16話 小悪魔の遊戯 ①!?
「おのれジュリエルめ...許さん。」
私は首都の人混みに揉まれながら威厳の欠片も無くそう呟いた。
これがいわゆる乾布摩擦ってやつか?...違うか。うん違うな。
シティーボーイと言うのは数ばかり多いくせに、皆が皆軽佻浮薄で中身の空っぽな人間だから困るのだ。
それに加え、今日は祭りの風情。今年は魔王軍と戦争中と言う事もあって、例年と比べかなり縮小されているが、ただでさえ迷惑極まりないシティーボーイがそれに乗じて大繁殖している。
(大繁殖と言うのは物の例えであって、至る所でシティーボーイ達が交尾しているわけでは無いぞ変態諸君。)
私は現在、魔王にも関わらず城下町で買い出しをさせられている。
なんでも、私の『コミュ症改善プロジェクト』の一つということらしい。
私としては我が身を蝕むコミュニティー障害とはもう長い付き合いになるなるので、「もう永遠に添い遂げるのも悪くないかな」とタカをくくっていたのだが、いざそれが改善すると言うのならそれもやぶさかでない。
しかし、こうして買い出しに行かされて分かったのだが、どうやら露天商のおっちゃんに話し掛ける勇気を何処か他から身に付けて来る必要があったらしい。
その為、この『コミュ症改善プロジェクト』は私が雑魚過ぎたあまりに初手からあえなくありがた迷惑と成り果ててしまった。
そして私は、傅く立場にも関わらずそれを眠たげに考案し、私に無駄足を運ばせたジュリエルに憤怒を露わにすると言う最悪の結果である。
その傅く対象が常にボソボソ声で喋っていられては困ると言う意見も分からんではないが。
まぁ今回は適当に街をほっつき歩いた後、適当に買い出しが出来なかった理由をでっち上げれば何とかなるだろう。
そう、私は昔から理由(後付)を作る天才なのだから。
だが、そんな私でも全く理由の分からない事象がある。
昨日の事は結局夢オチだったのだが、今日私が目を覚ますとなんと私は中庭に居たのだ。
そして王室に戻ってみると、扉には何重にも木の板が打ち付けてあり、中からかすれた声で『開けて』と聞こえて来るのだ。
まったく...私が悪夢に魘されている間に何があったと言うのか。
それに、私の身体が少し臭い気がする。奇妙なこって。
『現実逃避したい気持ちは分かるが、あれは紛れもなく現実だ。』
”それ”は言った。
あの悪夢が現実...いや、そんなことは有り得ない。
あれは夢だ。夢でなければいけないんだ。
もしあれが現実なら、この世界の殆どの民が信じている神の存在が否定される事になる。
人の心を持った神なら、あんな惨劇が起きる事を容認するはずが無い。
...まぁ、いくら考えたところで答えの出ない事象などいくらでもある。
きっとこれも私の様な素人が口を出してはいけない問題なのだろう。
しかしながら、王室の封鎖に伴い寝室に入れなくなったジュリエルと王女が扉の前で呆然としていたのを覚えている。あれはなかなか痛快な見物であった。
「ワンワン!」
おや、犬畜生ではないか。
見れば、私の曇りきった眼が一匹の、黒く黒い以外に特徴の無い中型犬を捉えた。
そんなことより、こいつを使えば上手く理由を作れそうだ。
私はその犬を抱きかかえんと、我が両腕を伸ばした───だが、その時...
「お姉ちゃん、この子はあたしの子だよ!」
「ワン!?」
そこには鬼の角の様なカチューシャをし、髪を短く二つに括ったショタの女の子ver.が居た。つまりロリである。
しかし、膝を擦りむいていて、元気ハツラツそうなのでやはりショタの女の子ver.である。
そのロリっ子が今、犬を私からぶんどり無礼にもそう言ったのだ。
「自分のなら首輪くらいさせておけ。」
相手は全くの他人なのだが、彼女の放つ煌々たるオーラに当てられ、私の口は自然に言葉を紡いだ。
だが、言わせて貰うが、その犬はどう考えても野良犬だ。
私の言った通り、現に犬は首輪の類をしておらず、少女に抱かれた瞬間驚いた様な声まで上げたのだ。
「え、あーそうね!そんな事よりあたしの名前は”ヴラジリアン・ワックス”!みんなは私の事『ワッちゃん』って言ってるんだ!だからお姉ちゃん遊ぼ!」
ガキの十八番、『急な話題転換』炸裂!
恐らく犬に手を伸ばしたのも私に話し掛ける為の口実に過ぎないのだろう。
「何する?鬼ごっこ?」
「え、いや私は...」
私のユニオルと共に過ごした不毛極まりない16年間による弊害は大きい。
まず第一に学問的退廃、性根の歪曲、対人恐怖症、煩悩の肥大化...そして、肉体の衰弱化。
このいずれかが不利に働くものはご遠慮させて頂きたい。
鬼ごっこなんてものはその骨頂だ。
小娘ごとき捻り潰せそうな気がしないでも無いが、きっと私が秒殺されてしまうだろう。
と言うか私は貴様と遊ぶなどとは一言も...
