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便所から始まる性剣の伝説  作者: てるる
第一章 浄水場篇
21/75

21話 文通(笑)!?

───久し振りのユニオル視点



 アリシアがこの街から姿を消して二ヶ月程が経過した。

 何故、彼女は誰にも何も告げずに姿を消したのか...俺ごときがその深遠な謎に首を突っ込めば、きっと俺は消されてしまうだろう。

 だが、それにより俺が『寂しい』やら『心配』と言った感情を抱く事は無かった。

 何故なら、アリシアが姿を消すと同時に”あいつ”が我が家に現れたからだ。

 いや、その”あいつ”について今言及する事は控えて置こう。

 理由はそれだけでは無い。そう、なんとこの俺は一月程前からアリシアとの秘密の”文通”を行っていたのだ。


 世の男性諸君は幼馴染の女の子と文通をしている男とくれば、その義憤の度合いに濃淡はあれど皆が皆その身に隠した鋭い牙を剥く事であろう。

 俺とて、そんな奴を見つければ其奴の竿の皮を問答無用でひん剥くに違いない。その神経の集中した丸裸の竿には、そよ風すらも痛くしみる事であろう。

 だが世の男性諸君よ、安心したまえ。

 文通とは主に、相手の女の子との嬉し恥ずかしの妙味を嗜むものであるが、相手がアリシアに限りそんなものは存在し得ない。


 最初こそ『春暖の候』だの『柔らかな春風を頬に感じ、心華やぐ頃になりました』だのを気取って書いていたが、いつからかそれは変態構文へと変貌を遂げた。

 そして、それを書いている時の何とも言えぬ虚しさと、それに反する筆の踊り具合たるや大海原の荒波にも引けを取らぬだろう。


 そして、今も俺の目の前には”あいつ”の持って来た一通のアリシアからの手紙が置かれていた。

 何故かは知らぬが、アリシア宛の手紙だけは通常の手紙類と異なり魔道郵便局を介さない。

 いつも決まって、アリシア宛の手紙は”あいつ”が何処かへと持って行く。

 そしてその返答も”あいつ”が何処からか持って来るのだ。

 まぁそんな事はどうでも良くて、俺はその便箋の封を破り捨て中身に目を向けた。



『好きだよ。』



 柔らかな春風を頬に感じ、心華やぐ頃になった今日この頃...俺は唐突に告白を受けた。

 世の男性諸君よ...すまない。俺は一つ先のステップへと誘われた様だ...


 やっと、やっと...俺が主人公のラブコメが始まったのか。いや、本当に始まるのか?

 俺は依然としてアリシアの現在の居所すら知らない。もしかしたら”あいつ”の言葉もアリシアからの手紙も全てダミーで、実は彼女は大きな陰謀に巻き込まれているのかも知れない。 

 だが、それにしてもこの情報不足では俺にはどうにも出来ないのだが...

 俺は内心の動揺を必死に取り繕ろいながら、そんな事を逡巡していた。




───アリシア視点だよっ☆




 それは一月程遡った、ある日の昼下がり。

 私はまるで大いなる何かに導かれるかの様に『そこ』へ来た。

 『そこ』は首都の町並みから路地を一本抜けた先にあるのだが、そこには何故だかどこか不思議で神聖な雰囲気を醸し出していた。

 『そこ』とはこの小さな木造の建物の事だ。辺りには石畳が敷かれているが、『そこ』の周りにだけ原因不明の樹木が幾本か生えており、その一角の光景はさながら別世界か別の時間軸である様だ。

 少なくとも、長らく人の手が加わっていない事は確かだった。 

 今となってもこの場所が何であるかは一切が謎なのだが、その深遠なる謎に私ごときが挑めば、きっと私は消されてしまうだろう。


 その場所で何をするのか、と聞かれれば”文通”である。何故かと聞かれても知らん。そこに紙とポストがあり、我が神なる胸ポケットに淑女の嗜み万年筆があったからだ。


 私が王城に居を構え、一国一城の主となるに差し当たって一つの迷いがあった。

 それは彼に会えなくなるのはいかがなものか、と言うものだ。

 私にはおよそ地元愛なんてものは無いが、それだけがずっと気掛かりだった。

 結局、私はなり行きで魔王になってしまったが、以来私はこの場所で彼と秘密の文通をする事でその気掛かりさを晴らしている。

 私と彼の初めてのやり取りはこんなであった...


