?もっと別の”何か”だと考えた方が懸命ではないのか?


 背中に不気味な汗が流れるのが分かる。

 不可解だ。一体...私は何に巻き込まれたと言うのか...?

 思えば最初からおかしかったのだ。そもそも一枚目の手紙を持って来た少年はジュリエルの行く先とは逆方向から来たのだ。

 そして...私は『ソレ』に目を向けた。

 柱の裏。そこに...もう一枚、同様の手紙が貼り付けてある。


 同じ柱に二枚。まるで私がそこを見る事を知っていたかの様に。

 私はそれに手を伸ばした。


『柱を見た』


 それは私の位置する通りの両辺に一対、それが等間隔にならんでいる柱である。

 手紙の貼り付けてあった柱もその一つであり、私の前方と後方にもそれぞれ等間隔に柱があった。

 そして、私はその文面に目を通すと同時にその目は前方、曲がり角の内角の直角部分に位置する一つの柱に向けられて行った。


「ッ!」


 瞬間、その柱の傍で人型の”何か”の影が動くのが分かった。


 敵だ...。その”何か”が何者であるかも、またその動機も判然としない。

 だが、私はそう確信していた。味方なら声を掛けてくれば良いではないか。

 そして黒い。確かに私は法に照らし合わせれば悪人であり極悪人であるが、奴はそれを裁く為の者ではない。

 奴はもう一つの悪なのだ。

 そう言うのは見れば自然と分かるものだ。

 

「......。」

「ワン!」


 自分が動揺しているのが分かる。 

 動揺とは、すなわち恐怖。私は...恐怖しているのか?

 石畳を打つ小雨の雨音が、何故だか私の鼓膜を異常に打ち付けていた。


 私は”それ”を取り外し、そっと前方の柱へ歩を進めた。

 その道は、数分前ジュリエルが辿った道でもあった。

  

「ワ゛ン!ワ゛ン!ワ゛ン!」


 ポチンチンが牙を剥き吠え立てる。

 既に曲がり角へ逃れたかとも思ったが、その黒々と渦巻く空の狭間から差す光と相反する影には未だ不自然な凹凸が見えていた。

 今も奴は柱の影に居る。迂闊うかつに近づいて良いものとも思えないが、今この場から逃れる事程恐ろしいものは無い。


 私は息を殺し、冷静に、心を凪ぎ、そして妄想する。

 瞬間、柱の影の根本部分が私の光を受け肥大化した。

 魔法ふるちん少女...取り敢えずの準備は整った。

 そして、私は柱の裏に確実に存在している何者かに性剣を構え...

 

「ッ!」


 刹那、一本の柱を介した私達の殺意や悪意が衝突を起こし、摩擦が生まれる。


 私の性剣は何者かの放った何かに弾かれ、また何者かの放った攻撃も性剣に弾かれた。

 ...見れば性剣には何か布の様な物が巻き付いていた。その布の様な物は何やら二つ程穴が空いており、まるでそこに両足を通せそうであった。

 そして、その形状はまるでパンツの様であり、と言うかパンツであった。


「ぱんつぅ?」


 私はその拍子抜けを覚える物体を目にし、しばし唖然としていた。


「あれ、魔王様!?」


 続いて、私がくりくりとしたお目々をパチクリとさせていると、何処か私の友人の様であり、まるでジュリエルと言う名前が似合いそうなパンツを手にした黒髪の女が私に声を掛ける。と言うかそれはジュリエルであった。

 なんと柱の影に居たのは「トイレ行ってくる」と言い姿を消したジュリエルだったのだ。


「な、何で魔王様が剣を持ってここに...?」

「それを言うなら何でジュリエルがパンツを持ってここに?」

「私はそこの柱の影で人影が動いたので、警戒してパンツを...」


 どうやら彼女も、私が柱の人影を警戒した様に一個手前の柱の傍に居た私の影を警戒し、柱の影でパンツを脱いでいたらしい。

 そして、それの影を見た私は性剣を抜き...


「って事は、私達ただの滑稽こっけいな人達?」

「...かもですね。」


 恐るべき阿呆ぶり。二人して柱の影の互いを敵と思い込み戦闘体制を整えていたとは...

 自分が阿呆なのは十分知っていたが、こうして如何に自分が阿呆であるかを見せ付けられるとやはり悲しくなる。


 しかし、となるとやはり不可解なのはあの手紙だ。

 手紙の犯人がジュリエルでないのなら、やはりこの一連の諸々には第三者が関わっていた事になる。

 確かに私の行動を予知していた手紙...悪戯と切り捨てるには腑に落ちない。


「あ、そう言えばさっきこんな手紙を拾ったんですけど...」

「て、手紙!?」

「まるで私がそこを通る事を知っていた様に置かれていたのでつい拾ってしまったんですが...内容がちょっと意味不明なんですよねぇ。」


 そう言ったジュリエルは、胸の谷間から...ではなかったかも知れないが、一つの紙切れを取り出した。

 封筒は既に破り捨てたのだろう。

 そして、そこには...


『私は まだお前を見いる』


 あ、誤字みっけ☆

 『見いる』じゃなくて『見ている』って書きたかったんでしょ?

 誰か知らんけども。この内容で誤字はいかんよ。

 『まだお前を見いる』って... プークスクス...


 だが、そうは思いつつも...私の背中には鳥肌が立っていた。


「どう言う意味だと思います?これ。」

「さ、さぁ...私に聞かれても。」


 動揺...。またしても、私は恐怖している。

 悪戯やストーカーのたちならばまだ良い。

 私の記憶にこれに引っ掛かるものも無い。

 だが、私の知らない...巨大な”何か”が背後に迫っている気がしてならなかった。

 もっと現実的な事を言えば...その、曲がり角の向こうから...


蝸牛カタツムリ......」

「魔王様?」


 曲がり角の直角部分に位置する金持ち邸宅の石垣。そこの上にも、一匹の蝸牛が鎮座していた。

 その目はどこか私を見ている様であり...

 そして、次第に勢いを増す小雨に揺れる触手は、やはり私をあざ笑っているかの様に見えてならなかった。


「雨降ってきたしもう帰ろ?」

「そうですね...ポチンチンも可哀想ですし。」

「ワン!ワン!」


 私はそう言うと、ジュリエルの手を取り妙な恐怖心に押されながら...”何か”から必死に逃げる様にその通りから速歩きで去って行った───。


 蝸牛は...まだ私を見ているだろうか...?


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