「じゃあさじゃあさ!グレムリンやろ!グレムリン。」
「ぐれむりん?」
「えー、お姉ちゃん知らないの?グレムリン。」
ワッちゃんは返事を渋る私に『グレムリン』と言う遊びを提案した。
何じゃそりゃ、妖精か?
これがいわゆるジェネレーションギャップってやつか。
「あそこ見て!」
「む?」
そこは私のジュリエルへの怒りの9割を占める、城下町から貴族街、貴族街から王城までを直線で結ぶ階段である。
無論、ただの階段ではない。その段数まさに1000超え。
王城を聳え立たせたかったからと言って、やって良い事と悪い事がある。
『コミュ症改善プロジェクト』と銘打って1000段の登り下りを強制させ、その実なにも出来ませんでしたと来たら怒り狂うのも無理からぬ話だ。
「ルールは簡単だよ。あそこの階段の下でジャンケンをして、グーで勝ったら『グレムリン』って言いながら階段を5段上がるの。チョキで勝ったら『チョコレート』って言いながら6段、パーで勝ったら『パンツ』って言いながら3段!分かった?」
なる程、ガキらしからぬ分かりやすい説明だ。
誠に恐縮の至り。
いやだから私は貴様と遊ぶとは一言も...
「ねぇ、まさかそれで私が勝つ条件が『1000段登り切る事』だなんて言わないよね?」
「えー、違うの!?」
嘘ぉん。
ワッちゃんはさもそれが当然であるかの様に驚愕して見せた。
怖いよ、怖いよワッちゃん。果てしないよワッちゃん。
「300段くらい登ったら貴族街に出るからせめてそこまでにしよ?1000は果てしないよ。」
「駄目だよ!お姉ちゃんは最初に100段くらい登ってから始めて良いから!」
貴族街までが駄目なのと私が100段先制する事の関係性はちょっと分からないが。
まぁこれならば体力的な面では平等な勝負が出来るか...
だから私は貴様と遊ぶとは一言も...
「ところで、これって何の祭り?」
私は何気なくワッちゃんに聞いた。
「お姉ちゃん田舎者?」
「なっ!何を言うだァーーーッ ゆるさんッ!」
◇◇◇
かくして私達は城下町の中心部、王城への階段の麓まで行き着いた。
露天商の立ち並ぶ大通りの中域から階段麓までの長い長い(長くない)旅路の中で、私は何となく断る踏ん切りがつかず、結局ワッちゃんとのグレムリン勝負を引き受ける事になってしまった。
「ルールはこの柱に貼っておこう。」
ワッちゃんは初心者の私の為に親切丁寧にルールを書いたくしゃくしゃの紙にツバを付け、階段の真横に対になって立っている柱に貼り付けた。
ありがとうワッちゃん。
以下ワッちゃんによるルール解説↓
『るーる ぐー→グレムリんで5だん
チョキ→チョコレエトで6だん
ぱー→ぱんつで3だん
・いわれた数よりおおくすすんじゃダメ!
・かってにことばをかえちゃダメ!
・ワッちゃんはゼッタイにかつ! 』
「あたしはこう見えてもルールはしっかり守るからね?お姉ちゃんもルールだけは守ってね?」
「うい。(そこに貼ったら進んで行くうちに見えなくなるじゃん)」
「じゃあ始めるよ!初めてのお姉ちゃんは最初に100段登って良いからね!」
「恩に着る。では!」
そう言うと、私はワッちゃんの視線を背に受け、100のカウントと共に悠久の階段に足を掛けた。
因みに、ワッちゃんは未だに先程の黒い犬を抱いている。
なんと人懐っこく、愛らしい犬畜生であるか。
これもきっと、野生を生き抜くテクニックなのだろう。
(1、2、3...)
この時点でもはや、ルールの書かれた紙は私の視界内にて不可視の特異点を通過した。
そして、見ればこの大階段も祭りの影響で所々飾り付けがなされている様である。
(9、10、11...)
...。
...。
...。
(72、73、74...)
そんなこんなで私の先制100段も佳境に差し掛かった頃、私の脳裏にふと不穏なる黒い思考が浮かび上がった。
(80、81、82...)
はて、私は本当にこれから900段をバカバカしくジャンケンをしながら征くのだろうか?
たかだかガキの遊びに魔王たるこの私が。
それは一体如何ほどの時間をドブに捨てる事と同義であるか。
考えれば考える程、私の中でこれがバカらしく無駄に思えてくる。
(85、86、87...)
思えばあのワッちゃんとやら、最初から天下の魔王様に対して無礼が過ぎるのだ。
もう100段登っても、更にちゃっちゃと駆け足で残り900登り切って王城に帰ってやる。
(そうしたいんだけど、どう思う?)
『まぁ僕もくだらない事してんなーとは思うよ。』
(だよねー。)
(97、98、99...)
100!
私は遂に100段を登り切ったのだが、そこでは終わらない。
私は更に底の知れ切った体力を振り絞って足を加速させ、さらなる101段目に足を掛けた。
ふはっ、さらばだ!無知で愚かなるガキンチョよ!