『拝啓 春暖の候 ユニオル様の心に芽吹くカビの数々はますますその生息範囲を拡大していることとお慶び申し上げます。いや、申し上げてはいないんですけども。私の妄想空想なんですけども。

 え、私はですって?もうおったまげるぜ?直近の私の活躍と来たら。

 まぁ諸事情によりそれを語る事は出来ないのですが。

 さて、今度こんたびの要件ですが、特にございません。

 では、さらばじゃ。』


 それに対する彼の反応はこうであった。


『拝啓 柔らかな春風を頬に感じ、心華やぐ頃になりました。

 さて、突然ですが私は最近”俳句”に凝っている所存であります。そして誠に恐縮ながらそれの批評をして頂きたく存じ上げます。

 あまり御託を並べるのもあれなので、まずは一句。

『アリシアの 足の狭間は ツルツルだ』

 いかがでしたでしょうか。』 


 私はその強引で無理のある話運びと、美しく、そして息を吐く様なセクハラに早くも敬服し脱帽した。

 セクハラ一つにも美学を感じる。

 事実無根の虚偽を書くでも、ただ馬鹿の一つ覚えで猥褻な単語を羅列するでもない。

 要所でただ一回、明確には言わずオブラートに包んだ一つまみの猥褻さ。

 そして、これが虚偽でない事も重要だ。これが虚偽であってはHENTAI紳士の名が泣く。

 事実であるが故に相手は傷つくに傷つけず不快に思って良いのかも分からない。 

 これぞ美。これは彼の数少ない才の一つだ。

 いや、ツルツルじゃねぇし!


『生えてるんか?』


 ”それ”が言った。

 

(いや、生えてねぇし!)



◇◇◇



 それから幾日もの月日が流れ、その間に幾多もの紙が無駄にされて来た。

 そして、今日また私はこの場所を訪れていた。

 私は淑女の嗜み万年筆を左手の上でくるりと回してみせる。

 もうお気づきかも知れないが、それをところはばからずやや誇張気味に言うと、要するに私は彼のことが好きなのだ。

 この黒々とした禍々しい感情を飲み込むのには実に紆余曲折あった。

 少し前までは、この気持ちを私の薄っぺらなプライドが潔しとしなかったのだが、まぁ私も成長したのだ。必死に否定したところで益にはならぬ。

 もしかしたら、私がなり行きで魔王となったのも、一般大衆的な品性を疑う言い回しをするなら”好き避け”と言うやつだったのかも知れない。

 しかし、思えばこの感情はまだ恋愛と言う概念を知らない時から...もっと言えば初めて彼と出会ったその時から既に我が身に宿っていた気がしなくもないのだが、さすがにそれは知的生命体として捨てるに捨てきれない最低限のプライドが許さない。


 私はもう一度万年筆をくるりと回し、それを突き立てた。


「好きだよ。」


 私は淡々と試し書きの気分でそれを紙面に書き出してみた。 

 それによりこの身にどの様な影響が起こるのか実験、観察する為だ。

 おや?股間の方から何やら殺意に蠢くモノが...


 さすがの私もこの感情を伝えるとなれば人並みに恥じらうので、これをポストにねじ込むなんてマネは出来ない。そんな乙女チックな事をすれば今度こそ魔王としての威厳が塵と化す。

 私はそのおぞましい文面の書かれた紙面を丁寧に二回程折ると、いつぞやのオパンツカッターもかくやと言う一切の迷い無き洗練された動作で、それを持った左手で苔やらカビやらの侵食により今にも崩壊しそうなオンボロポストを殴りつけた。

 そして、案の定壊れた。メシメシと音を立てて蓋の一部が凹み、パラパラと土、砂、木片類が地に降り注ぐ。


 あー、やってしまった。

 紙がポストに入ってしまった。

 グレムリン対決から習った50%の試練である。私のストレートはポストを木っ端微塵と化せる程の威力ではなかった。だから紙面はそのままポストに食べられ手紙となった。 

 では何故いきなり50%の試練を自身に与えたのか、そんなものは知らぬ。

 長年の彼への想いがいよいよ臨界点を突破したのか、はたまた最近目覚ましく成長している自分にさらなるパラダイムシフトを起こしたかったのか...

 しかし一つだけ言って置こう。

 その日の夜はとても寝れたものじゃなかった。


『死ね!下劣なネリマがっ!』


 柔らかな春風を頬に感じ、心華やぐ頃になった今日この頃、私は唐突にムスコから誹謗中傷、罵詈雑言を浴びせられた。 


 そう言えば...私はその時、数日前に送られた彼からの手紙の文言を思い出した。

 確か『ナルソシ・アスナイに気をつけろ』...だったか。

 今更ではあるが、何じゃこりゃ。

 一応念の為に言っておくと、”ナルソシ・アスナイ”とは私の地元に支部のある弱小新興宗教の事である。

 2、30年前に人間界をあまねく震撼させた(それは言い過ぎかも知れないが)事件を起こして以降、おおやけで語られる事の無くなった...そんな団体である。

 恐らく今の若者世代で事件当時の事を語れる人間は数少ないだろう。

 私がナルソシ・アスナイと関わったのは、確か幼少の頃にユニオルと共に支部の窓に小石を投げ入れて怒られそうになったところを颯爽と逃げ帰ったのが最後だ。

 確かに王城付近にナルソシ・アスナイの所有する大きめの教会があるが、それがどうしたと言うのだろうか?


 私がその手紙への返答として、内容を全く無視した手紙を送りつけた時の彼の反応がこちらである。


『あー、無視したな!もぉ俺は知らんからな!助けてやんねー!』


 お前の助けなんざ要らんわいな。


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