私は高速で10段程登って見せる。だが、私がその勢いで111段目に差し掛からんと足を伸ばしたその瞬間...
「ッ!?」
───突如、猛烈な痛みと共に私の右足が血を吹いた。
「なにぃーーーッッッ!?」
『アリシア、これは!?』
(分からない...ッ!うぐッ...こ、これは...)
見れば右足に何か鋭利な刃物で切りつけられたかの様な10cm程の傷が出来ている。
何者かに近づかれた覚えは無い。と言う事は遠隔からの魔法攻撃だ。
では何の為に私を?
この傷からして人を殺せる程度の魔法では無い...
まさか...ッ!?
私は階段の下方へ振り向いた。
そこには、階段を数段登ったワッちゃんの姿が...
「111段目だよ、お姉ちゃん!」
ワッちゃんは言った。
『・いわれた数よりおおくすすんじゃダメ!』まさか...ルールを犯した私にワッちゃんが故意に魔法を...!?
それに、ワッちゃんの私が傷を負った事を知ったにも関わらずいささの動揺もしないあの態度、まだ子供だが間違い無い...
い、いや...違う。無意識だ。
ワッちゃんはルールを犯した私に無意識に魔法を展開したんだ。
そして、ワッちゃんはそれを当然の事と納得している。
あの角の様なものはカチューシャだとばかり思っていたが...
ワッちゃんは...人間ではない!『鬼』だ!『子鬼』だ!
『お、おい!アリシア!”鬼”とは何だ!?何が起こっているんだ!?』
(”鬼”と言う存在については後書きに分かりやすくまとめてあるからそれを読め。)
『おいアリシア、メタ発言はいかんぞ。メタ発言は。』
「あたしが今11段登ったから、これで差は丁度100段だね!じゃあ始めるよ!」
ワッちゃんは未だ右足を抑えてうずくまる私に笑顔でそう言い、ジャンケンの姿勢を取った。
かくして、ワッちゃんとの恐怖の『グレムリン対決』は幕を開けたのだった───。
鬼(異世界ver)
500年以上前の『コドス村惨殺事件』を最後に歴史上から姿を消した都市伝説的存在。
その正体については様々な憶測がなされているが、近年最も支持されているのが”突然変異説”である。
それは、鬼を何らかの要因で生まれつき潜在魔力が暴走し体格に見合わない魔力を保有する、人間のある種の突然変異種とする説だ。
その為、鬼は幼少の頃から無意識の内に強力な魔法を自在に展開させる事が出来るとされ、その体格に見合わない潜在魔力は”角”として身体に現れると言う。また、鬼の子は鬼である可能性が高いとも言われる。
だが、その説も肝心の鬼の存在が500年以上発見例が無い為、噂の域を出ず真偽の程は定かでない。
鬼の風体については、大柄で赤や青と言った体色であると言うイメージが定着しているが、仮に”突然変異説”が正しいとするならば、鬼も同じ人間なので少なくとも体色に関しては否定される事になる。
『コドス村惨殺事件』について。
それはその名の通り、コドス村と言う農村で起きた(鬼による)殺人事件を指す名称である。
それは実に500年以上前の事柄である為、当時と現在では人類全体の価値観に大きな差異が見られ、当時の人間は同種族から生み出された角を持った”鬼”を、異形なる”畏怖の対象”としており、鬼の子は激しい差別を受けていたとされる。
鬼の子が生まれた事により、その村は”呪われた村”と言われ、引いては部落差別にまで発展したと言う。
その一つがコドス村である。
コドス村もある時鬼の子が生まれ、それにより部落差別を受けていたのだが、村長が必死に鬼の子の存在を隠蔽した為、その差別は長くは続かなかった。
村長は事の重大さを重んじ、その鬼の子を殺す事に決めたのだが、それと同時に彼は殺される鬼の子とその親族に深く同情し、せめてもの情けとして鬼の子を山奥に一人放つ事にした。
それから数十年後、いかなる運命かその子鬼は別の子鬼と出会い、子孫たる子鬼を作り出した。
そして、報復なのか自らの故郷コドス村を一家で襲ったのだ。
それが”突然変異説”と言う視点から見た『コドス村惨殺事件』の全容である。
『コドス村惨殺事件』を堺に鬼は歴史上からパッタリと姿を消したのだが、もし『コドス村惨殺事件』が真実であるなら、もしかしたら今もコドス村を襲った鬼の子孫達が、あるいは同じく故郷を追放された鬼の家族がこの国の何処かに潜んでいるのかも知れない。
コドス村を襲った鬼が山奥で育った様に、もし鬼が現存しているのなら彼らは人類とは全く異なる価値観を形成している可能性がある。山奥でないにしても、少なくとも彼らは多くの人間より過酷な環境に生きているだろう。鬼は人間の生み出した業なのだが、価値観と魔力保有量の差異により現存する鬼は人類の太刀打ち出来ない脅威の対象となっているのかも知れない。そして、それは思っているよりもアリシア達の近くに居るのかも知れない...